第1話 その六 3
*
神社の石段をおりたところで、僕らは知りあいに出会った。おっちゃんのお母さんだ。
「あら、まあ。嬉しいわぁ。イケメンにまた会えて。今日はどないしたん?」
僕は笑って返す。
「あっ、どうも。この上の神社に行ってきたんです」
そのあと、おっちゃんのお友達、見つかったんやねとか、また遊びに来てやとか、いろいろ話した。
いいかげんのところで、僕は立ち去るつもりだったが、切りだしたのは猛だ。
「ところで、このあたりに、桜塚さんのお宅はありませんか?」
そう言われてみれば、ハルカさんのひいおばあさんの実家は、今、どうなってるんだろう?
もし、ひいおばあさんの姉妹の家族が住んでいれば、くわしい話を聞ける。
あわい期待をしたが、あっさり裏切られた。
「桜塚さん? 村にそんなお宅はないなぁ」
やっぱり、そうか。
実家があれば、ひいおばあさんだって、そこに帰ってるよね。
「そうですか……」
猛もあきらめかけたときだ。
おっちゃんのお母さんは言った。
「わたしが嫁に来たときは、もう、こうやったんやけどね。前はここが、桜塚さんっていうお宅やったらしいで」
そう言って、おっちゃんのお母さんは、自宅前の空き地を指さす。
荒れはてた空き地。
よく見ると、ぼうぼうの草のあいだから、家の土台や柱の跡がのぞいてる。しかも、柱なんか黒こげだ。
「ここって……」
僕が青い顔してたんだろう。
おっちゃんのお母さんは、神妙な顔でうなずく。
「火事やったそうですな。死人は出えへんかったらしいけど、一家は離散したらしいわ」
「それ、いつごろですか?」と、猛。
「さあ。何十年も前らしいから」
そうか。それじゃ、桜塚さんの実家から話を聞く道も絶たれたか。
「ありがとうございます」と言って、僕らは立ち去ろうとした。
おっちゃんのお母さんは、まだつぶやいてる。
「庭に大きな桜があったらしいけどねぇ。春にはそれは見事やったって、おばあちゃんが言うてましたわ」
桜か。それで名字が、桜塚なのかな?
僕はあまり気にしてなかった。
ほんとはこれが、すごく重要な情報だったんだけど……。
*
さて、それ以上の進展がないまま、夜になった。
僕らは菜代さんに頼みこんで泊めてもらった。
昨晩、僕の見た夢は、全体に
この屋敷の……この土地の影響が薄れたからじゃないかと思う。きっと、この屋敷で寝るほうが、ハッキリとした夢を見れる。
そう考えたからだ。
僕らは、この前と同じ部屋に、ハルカさんはそのとなりの部屋を借りた。ハルカさんは友貴人さんの自室のとなりということになる。
「じゃあ、おやすみ。猛。僕になんかあったら、起こしてよ?」
「なんかって?」
「うなされてるとかさ」
「……まあ、目がさめれば」
無責任だなぁ。
そもそも、ほんとにちゃんと、あの夢を見れる保証もないのに。
しょうがないので、早めに電気を消して、僕は真っ暗ななかで、先日の夢のことを考える。考えごとしながら寝入ると、よく夢を見るんだよな。
夜早いから、なかなか寝つけない。
この前と同じだ。
どっかから、ピリピリ、ピリピリと音がする。
目をあけると、月明かりが、いやに明るい。
変だな。今日って満月だったっけ?
となりを見ると、猛はよく寝てる。
うーん。頼りにならない。
ピリピリピリ。ピリピリピリ。
なんだろなぁ。あの音。
なんか、やな感じがする。
思えば、最初に陣内家に泊まったときにも、この音がしてた。音っていうか、気配っていうか。
ピリピリ。ピリピリピリ……。
やっぱり、回廊のほうから、するような。
僕は障子ごしに回廊をながめる。
月光が障子を通して、ぼんやりと中庭の木の影を落としている。
リーリー。リーリーリー……。
あれ? 虫の声?
変だな。今、冬だよね?
ふうっと、障子に映る影がゆれた。
ざわあっと身の毛がよだつ。
あれ? なんで、なんで?
なんだ? このイヤな感じ。
アワアワしてるうちに、廊下の端に人影が立った。
女だ。
黒い横顔のシルエット。
じっと、影絵のように動かない。
僕はふたたび寒気を感じた。
あの女だ。
以前、回廊で見た、青白く光る女の霊……。
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