第1話 その三 3

 *



 バスと電車を乗りついで、やってきました、奈良市内。

 陣内家のおばあちゃんが入所してる施設は、奈良市内と言っても町中ではなく郊外。


 僕らがついたときには、すでに菜代さんから連絡が行っていて、すんなり通してもらえた。

 施設の介護士さんが個室に案内してくれる。


「あなたが友貴人さんですか?」と、若い女の介護士さんは、猛を見て言った。


「いえ。おれたちは友貴人くんの友人です」

「あら、そうですか。おばあちゃん、いつも友貴人さんのこと話してるから、てっきり、そうなんやと思いました」


「おばあさんは孫のことをおぼえていて、話すことができるんですね? 認知症だと聞いてきたんですが」

「調子のいいときはね。だけど、妄想性の幻聴や幻覚が多くて。よく眠れるように、お薬を使うてもろてます」


「じゃあ、話はできませんか?」

「今日は大丈夫と思います。ごきげんでしたから」


 そうか。よかった。ここまで来て、なんの成果もないんじゃ痛いからね。


 早めに終わったら、帰りに奈良公園で鹿とたわむれるんだもんね。

 そんで、京都のうちに帰って、三村くんから報告を聞いたら、今日の仕事は終わりだ。

 と、僕は思っていたんだが……。


 施設のなかは病院に似てる。

 廊下を歩いていくと、個室のドアを介護士さんがあけた。ネームプレートに、陣内喜久子と書いてある。おばあちゃんの名前は喜久子か。


「おばあちゃん。気分はどう? お客さん、つれてきたよ」


 介護士さんが声をかけると、ベッドにすわった老人が、こっちをふりかえった。猛を見てニコニコしてる。なるほど。ごきげんそうだな。


 僕は安心して、猛のあとについて入った。

 ところがだ。

 その瞬間に、おばあちゃんは悲鳴をあげた。

 しわだらけの老いた顔が恐怖にゆがみ、ヒイッとかすれた声がもれる。


「陣内さん! おばあちゃん。大丈夫?」

 問いかける介護士さん。


 おばあちゃんは僕のほうを指さして叫んだ。

「ゆるして! 悪いのはお父さんなんや。うちは悪うないんや! 来んといて! イキスダマヒメ——」


 おばあちゃんは白目をむいて失神した。

 猛と介護士さんが、白い目で僕をにらむ。


 ええっ……? そんなん、アリ?

 僕、なんにもしてないよ?

 ぐすん……。



 *



 けっきょく、おばあちゃんからはなんにも聞けなかった。


 それにしても、なんで、おばあちゃんは僕を見て悲鳴をあげたんだろう?

 あんな、幽霊でも見るような目でさ。心外ー!


 しょうがないんで、僕らは京都の自宅に帰った。

 猛はなんか心残りだったみたいだけどね。

 というのも、三村くんから、こんな連絡があったからだ。


「大変やで。行け言うから行ったらな。なんとや、なんと! 女の子、目ェ、さめとったで!」

「えっ? ハルカさんが?」

「おお。綾瀬はるか似の美人やで」


 いや、そこは重要じゃないわけじゃないけど、そうか。綾瀬はるか似なんだ。可愛いな——って、そんな場合じゃなーい!


「兄ちゃん。ハルカさん、目がさめたってさ」

「ほんとか?」

「明日、精密検査して、問題なければ退院できるみたい」


 そうと決まれば、本人から、ちょくせつ話を聞きたい。

 なにしろ、事件のどまんなかにいる人物だ。重要参考人だね。


 おかげで鹿と遊ぶことはできなかった。

 急いで京都に帰ると、三村くんがコタツにあたって待っていた。しかも、一人じゃない!

 僕はビックリして、二度見してしまった。


「おっちゃんっ?」

「おっちゃんはやめてぇな。ああーっ! イケメンだ。スゴイ! 生で見ると、さらにイケメン! 生さらメンッ!」


 おっちゃん、兄ちゃんを生サラダ麺みたいに言わないで……。


 黙ってれば、そこそこ可愛い子ブタちゃんみたいなんだけどなぁ。イケメンに対する執着がパワフルすぎる。


 しかし、幸いにも、おっちゃんは猛に食いついてる。

 そのすきに、僕は三村くんにたずねた。


「蘭さんは?」

「二階にこもっとる。まだ客がおるって気づいてないねん」

「仕事中か。今のうちに帰しとかないとな」


 蘭さん、執筆中はヘッドホンでガンガン音楽かけてるからね。多少の物音では気がつかない。


「はぁ。こんなイケメン、ほんまにおるんや。感動」


 猛は如才なく、情報収集。

「ハルカさん、意識がもどったんだろ? もう話せるの?」

「うん。ふつうに話してた。ずっと点滴だったから、体力は落ちてたけど、なんか、ほんまに、ずっと寝て、目がさめただけみたいやってん」


「明日、病院に行ったら会ってもらえるかな」

「たしか十時ごろから精密検査するって言うてたから、その前やったら、ええんちゃう? わたし、ついてこか?」

「じゃあ、よろしく」


 よしよし。順調。順調。


「ところで、ハルカさんってどんな子?」


 猛が聞くと、おっちゃんは顔をしかめた。


「ハルカは美人やしモテるけど、ちょっと変わったとこがある子やね」

「変わってるって? どんなふうに?」

「うーん……言葉で言いにくいわ。ええ子やねんで? だけど、なんていうんやろ? ミステリアス系?」

「ふうん」


「いわゆる“見える人”って言うの? 前に、友達に取り憑いてた飼い犬の霊を祓ったとか、ウワサで聞いたことある」


 うっ! たのむ! これ以上、ホラーな方向に進まないでくれ! うちはかたぎ(?)の私立探偵なんだぁー!


 おかげで、そのあと、怪談で盛りあがっちゃって、もう最悪。


 あの夢を見たのは、そのせいなんだと思う。

 うん。絶対……。

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