第1話 その五 3

 *



「た、た、た、たけるぅー!」


 僕は目ざめるや否や廊下を走っていく。向かいの兄の部屋にかけこんだ。


 いつもなら、猛はとっくに起きだして、居間にいるところだ。が、今日は、まだ自分の部屋にいた。

 時刻は八時すぎ。僕が早起きしたせいだ。


「た、た、た、たける」


 布団をあげかけていた猛は、心配げな顔で、じっと僕を見る。


「かーくん。ろれつがまわってないぞ。病院行くか? 脳梗塞かもしれない」

「違うよ!」


 叫ぶなり、僕は猛の手をひっつかむ。

「ちょっと来て!」

「なんだよ。なんだよ。朝から兄ちゃんのヘソクリ見つけたみたいな剣幕で」


 ……ヘソクリ、隠してるのか?


 いや、今はそれどころじゃない。

 僕は気をとりなおし、猛を居間にひっぱっていく。

 昨日はけっきょく、蘭さんが起きてこなかったので、居間に布団を運びこんで、そこに寝かせといたのだ。


「蘭さん!」


 蘭さんは眠っている。

 僕の声でミャーコが起きてきて、迷惑そうにアクビをした。


「蘭さん、起きて! 蘭さん!」


 ゆさぶってみるが、まったく目をさます気配がない。それに、体が冷たい。低体温症になるんじゃないかってくらいの冷たさだ。


「やっぱり、そうなんだ。蘭さん……」


 猛は察しがいい。

 急にパチッと目をあけて、蘭さんの枕元にひざをついた。


「蘭? おい? 蘭」


 かるく蘭さんの頬をたたきながら呼びかけるものの、これにも蘭さん、反応なし。


 僕と猛は一瞬、たがいの目を見かわす。


「かーくん。もしかして、なんかまた、夢見た?」

「うん」


 バッチリ見たよ。

 だから、とびおきてきたんじゃないか。


 僕と猛がさわいでると、やっとコタツのなかから、三村くんが起きあがってくる。


「なんや。朝っぱらから。おまえら」


 猛は三村くんをスルーした。

「……低い体温。心拍数の低下。身じろぎもせず眠り続ける——これ、同じだよな。友貴人の症状と」


 僕はうなずく。

「夢で見たんだよ。石段の上の小さい祠に、蘭さんが閉じこめられてた。僕に向かって『ここから出して』って言ったよ」


 猛は居間を出ていった。帰ってきたときには、ポラロイドカメラを手にしていた。パチリと一枚、念写して、猛はため息をつく。


 僕が手をさしだすと、黙って写真を渡してきた。

 まあ、見なくても、何が写ってるのかはわかっていたんだけど。


 予想どおりだ。

 念写された写真には、格子戸のなかから、こっちを見る蘭さんが……。


「なんで、こんなことになったんだ?」と、猛。

「僕に聞かれても」


「蘭もお告げが聞けるタイプの人間だった——ってことか」

「ああ、そうかも。妄想癖がある人って、たいてい、そうなんじゃない?」


 えっと、つまり、よく言えば、クリエイティブな才能のある人ってことだ。


「僕は高校のころ、起きる時間より、わざと一時間くらい早く目ざましかけて、二度寝してさ。夢を見やすくしてたけどねぇ。定刻に起きるより、変な夢をいっぱい見れたんだぁ。そんで、そのとき見た夢を日記に書いてた」


 猛はあきれ顔だ。

「なんで、そんなことを?」


「おもしろかったからだよ。だんだん夢をコントロールできるようになってきて。こんな夢を見たいと思うと、ほんとに見れたりさ。夢の内容を変えることもできたね。怖い方向になりそうだなと思ったら、『いや、違う、そっちじゃない』って、意思の力でねじまげてた」


 まあ、あれが特訓になってたんだと思う。

 ハルカさんの話してた、“夢のお告げを見る力”ってやつを強化してたんだろう。


「本来は夢のお告げって、誰にでも見る力がそなわってるのかもね。見やすい人と、見えにくい人の違いはあるにしても」


 三村くんはやっと事情をのみこんだようだ。


「待て。待て。そりゃな。蘭は変なヤツやで。妄想も激しいしな。だからって、なんで閉じこめられなあかんねん? それ、おまえらの言うとった神社やろ?」


 それはそうだ。

 友貴人さんは、神社と因縁があるから、それでなんだろうけど。ハルカさんも陣内家に見おぼえがあったってことは、たぶん、神社となんらかの関係がある。


 猛は深々と嘆息した。

「神さまも気に入った……ってことだろ? 蘭を欲しくなった」


 ううっ。神さまもしたくなる、この美貌!


「助けに行かないとね」

「そうだな。何がなんでも、謎を解かなきゃいけなくなった」


 困ったもんだ。

 蘭さん、ついに神さまにストーキングされたか。

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