第1話 その五 4

 *



 しかたないので、蘭さんのつきそいを三村くんに任せ、僕と猛はハルカさんに会いに行く。

 山科駅近くの喫茶店だ。

 猛はコーヒー、僕はミルクティーをたのむ。


「朝だから、ロブスタかな。目がさめる」

 なんて、注文するとき言ってたけど、正直、僕にはコーヒーの味の違いなんて、さっぱりだ。


「ひとくち飲んでみてもいい?」

「いいよ」


 いつも肉をとられてるんで、仕返しってわけじゃない。兄の味覚に興味があったのだ。


 でも、ひとくち、ふくんで後悔した。

 苦い! できれば今すぐ吐きだしたい。

 もちろん、しないけど。

 僕はムリヤリ苦味しか感じさせない液体を飲みこんで、大急ぎでミルクティーで口のなかを洗う。


 ハルカさんに見られなくてよかった、と思ってたら、見られてた。ちょうど僕がアワアワしてるあたりで、店に入ってきてたらしい。


「おはようございます」

 僕を見て微笑む(笑いをかみ殺す)ハルカさん。


「どうぞ」と、猛が向かいの席を示す。

 ちょこんと頭をさげ、ハルカさんが席につく。


「何か、飲む?」

 猛がたずねると、

「じゃあ、わたしも、ミルクティー」と、ハルカさんは答えた。


 優しいなぁ。きっとコーヒーにすると、僕が気にすると思ったんだな。


 ミルクティーが来たところで、さっそく猛が話を切りだす。


「昨日は聞けなかったんだけど、ハルカさん。あんたの力、おばあさんや、ひいおばあさんにもあったと言ったよな? その力が遺伝的な体質だったってことかな?」


 そうそう。それを聞こうとしてたら、看護師さんが呼びに来たんだよね。


 ハルカさんはうなずいた。


「わたしは、おばあちゃんから聞きました。この力は、ひいおばあちゃんから受け継いだものなんです。うちは代々、女系家族です。男の子も生まれないことはないですが、この力が受け継がれるのは女の子だけなんです。昔はこの力を使って、失せ物を探したり、占いをして生計を立てていたそうです」


 あれ? ひっかかるな。

 それって、なんか似てないか?


 すると、ハルカさんは言った。

「奈良の山奥の村で、神主をしていたそうです」


 僕と猛は同時に息をのむ。


「それって、陣内家だよね?」と、僕。

「陣内家と親戚関係があったのか?」こっちは猛。


 ハルカさんはかるく小首をかしげる。可愛いなぁ。


「陣内さんのお宅と親戚関係があったかどうか、わたしにはわかりません。ただ、おばあちゃんが言ってました。ひいおばあちゃんは若いころ、信じていた人にだまされて、家を追いだされたんだって。おばあちゃんが生まれたころには、もう京都で暮らしていたそうです」


 猛がにぎりこぶしを作ってつぶやく。

「昭和の初め……八十年前に起こった、おおごと。それだな」


 なるほど。菜代さんが言ってたアレだ。

 八十年前、何かが起こって、当時、陣内家で暮らしていた、ハルカさんのひいおばあさんは家を出なければならなくなった——ということか?


「ハルカさんは知らないの? ひいおばあさんが家を追いだされた理由」


 僕がたずねると、ハルカさんは申しわけなさそうに、うなだれた。


「すみません。そこまでは知りません」


 猛は考えながら言った。


「ハルカさん。あんたのばあさんや、ひいばあさんは、どんな死にかたをした?」

「老衰ですけど?」


「長いあいだ植物状態になって亡くなった?」

「いえ。ひいおばあちゃんのことは詳しくわかりませんけど、おばあちゃんは年をとって体力が落ちたときに肺炎になったんだって聞きました。老衰に近かったと、お医者さんは言ってらっしゃいました」


「ということは、自然死だ。生霊姫神社の神さまに祟られたわけじゃない」


 思わず、僕は椅子を立って叫んだ。

「ああっ! 祟られてるのは、陣内家の男だけってことか!」


 ハッ! しまった。マスターやお客さんがこっち見てる。僕は四方に頭をさげて、席にすわる。


「……祟られてるのは陣内さんちの男だけってことだね」


 小声で言いなおす。

 猛があとをとった。


「そう。追いだしたがわが祟られ、追いだされたがわは祟られてない。神さまの裁きでは、非があるのは追いだしたほうってことだな」


 猛はロブスタを飲みほし、立ちあがった。

「行こう。もう一度、あの屋敷へ」



 *



「行ったからって、聞きとり調査はできないよね? 生き証人は誰もいないし——あっ、領収書ください」


 領収書をもらって喫茶店を出る。

 これだって取材費だからね!


 猛は駅に向かって歩きながら、

京都ここにいたって何も変わらないだろ。少なくとも、あそこには元凶の神社がある。最悪、夢の世界で神さまに直談判だな」


「ええっ? まさか、可愛い弟に直談判しろと? 神さまに? しかも、夢のなかで?」

「さっき、見たい夢を見れるって言ったろ?」

「そんなの高校のころの話だよ。ハタチすぎて、ただの人になったの」


「そんなことないよ。二日も事件がらみの夢、見てるじゃないか」

「鬼! 悪魔! 僕が目ざめなくなってもいいのかッ?」


「じゃあ、蘭はどうするんだ?」

「うう……」


 歩きながら言いあう僕らの背後から、声がする。

 ハルカさんだ。


「あの、わたしも行きましょうか? わたしなら、たぶん、確実にあの夢を見れると思います」


 僕と猛は同時にふりかえった。


「そんなこと、ハルカさんにさせられないよ!」

「ありがとう。助かる」

「たっ、猛ッ? はやッ! ちょっとは遠慮しようよ」


 ハルカさんが笑いだした。


「いいんです。これは、わたしにも関係のあることだって気がしてますから。それに、わたしがあそこから出られたのは、たぶん、友貴人さんが身代わりになってくれたからだと思います。このまま、知らんぷりはできません……」


 ん? 今、なんか、いやな予感がしたぞ。

 ハルカさんって、もしかして……。


「あの……」


 しかし、僕がためらってるうちに、ハルカさんが言った。


「じゃあ、わたし、着替えを持ってきます。前におばあちゃんから貰ったお守りも持っていきたいし」


 猛が答える。

「京都駅で落ちあおう。おれたちも荷物の用意してくる」

「はい!」


 はぁ……なんか、変なことになったなぁ。

 夢で直談判。ムチャぶりするなよ。

 猛め。ひとごとだと思って!

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