第2話 汚い子

その一

第2話 その一 1



 事務所(自宅)の電話が鳴った。

 今日も今日とてヒマを持てあましていた僕は、すかさず受話器をとる。


「はい。はい。東堂探偵事務所ですよ」


 どてら着てコタツでミカン食べてたもんだから、対応が、なんか、ほっこりしてしまった。


 相手が一瞬、黙りこんだのは、そのせいかもしれない。切られそうな気配を感じて、僕はあわてる。


「ご依頼ですかッ? 当社の優秀な探偵が事件を解決しに参ります!」


 ハッ! これは……このフレーズは……関西人なら百パーセント知ってる、某有名テレビ番組の——


 僕はますます、あわてた。が、コホンとせきばらいの音がして、相手がしゃべりだした。

 よかった。ウッカリ、貴重な依頼をのがすところだった。


「娘を探してほしいんで……」

「人探しですね! 当社がもっとも得意とする分野です。所長に変わりますので、しばらく、お待ちください」


 かぶりぎみに言って、僕は兄の猛を呼ぶ。

「兄ちゃーん。娘さん探してほしいって」


 猛はミカンを丸飲みしながら、居間から出てきた。

 ちょうど、みんなでミカンの早むき早食い競争をしてたもんだから。


「兄ちゃん! 喉つまって死ぬよ!」

「大丈夫だよ。このくらい」


 たしかに、猛は口おっきめのイケメンだから、小玉Sサイズくらいなら一口でいける。

 だからって、モグモグしながら依頼の電話に出るなよなぁ。


 どうも、このごろ、わが家は緊張感に欠けている。

 あまりの寒さに毎日、コタツにあたって冬眠寸前なせいだろうか。


 二月。一年で、もっとも寒い季節。

 それでなくても流行らない探偵事務所なのに、この時期は誰もが、やる気減退するのだろう。依頼はさらに激減する。


 ほんとは寒いなか仕事するの、やなんだけどさ。

 でも依頼は受けてほしいなぁ。


 僕は居間に帰って、ミカンをむきむきする。


 蘭さんは競争の続きをするために、ミカンの房をくわえたまま、猛の帰りを待っている。


 ああ……麗しの絶世の美青年なのに、蘭さん。

 おそろいのどてら着て(猛が赤、蘭さんが紺、僕は黄色)、ミカンくわえた、この姿。

 すっかり、うち(東堂家)の人になっちゃったなぁ。


 しかし、蘭さんは電話の話がとうぶん終わりそうにないと察したのか、いったん、くわえていたミカンをコタツ板の上に置いた。


「依頼ですか。以前、僕が締め切りで、いっしょに行けなかった事件があったじゃないですか。また、あんな感じのオカルティックな事件だといいですね」

「やだよ。もう、あんな変な事件。まともな依頼ですように!」


 僕は本気で願った。

 なのに、この願いは神さまのもとには届かなかったようだ。

 最初はまともな依頼だと思ったんだけどね。

 まさか、あんなことになるとは……。



 *



 まもなく、猛が居間に戻ってきた。

「今から依頼人に会うことになった。近くのファミレスまで来るってよ」

「ふうん。娘さんを探すんでしょ? 事件性があるやつ? それとも家出系かな?」


 事件か家出かでは、結果がずいぶん違ってくる。

 なるたけ、ちゃんと見つけて本人と会わせてあげたいからねぇ。


「いなくなったのは十三さいの中学生だそうだ。警察にも捜索願を出してるが、事件性が低いと言って、まともに探してもらえないらしい」


 じゃあ、家出か。ちょろそうな依頼だ。こっちには、猛の特技がある。


「どうせ、友達の家を泊まり歩いてるとかだよ。行ってらっしゃーい」と、僕は他人事のように、猛を送りだす。


 猛はチロンと僕を見たが、おとなしく、どてらをぬいで出ていった。

 その間、僕と蘭さんの二人で留守番だ。


「ねえ、かーくん」と、蘭さんはじつに嬉しそうな顔で言いだす。


 こんな表情の蘭さんは要注意だ。

 趣味の話を始める前兆だぞ。


 ちなみに、蘭さんの趣味はグロ、ホラー、ミステリー、犯罪、拷問……まあ、そういったたぐいだ。


「汚い子の話、知ってます?」

「え? なにそれ?」


 はて。汚い子?

 なんか、世界名作劇場みたいだな。黒い兄弟とか。泣けたァー。


 いい話を期待したが、もちろん蘭さんの口から出てくる話が、そんな名作劇場なわけがない。


「今ね。京都、新都市伝説、で検索すると、トップで出てくるやつです」

「…………」


 イヤな予感がしたが、僕はスマホをポケットから出して、おもむろにググる。けっこう、たくさん、投稿があった。


『見たー! 都市伝説、マジだった。泥んこの女の子に追いかけられた。死ぬかと思った』


『汚い子、◯◯公園なう! ヤベぇー』


『あたしの友達が汚い子に襲われ入院中です。助からないかも……どうしよう』


 そんな見出しがゾロゾロならんでる。

 まとめると、こういうことのようだ。


 京都市内の、とある児童公園に“汚い子”と呼ばれる妖怪的な子どもが現れるという。

 その子どもは泥だらけで、氷のように冷たい手をしていて、異常に足が速く、見かけた人を追いかける。そして、その子にふれられると、全身に泥が付着して窒息死するというのだ。


 まあ、口裂け女とか、ああいう都市伝説のたぐいだね。


 僕はスマホを置いて、蘭さんを見なおす。


「……これが、何か?」

「面白そうだと思いません?」

「思わない」

「ええっ? かーくん。ノリ悪いな。今夜いっしょに見にいきましょうよ」

「やだよぉー!」

「せっかく地元の都市伝説なのに……」

「そもそも、児童公園ってだけじゃ場所がわからないよ」

「目撃情報をしぼっていけば、だいたいの場所はわかりますよ」


 うっ! さすがは、蘭さん。ミステリー作家。いいとこ、ついてくるな。


「僕、地図、持ってきますよ」と、立ちあがろうとする。


 ミャアーと不平を言ったのは、蘭さんのひざに乗っていた愛猫のミャーコ。

 いいぞ、ミャーコ。わが家の平和は君にかかっている。


「行かなくていいから! この寒いなか出かけるなんて、どうかしてるよ。しかも夜だよ? 凍え死ぬよ?」


 蘭さんは寒いのが苦手だ。ついでに言えば、暑いのも苦手だ。そして、汚いのや不便なのや合理的じゃないのが嫌いだ。つまり、ぬくぬくと温室で育ってきた花である。


「そっかぁ。寒いよね。それは、ちょっとなぁ。春になるまで待とうかな」


 よかった。とりあえず、春まで平穏だ。


 ところがだ。

 僕らがコタツで猫みたいに丸くなってると(ミャーコは猫なんだけど)、三十分ほどして、猛が帰ってきた。


「おーい。かーくん。北区に行こう」


 そして、くわしい住所を告げる。

 すると、どうだろう。

 コタツ板にほっぺたつけて、幸せそうに微笑んでいた蘭さんが、キランと目を光らせてとびおきた。


「行く! 汚い子、見つけに行く!」


 猛は冷静だ。

「蘭。これは依頼だから。遊びは今度な」

「いいですよ。僕は黙ってついてくだけ」


 蘭さん、マタタビ猫状態だ。

 おかしい。なんかある。


「蘭さん。なんで北区だと、そんなに喜ぶの?」

「目撃例が多いの、北区なんです」


 ううっ、やっぱり……。


 こうして僕らは、またまた怪奇な事件に首をつっこむことに……。

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