その五

第1話 その五 1



 生霊姫神社——


「これって、いきりょう姫って読むの?」

 僕のつぶやきを、猛は一笑に付す。

「いきすだま、だろ?」


 ああ、いきすだまね……って、それ、いきりょうを古くさく言っただけだよね?


「ああッ! 言ってたね! おばあちゃん。『来ないで、いきすだまひめ』って」


 エクスタエメの謎が解けた……。


「つまりさ。猛。あそこって、生霊を祀った神社なわけ?」

「さあ、そこまではわからない。でも、ここで言う生霊ってのは、ふつうの怨霊的なヤツじゃないんじゃないか? むしろ、ハルカさんの話してた、夢のなかで飛ぶ能力——夢のお告げを聞く力が、それっぽい」


 ん。たしかに。


「陣内さんは神主だから、その力があるとして、ハルカさんとこは、なんでなの? さっき、ひいおばあちゃんや、おばあちゃんもそうだったって言ってたよね?」


 僕が疑問をなげると、ハルカさんが口をひらいた。

 だが、それが声になる前に、病室の外から、ハルカさんのお母さんが入ってきた。


「ハルカ。精密検査の時間やって。看護師さんが迎えにきはったえ」


 なるほど。もう九時半すぎてる。したくもあるだろうしな。


 猛は例の念写写真をすばやくポケットに入れた。

「ハルカさん。じゃあ、あとで、おっちゃんを通じて連絡するから」


 ハルカさんは大きくうなずいて、お母さんとともに出ていった。


「僕らも帰ろうか。検査は何時間もかかるだろうし」

「そうだな。腹へったよ」

「さっき、食ったろ!」

「急いで出てきたから、満腹じゃない」

「兄ちゃんの胃袋、異次元に通じてるよね?」


 ゴチャゴチャ言いながら、僕らは病院をあとにする。


 おっちゃんも大学に行くからと言って去っていった。

 まあね。大学生には単位というものがある。


「ハルカさんがなんか知ってそうだったよね。あとで、しっかり聞いたら、解決かな?」

「どうかな。自分がなんで、あの場所に閉じこめられたのか、原因がわかってないみたいだった。あの子も、ほんとに重要なことは知らないのかもしれない」


「そうか。ハルカさんのおばあさんなら知ってるよね」

「まあ、そうだな」


 猛はなんだか考えこんでる。にぎりこぶしが語ってるよ。


「どっちみち、もう一度、奈良の山のなかまで行かないといけないだろうな」

「ええっ? またぁ?」

「ハルカさんの魂は閉じこめられていたから、目がさめなかった。解放されたら、さめた。ということは、友貴人を目ざめさせるためには、友貴人の魂を解放するしかない」

「ああ……」


 猛は病院前の市バスの停留所に並びながら、あの念写写真をとりだしてみせる。


「この場所、まちがいないよ。生霊姫神社だ。神社って言っても、すごく小さいほこらみたいなものなんだけどな。木組みの格子の両扉になってた」


「じゃあ、お社の格子戸をあけたらいいんじゃないの?」


「人間が入れるサイズじゃない。まあ、魂の大きさが、どのていどなのか知らないけどな。ただ、あけたからって、解放されるかな?」

「やってみる価値はあるよ」


「まあな。でも、いったん解放されても、原因をつきとめないかぎり、また同じことが起こるだろうな。おれたちに依頼されたのは、原因究明だ」

「そうだったね」


 また、奈良に行くのか。行ったり来たり。

 交通費は経費で落ちるからいいんだけど。

 せめて春なら、よかったなぁ。吉野とか寄って、桜満喫したのに。


 自宅に帰ると、玄関前にスリーピングビューティーが倒れていた。蘭さんだ。

 廊下で寝こんでる。締め切り後にはよくあることだ。トイレや風呂場やキッチンに行って、そのまま寝てしまう。


 三村くんとミャーコが、倒れた蘭さんをながめていた。


「何してんの? 三村くん?」

「いやぁ。こいつ、三日、完徹しとるんやろ? おれら、四捨五入したら三十やで? ええんか? アラサーの男が三日も風呂入らんで、こないキレイなもんなんか? ふつう、無精ヒゲとか、匂いとか、いろいろあるやろ? こいつ、やっぱ、バケモンやで」


 完徹でやつれた青白い肌。ほのかにひらいた赤い唇。

 あーあ。ブランド物の高いニットセーターにヨダレたらして。なおかつ、眠り姫のように麗しい。


 だからって、ながめてないで運んであげてほしい。


「蘭さん。風邪ひくよ? 蘭さーん。ダメか。夕方まで起きないよね?」

「おれが運ぶよ。蘭の寝室まで」


 猛が言うと、三村くんはあわてた。

「階段、危ないで。コタツで、ええんちゃうか?」


 答えたのは、僕。

「そうだね。さすがに階段の途中で、蘭さん落とされても困るし」


 僕らは何も疑ってなかった。

 蘭さんは徹夜明けで疲れて寝てしまってるんだって……。

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