第1話 その五 2

 *



 お昼すぎに、ハルカさんとラインのやりとりをした。

 ハルカさんのおばあちゃんは昨年、亡くなったそうだ。ぜひ、おばあちゃんから話を聞きたかったんだけど、こればっかりはしかたない。


 ハルカさんは午後の検査があるから、長話はできなかった。


 僕らは夕方まで、ヒマな時間を持てあました。

 眠ったままの蘭さんを横目に、花柄のカードにいそしむ。


「うーん。どうにかして、八十年前にあったことを知りたいんだよなぁ」


 三人(僕、猛、三村くん)で花札しながらも、猛はときどき、ブツブツ言う。


 僕は山札をめくりながら答える。

「村のお年寄りが知らなくて、陣内のばあちゃんは認知症で、ハルカさんのおばあちゃんは亡くなってるんだよ?」


 ウグイスだ。でも、場に梅がない。残念……。


 ぺろんと猛が手札から梅の短冊を出して、ウグイスをとっていく。ううっ。


「わかってるよ。だから、困ってるんだろ。ハルカさんがどのていど知ってるかで違ってくるが——はい。梅松桜な」


 ゲロゲロ。


 とにかく、ハルカさん待ちの状態だ。


 夕方、またラインがあった。これから退院して自宅に帰ります、という連絡だ。


 今から山科へ帰れば、完全に日没後。

 まだ意識がもどって二日めだし、ムリさせられないよね。

 なので、ラインには、話が聞きたいので、明日、会いましょうと送っといた。


 僕らは花札にも飽きて、ゴロゴロしていた。


「そろそろ、夕食作らないとねぇ。猛は何が食べたいの?」


 猛は即答。

「豚のショウガ焼き」


 ブレないなぁ。わが兄。

 とたんに、三村くんが文句をつけてくる。


「おれには聞かんのかい」

「三村くん。居候だから」

「呼んだの、おまえらやろう」

「もう僕らがいるから、帰ってもいいんだけど」

「夕飯くらい、食わせろや」

「豚のショウガ焼きでいいよね?」

「ええで」

「…………」


 なんのための会話だったんだ?


「それにしても、蘭のやつ、起きへんなぁ」

「そうだね。いつもなら、そろそろ起きてくるはずなんだけどなぁ」


 寝返りすら打たない蘭さん。

 ものすごく精巧なお人形みたいだ。美しいがゆえに。


「蘭さん、起きぬけに豚ショウガは食べないだろうなぁ。蘭さん用に茶碗蒸し、作っとこっかな」


 しかし、茶碗蒸しはムダになってしまった。

 けっきょく、夜中になっても、蘭さんは起きてこなかったからだ。


 その夜、僕はまた夢を見た。

 ものすごく恐ろしい事実を示唆しさする夢を……。



 *



 夢のなかで僕は石段をのぼっていた。

 妙に霧がかかったように、景色がぼやけている。濃霧なら警報レベルだ。


「おーい。おーい」と、誰かが呼んでいる。

「おーい。ここから出して」と。


 ふわふわしながら、僕は声のぬしを探す。

 早くしないと、目がさめそうな感覚がある。

 そう。これは夢だ。それはわかってる。


 誰だろう? こんな時間に(たぶん、早朝)。

 でも、行かないと。

 これは絶対に行かないと。


 それにしても、見たことあるような石段だなぁ。


 てか、この夢、昨日の夢といっしょじゃないか?

 たしか、昨日も呼ばれて、あがっていったよね?


 あ? 違うか。昨日、ここをあがっていったのは、友貴人さんか。

 じゃあ、今、僕は友貴人さんになってるのか?


 石段をのぼりきると、荒れはてた神社があった。

 神社っていうより、小さいほこらだ。うん。猛が言ってたとおり。


 ああ、来ちゃったぁ。

 生霊姫神社か……。


 風雨にさらされて、こけむした祠。

 声はそこから聞こえてくる。


「あっ、かーくん! 助けて。ここから出して」


 かーくんだなんて、なれなれしいな。

 ええと……たしか、今、ここには、友貴人さんが閉じこめられてるはず?


 いや、違った。

 小さな祠のなかに、人の顔がのぞいている。


 土台は高いが、祠じたいは、高さ四、五十センチ、幅三十センチ、奥行き六十センチくらい。

 人間が入れるような大きさじゃない。

 なのに、そこから人の顔がのぞいてるのだ。


「よかった。かーくん。ここ、あけてくれませんか? なんか知らないけど、目がさめたら、こんなところに閉じこめられちゃってて」


 えっ? この声?


 僕は暗い祠の内部を、格子のすきまに顔を近づけて、まじまじと見つめた。


 玉に目鼻をきざんだように麗しい白皙はくせきは——


「蘭さんッ?」


 叫んだ瞬間、僕の意識は夢の世界から遠のいた。

 目ざめたときには、自室の布団のなかだった。

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