第1話 その三 2


 とにかく、僕は、おっちゃんから、ハルカさんのフルネームと入院中の病院の名前をゲットした。


 ハルカさんの本名は、柳瀬遥やなせはるか

 おっちゃんと同じ大学に通う女子大生だ。

 実家は京都の山科区。なので、入院中の病院も京都市内にある。


「兄ちゃん。大変だよ。これ、見て」


 僕は猛の前で、ラインの会話をスライドさせて見せてやる。猛に持たせるとクラッシュさせるからね。


 猛は菜代さんの作ってくれた卵焼きを食いながら、考えこんでいる——って、今、食ったの、僕の卵焼きだよね!


「祟ってるがわも、祟られてるがわも等しく眠り病……か」

「ほんとに、ハルカさんが祟ってるのかなぁ? だって、ふつうの女子大生だよ? なんか変じゃない?」


 と言って、菜代さんがウソをついてるふうでもないんだけどね。もう、早々と暗礁あんしょうに乗りあげた感がある。


 すると、猛は僕の顔を見て、ぽんぽんと頭をなでまわしてきた。なんだ、それ? バカにすんなよぉ。


「かーくんは大事なこと、忘れてるんだよ」

「ええっ?」

「まあまあ。とりあえず、情報収集に行こう」


 僕らはふたたび陣内家を出て、村のなかをうろつきまわる。老人の話を聞いてまわったが、どれも似たりよったりの反応だ。


「陣内さんの家って、昔は神主をしてたそうじゃないですか。お告げとかして、かなり当たっていたらしいですね」と聞いても、首をひねるばかりだ。


「そういや、ガキのころ、じいさんに聞いた気ぃするなぁ。すまんがもう忘れてもうたわ」


 そんな調子だ。

 うーん。八十年前のことだもんね。

 ほんとに当時のことを知ってるとなると、九十さい以上の人じゃないとムリか。できれば、百さいが望ましい。


「どうする? 猛? 行きづまった?」

「そうだな」

「もう、アレしかないんじゃない?」


 猛はため息をついた。

 しかし! まだ、ねばる。


「いや。柳瀬遥の家族の話を聞いてみよう。何かわかるかもしれない」


 なんで今回、そんなに強情なんだ?


「じゃあ、京都まで帰るの?」

「いや」と、猛は首をふる。


 僕に分身の術を使えとでも言うのか?


「今なら、鮭児が使えるだろ?」


 なんと! 友達をタダ働き!

 かわいそうに。三村くん。蘭さんのって言うより、猛の下僕だ。


「まあ、そうだけど。三村くんは見ためチンピラっぽいからなぁ。初対面の人が会ってくれるようなタイプじゃないよ?」

「おっちゃんについていってもらえばいいじゃないか」


 おっちゃん……みんなのおっちゃん。

 せめて、オリエちゃんって呼んであげようよ。いいように、こきつかうつもりならね。


 でも、たしかに猛の言うとおりだ。

 三村くんは今、うちにいるはずだし。

 僕らが奈良山中から引き返すより、断然、時短できる。


 しょうがないんで、僕は三村くんと、おっちゃんにラインを入れた。二人のあいだをとりもって事情を説明する。


「三村くんはチンピラっぽいですが、中身はイケメンなんでゆるしてやってください。ハルカさんの病状について、ご家族に心当たりがないか聞いてみてほしいんです。報酬は絶世の美青年の寝顔写真! これでどうだ! おたのみしますぅ——と、これでいいでしょ」


 僕は依頼のために、蘭さんを売った。

 蘭さんの寝顔写真は効果てきめんだった。

 おっちゃんから速攻で返信があり、大学をさぼって、病院にお見舞いに行ってくれるという。


「じゃあ、猛。こっちはどうする? 返事来るまで、ぼうっとしてんの?」

「いや。奈良市に行こう」


「えっ? なんで?」

「奈良市内の施設に、陣内さんとこのばあちゃんが入ってるんだろ」


「ばあちゃん、認知症らしいじゃん。ちゃんとした話、聞けるかなぁ?」

「くわしい事情を知ってるのはたしかだ。一か八かだな」


 まあ、奈良市なら、一時間ほどで行ける。

 僕らはまたまた、陣内家に帰り、菜代さんに施設の住所と連絡先を聞く。


 そのとき、猛は菜代さんから確約をとった。


「友貴人くんの依頼は、スケッチブックの女性を探してほしいという内容でした。

 ですが、彼がほんとにしてほしかったのは、おたくの家系にかかる呪いの原因をつきとめ、できることなら、その呪いを解いてほしいということのようですね。

 おれたちは、ただの私立探偵だ。霊媒師でもなければ、エクソシストでもない。だから、呪いを解くなんてできない。

 しかし、呪いのもととなる原因をつきとめることなら、あるいはできるかもしれない。

 絶対にできるという保証はありませんが、それでもよければ、依頼を受けますよ。支払いは成功報酬で十万。出張費二万。人件費は一日につき一人一万。諸経費は別途請求します。よろしいですか?」


 菜代さんは困りはてていたんだろう。

 あっさりと、うなずいた。


「よろしく、お頼みします」


 ヤッター! 契約成立だー!

 焼肉のために、がんばらなくちゃー。

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