幕間 東堂兄弟のおかえり録 その一
幕間 東堂兄弟のおかえり録 その一
「ただいまぁ」
バイトから帰ってきた僕は、すぐに家のなかの異変に気づいた。
おかしい。静かすぎる。
いつもなら、猛と蘭さんが、いっせいに居間から出てきて、「おかえり! かーくん。腹へった」「おかえりなさい。かーくん。おつかれさま」とかなんとか、口々に言うのに。
まるで無人のような静けさ。
いったい、うちに何があったんだ?
強盗でも入ったか?
今しも奥の部屋で、捕まった猛と蘭さんが縄でしばられ、出刃包丁を手にした強盗におどされて……。
いや、それはないな。
猛がいるんだし。
僕は、そろそろと家のなかへ入った。
「猛? 蘭さん? いないの?」
小声でたずねてみるが、やはり返事がない。
居間は……無人。
キッチンは……無人。
猛の部屋、無人。
僕の部屋、無人。
誰もいない。
僕のうちから住人が消えてしまった!
なんで? マリーセレスト号ふたたびか?
すると、そのとき、どこからか物音が聞こえた。
ん? なんだ? 今の?
ギャアとか、ヒイイとか、悲鳴みたいに聞こえたけど。
悲鳴は、とだえた。
でも、頭の上から聞こえてきたような?
そうか。二階か。
猛と蘭さんは二階にいる!
……だけど、悲鳴って、なんなんだ?
ほんとに強盗かな?
だとしたら、ヤバイぞ。猛が負かされたって、そうとう強いやつだ。
僕は慎重に二階への階段をのぼっていく。
うちの家は古いからなぁ。
階段はどんなに気をつけても、きしむ。
ギイ。ギギギイ。
すると、その音に呼応するように、ヒイイ……と聞こえてきた。
や、やっぱり、悲鳴だ。何事?
うちのなかで、何が?
ギイ。
ヒイ。
ギギイ。
ヒイイッ!
僕は階段をあがりきった。
ちょっとした、踊り場があり、そのよこがすぐ、蘭さんの部屋だ。二階には蘭さんの部屋と、小さな納戸しかない。
僕は息をのんだ。
蘭さんだ。悲鳴は、蘭さんのものだ。
でも、こ、これは……。
「い……痛いよ。猛さん……ムリ」
「何言ってんだ。これからだろ?」
「や……もう、やめて……」
「いいから、おれに任しとけって」
「ああッ!」
ゾワッ。
虫酸が走りましたよ?
猛のやつ、蘭さんに何してるんだ?
ま、まさか、猛が蘭さんを——
兄よ、いくら蘭さんがクレオパトラの百倍も美しい絶世の美青年だからって、血迷うんじゃない!
僕は
「猛! 何やってんのッ?」
涙目の蘭さんと、ニヤニヤ笑った猛がこっちを見た。
「あっ、かーくん。おかえり。かーくんも足つぼマッサージやるか?」
「…………」
僕はだまって階段をおりた。
さてと、夕ご飯、作らなくちゃ。
東堂兄弟のおかえり録~その一~ 了
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