第1話 その六 2

 *



 僕らは勇んで、陣内家へ向かった。

 大きな門をくぐって、玄関で大声をだす。こんにちはの連呼だ。


 疲れた顔の菜代さんが現れた。

 菜代さんは、ハルカさんを見るなり、息をのんだ。

 まあ、そうだよね。例の写真の女の人なわけだから。


「初めまして。柳瀬遥です」

 ハルカさんは肩をすぼめて、恥ずかしそうに自己紹介した。


 ぼうぜんとしてた菜代さんは、急に「あらっ?」と声をあげる。


「よう似とるけど、ホクロがあらしまへんな」


 ホクロ?

 僕はあらためて、ハルカさんを凝視する。


 猛が笑った。

「かーくん。まだ気づかないのか? ないだろ? おれは気づいてたよ」


 はて? ホクロ?



 ——ここに艶ぼくろって言うのかな。ホクロがあって……。



 ふいに、友貴人さんの言ってたことを思いだした。


 そういえば、ない。

 あのスケッチブックに描かれた女の絵には、あごのところにホクロがあった。でも、ハルカさんにはそのホクロがない。


「ない!」

「そうだろ? だから、あの夢のなかに出てくる人は、ハルカさんじゃないんだよ。よく似てるけどな」


 なんと! 生霊はハルカさんじゃなかった。

 いや、てことは、生霊でもないのか? 誰の霊だっ? 怖いじゃないか!


 ハルカさんがつぶやく。

「そういえば、古い写真で見たことあります。ひいおばあちゃんには、あごのとこにホクロがありました」


 ひいッ? ひいばあちゃんか!


「ひいおばあさん、もう亡くなってるよね? 祟るんだ?」

「理由がある。婚家を追いだされたんだ。しかも、生涯、女手ひとつで、おばあさんを育てたってことは、その子どもは婚姻中に授かった子の可能性が高い。身重の身で追いだされたんだ」


 ひどい! 鬼の所業だ。


 菜代さんが話が見えずに戸惑ってる。

 猛がうながした。


「説明します。とりあえず、なかに入れてもらえますか?」



 *



 母屋の座敷に通されて、説明を聞いた菜代さんは、黙って立ちあがった。そして、猛に言われたとおり、家系図を持ってくる。


 本日、二本めの家系図。

 人生でこんなに家系図を見る日が、ほかにあるだろうか?


 陣内家の家系図は、桜塚家のやつより、ずっと、たくさんの人名が書かれていた。

 長い。長い。

 やっぱり、猛が指摘したように、陣内家は庄屋だったんだ。

 かなり昔からの旧家だ。少なくとも江戸時代の初めごろには、すでに家名を持っていた。


 だけど、僕らが見たかったのは、そこじゃない。


「ええと。これが友貴人さんで、友貴人さんのお父さん。おじいさんで……その前くらいだよね?」

「だろうな」


 ひいおじいさんの名前は、陣内朔蔵じんないさくぞう。朔蔵さんか。奥さんの名前は、タケさん。


「ハルカさん。ひいおばあさんの名前は?」

こうです」


 うーん。名前が違う。

 猛の推理が違ってたのか?


 僕らが黙って家系図を見つめていると、菜代さんが口をひらいた。


「そういえば、おばあちゃんが言うてたことがあります。お姑さん……つまり、このおタケさんは後妻やって。前の奥さんがどうなったのかまでは、聞きまへんでしたけど」


 猛が応える。


「喜久子さんでしたね。喜久子さんは姑のおタケさんから、そのへんの事情を聞いていたんでしょうね。『生霊姫、ゆるして』とおっしゃってたので」

「そうかもしれまへんな。いつも神棚おがんで、なんや恐れとるみたいでした」

「追いだしたことに非があったと、陣内家の人間は自覚していたってことか」


 それなら、家系図に記さなかったのもわかる。

 陣内家にとって、隠したい悪事だったんだろう。あるいは、醜聞しゅうぶん


 しかし、その喜久子さんは認知症で施設に入ってるし、菜代さんは昔のいきさつを知らない。

 陣内家では、これ以上の収穫はなさそうだ。


 眠ったままの友貴人さんを見舞ったあと、僕らは荷物を残して、ふたたび、外へ出た。


「次、どこ行くの? 猛」

「神社に行ってみよう。物理的に祠の戸をあけるだけで、蘭が目覚めるか、たしかめる」

「そうだね」


 あの薄暗い妖怪の森っぽい神社に行くのか……。

 とは言え、蘭さんの命にはかえられない。

 僕は勇気をふりしぼって、石段をのぼりきった。



 *



 初めて見る境内の風景。

 でも、初めてじゃない。

 あの夢と同じだ。

 夢ではミルクの海にもぐったみたいに、あたりは真っ白だったけど、祠に見おぼえがある。


「まちがいない。夢で見たとこだ」


 ただし、今は格子戸のスキマから、蘭さんの麗しい顔は見えない。


 まあね。見えたら、ほんとにホラーだ。成人男子を二人も入れとけるわけないんだから。軟体ショーの達人でもないかぎり、一人の上半身がやっと。


「おーい、蘭さん? いるのかなぁ?」


 話しかけても返事はない。

 ないよね……。


 猛は僕のようすを鼻で笑ったあと、いきなり、祠の格子戸をひらく。


「何やってんのっ? 猛!」

「カギかかってないんだ。ラッキー」

「いやいや。『ラッキー』じゃないでしょ。た、祟るんだよ? この神さま、霊験あらたかなんだよぉー? 勝手にあけちゃダメでしょ」


 猛は聞く耳、持たない。

 かがんで祠のなかをのぞきこむ。


 猛……ほんとに知らないからね? 祟られても。


 おまけに手までつっこんで、あちこちたたいてから、猛はひとりごちる。


「なんにもないじゃないか」

「えっ? なんにも?」


 つられて、僕は祠のなかをのぞいてしまった。

 ごめんなさい。神さま。悪気はないんですぅ。


 しかし、ほんとだ。


 ふつう、祠のなかって、ご神体が安置されてるんじゃないのかな? 少なくともお札くらいは貼ってあると思うんだけど。

 ここには見事に、何ひとつ、ない。


「からっぽだ」

「もともと、こうなのか。あるいは……」


 猛はにぎりこぶしを口にあてて、深々と考えこんでいる。


「どうするの? 猛? 三村くんに電話する?」

「ああ……」


 って、生返事だな。


 僕は三村くんに電話をかけた。蘭さんの容態をたずねたものの、変わりはなし。


「やっぱり、この方法じゃダメみたいだよ。猛。蘭さん、起きないって」

「だろうな……」


 だろうなって……。


「じゃあ、どうするの?」

「蘭は夢の世界で捕らわれたんだ。解放するには、夢の世界でここから出さないとダメなんだろう。それが、この神の作ったルールだ」


 けっきょく、ムチャぶりされるのかぁ。

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