第2話 その三 4

 *



 ところが、猛の予感は当たった。


 吉野さんの家は中学校の近くだった。

 こじゃれた三階建ての二世帯住宅。


 なるほど。おじいさん、おばあさんが、となりに住んでるから、両親は吉野さんを残して海外に行ったのか。


 ——って、そんなことはいいんだ!


 一大事だ。

 僕らが行ったときには、家のなかにメグちゃんの姿はなかった。

 家の裏手の窓が一つ、鍵がかかっていなかった。ここから出ていったと思われる。


 家のなかを見せてもらったけど、たしかに、昨日の念写に写っていたのは、吉野さんの部屋のなかだ。


「吉野さん。おれたちが来るってこと、羽鳥さんに教えた?」


 猛が聞くと、吉野さんはわかりやすく、しどろもどろになる。


「えと……教えたっていうか、ラインが来たから、『もう、うち帰ったほうがええんちゃう?』って」


 ハッキリは言わなかったが、なんとなく追っ手が迫ってると察されてしまった——と。


「それ、何時ごろ?」

「ホームルームのとき」


 放課後になる直前ってことか。じゃあ、まだ、近くにいるのかもしれない。


「この近所で、羽鳥さんが行きそうな友達の家とか知ってるかな?」


 吉野さんは首をふった。

「わたし、そこまで親しくないんで……あの人たち、ウワサもあるから」


 僕は見逃さなかったね。

 戸川先生がハッとしたのを。


「ウワサって?」

 猛が問う。


「なんでもないですよ! 生徒たちはほんとのことを知らないから、いいかげんなウワサを鵜呑うのみにしてるだけです」


 もちろん、こう答えたのは戸川先生だ。


「いいかげんなウワサって、なんですか? 教えてください」


 戸川先生はため息をついた。


「じゃあ、ここにいても、もう羽鳥さんは見つからないので、外に出て探しましょう。バス停や地下鉄の駅も調べたほうがいいですね」


 と言いながら、目くばせを送ってくる。要するに、吉野さんには聞かせたくないわけだ。


 僕らは吉野さんに、メグちゃんから連絡来たら、どこにいるか聞いといてとたのんでおいて、外に出た。


 近くのバス停に向かいながら、戸川先生が語る。


「羽鳥さんはまきこまれたんだと聞いています。中心になっていたのは芦部さんで、羽鳥さんと工藤さんは、友達の芦部さんに逆らえなかったんだと」

「イジメですね? 羽鳥さんたちのグループは小学生のころに、誰かをイジメていた加害者だった」


 戸川先生は怪訝けげんそうな顔でうなずく。


「なんでわかったんですか?」

「まあ、あなたの言葉尻などから、いろいろと推察して」

「相手の子が複雑な家庭で、そのことを理由にイジメられていたそうです。小学校からの申し送りで聞いただけなので、くわしい経過まではわかりませんが」


「相手の子は今、どうしていますか?」


 すると、戸川先生は返事に窮した。

 一瞬のちゅうちょをとらえて、猛はするどく切りこむ。


「まさか、死んだ?」


 数秒して、戸川先生はうなずいた。


「自殺ですか?」

「いいえ。わたしは凍死と聞きました」


 凍死? いくら京都が寒いからって、雪山じゃないんだよ? 凍死なんてありえないでしょ?


「どういう経緯でそうなったんですか?」

 という猛の問いに、戸川先生は首をふった。

「そこまでは……」


「じゃあ、亡くなったお子さんの名前を教えてください」

本多明日歌ほんだあすかちゃんと聞いています」


 本多明日歌——今回、関係者が多くて、そろそろ、頭が飽和状態だ。名前、おぼえきれない……。


 それはともかく、僕らは必死にバス停や駅を走りまわり、メグちゃんを探した。が、見つからない。


「もう遠くへ行ってる可能性もありますね。戸川先生は、羽鳥さんが次にどこへ行くつもりか話していなかったか、吉野さんに聞いてみてください」


 猛が言うので、僕は戸川先生とスマホをフリフリ。ラインのお友達になりましたとさ。


 先生とわかれて、僕らは例の児童公園に行った。近くを通ったからだ。あいかわらず、誰もいない。


 猛は汚い子がすわるというブランコに腰をおろし、カメラを手のひらにのせる。パシャッと音がすると、猛は安堵の吐息をついた。


「とりあえず、ちゃんと友達のとこに行けたみたいだな」


 写真には暗い室内が写っている。

 この前と同じポーズで、メグちゃんはひざをかかえていた。


 それにしても、なんか、吉野さんの部屋にくらべて、ますます暗い部屋だなぁ……。


 昨日のオバケみたいなのは写ってな……写ってたぁ!

 クローゼットの扉のひらいたスキマから、じっと見おろしてる。


 いや、それだけじゃないぞ。

 よく見ると、ベッドの下とか、天井の模様とか、学習机の引き出しのなかとか、本だなの本と本のあいだとか、いろんなとこに、大きいのや小さいのがウジャウジャいる。


「猛! これは誰が見ても心霊写真だよ?」


 蘭さんにいいおみやげができた——って、ちがーう!


「そうだな。これは、ヤバイな。羽鳥が追いつめられたせいか。それとも、部屋の持ちぬしが病んでるせいか」


 猛はにぎりこぶしをつくる。


 猛が考えてるあいだ、僕はつっ立って待っている。

 なにせ、ブランコは呪われている。こんなところに平気ですわる、猛の神経がわからない。


 退屈なんで、あたりをキョロキョロしてると、またあのマンションが目に入った。

 僕が見あげたとたん、サッとカーテンがしまる。


 ねえ、兄ちゃん、と言おうとした瞬間、猛のほうが口をひらいた。


「一人、いたな」と。

「何?」

「関係者のなかに、一人、病んでる子がいたろ。かーくん。戸川先生に聞いてみてくれ。工藤優音の自宅がどこなのか」


 あっ、そうか! ユノちゃんは重度のひきこもりか。


 僕は戸川先生にライン電話を入れてみた。でも、つながらない。


「ダメだよ。つかまらない。いちおう、メッセージ入れとくけど」


 猛は舌打ちをついた。めずらしい。

 何かが起こりそうな予感がするのだろうか?


「……まあ、しょうがないな」


 日が暮れてきた。

 しかたなく、僕らはこの日の調査を終えて、自宅へ帰った。

 あんなことになるとわかってれば、電話つながるまで、戸川先生にコールしまくったんだけどなぁ……。

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