第2話 その一 2
*
「ええと、依頼人の家はこのあたりだな」
けっきょく、三人で来てしまった。
市バスをおりたとたんに、空気が冷たい。
同じ市内なんだから、そんなに気温なんて違わないだろと、よその人は思うかもしれない。が、これが、けっこう違うんだな。
金閣寺が雪をかぶった風景は、ニュースで見たことのある人も多いだろうが、そんなときでも、東堂家のある五条付近では、粉雪ひとひら降らないことが、ままある。
「うう……底冷えするね」
ほんとなら、今ごろはコタツで、猛の帰りを他人ごとのように待ってたはずなのに……。
「今さら、依頼人の家に行く約束なの?」
僕は両手で自分の肩をダッコしながら、ぼやく。
猛は言った。
「違うよ。親父さんから娘さんの友達の住所を聞いたんで、かたっぱしから行ってみるんだ」
「そんなの念写しちゃえばいいじゃんか。寒いし、かたっぱしからなんて言ってたら、ラインでウワサひろまって、その子、逃げだすよ」
寒いのは関係ないが、つい、そう言ってしまう。
口をひらけば“寒い”と出てしまうほどの底冷え。
猛は“しいッ”と人さし指を口にあてる。
「外で軽々しく、念写なんて言うなよ」
あたりは住宅地だ。
金持ちそうな家がならんでるだけで、通りに人影はない。
とはいえ、用心に越したことはない。たしかに不用心だった。僕だって、NASAの黒服の男に両腕をつかまれて、つれさられる猛なんて見たくはない。
「僕は中坊になんか会いたくないんですけど」
薄い紫色のサングラスとマスク、キャスケット帽で顔を隠した蘭さんが、会話に割って入る。
これで着てるのが、超高級なカシミア百パーのロングコートでなければ、完全に不審者だ。
それでも、そこはかとなく美をかもしだしている蘭さんは、ほんとに人間なんだろうか?
ほんとは宇宙人で地球を侵略しに来てるのでは?
「なので、そのへんをてきとうに、ぶらついてます」
汚い子を探しに行く気だ。
危ない。危ない。
こんなカッコで警官に職質されて、その下から美貌があらわになれば、むしろ警官のほうがストーカーに大変身してしまう!
「薫。蘭についてけ」と、猛が、ため息まじりに言った。
「ラジャー!」
僕は敬礼で兄を送りだす。
調査、進展させてくるんだぞ。
さて、猛が歩いていってしまうと、僕は蘭さんのお付きのしもべだ。
蘭さんは「ふふふ」と笑いながら、ポッケから地図をとりだす。手帳型の小さいやつだ。ぽちぽちと赤い点がついている。もしや、これは……。
「ほら。目撃例、まとめてみました。このあたりに集中してるんですよね」
確信犯だなぁ。
すでに、まとめてあった!
「ね、行きましょうよ。ここから一番近いのは——ここかな?」
スマホでナビに目撃地を入れて、歩いていく。
蘭さんにとっては、観光地めぐりみたいなもんなんだろう。とにかく、目撃された現場を見れば満足してくれるに違いない。
しょうがないんで、ついてく。
カツカツカツと、通りに革靴の音をひびかせる蘭さん。
テコテコテコと、僕のスニーカーの音は、イマイチひびかない。
住宅地の細い通りをぬけ、大きめの道路に出た。
コンビニやテナントビルのならぶ、よくある風景。
「目撃証言その一。十二月二十日夜十時すぎ。近所のコンビニで夜食を買った帰り、汚い子に追いかけられました。チャリを全速力でこいでたのに、その女の子は並走してきました。アレ、絶対、人間じゃありません!」
蘭さんはスマホを見ながら、コンビニを指さす。
「それが、このコンビニですね」
「汚い子って、児童公園に出るんじゃないの?」
「児童公園をふくむ半径五キロ圏内ってとこなんじゃないですか?」
ま、都市伝説だからね。
どうせ、作り話だ。
設定が甘いのはしかたない。
蘭さんは迷わず、コンビニへ入っていく。まっすぐ、レジに向かった。
バイトのお兄さんが凝視してるなぁ。
正直、汚い子より、蘭さんのほうが都市伝説にふさわしい。
「このあたりで、汚い子が目撃されたらしいよね。見たって人のこと知りませんか?」
レジのお兄さんは最初、首をふった。しかし、そのあと、あわてて言いわけする。
「あ、おれは知らないけど、大久保が話、聞いてるかも。れ、連絡先、教えてください」
蘭さんは舌打ちをついた。
だよね。これはあきらかに美しい蘭さんと、もっとお近づきになりたいだけだ。
蘭さんは、そのままコンビニを出ていく。
僕は米つきバッタのようにペコペコする。米つきバッタって見たことないんだけどさ。
「次、行ってみよう! 今日中に全部、まわれるかな?」
蘭さんはウキウキだ。元気いっぱい。
僕の体力がもつだろうか?
それから二時間というもの、僕は蘭さんにつきあわされて、寒空のもとをさまよった。
京都の底冷えは、ほんと厳しいなぁ。
骨の髄まで冷えてくる。
「あっ! かーくん。見て。児童公園だ!」
あちこち歩きまわったあげくだから、詳しい住所はよくおぼえてないんだが、住宅地と住宅地のあいだの細い路地をウロウロしていると、とつぜん、蘭さんがそう言った。
指さされるまでもなく、前方に見えるのは公園。シーソーとブランコと砂場くらいしかない。まわりを木が囲んでいて、なんとなく暗い。
時期的なものだろうけど、そこで遊ぶ子どもの姿はなかった。
子どもだって、こんな寒い日には、コタツにあたってゲームでもしてたいよね。
公園の入口に住所が書かれていた。
それを見て、蘭さんの目が輝く。
「ここだ! まちがいない。ここがウワサの児童公園です!」
うっ! なぜだ。なぜ、こんなカンタンに見つかってしまうんだ! 神さま。いくら蘭さんが美形だからって、甘やかしすぎじゃないですか?
「行こう かーくん、早く!」
かけていく蘭さんを、しぶしぶ追っていく。
そのとき、僕は気づいた。
誰かの気配?
なんとなく、見られてるような……。
キョロキョロするものの、僕らのほか人影は見あたらない。変だな。勘違いか?
「かーくん。ほら、早く来て! このブランコ。ここに汚い子がすわってるんだって!」
蘭さんが手招きをして、僕を呼んでる。
しょうがないんで公園に入る。なんか、よりいっそう、ヒヤッとしたね。
「あっ、見て! かーくん。泥で汚れてる。きっと、ここに汚い子が夜な夜な……」
蘭さんはウットリしながら、スマホで写真を撮りまくる。
蘭さん、いくらマスクの下は超超ビューティーだからって、そのカッコで、あんまり変なことばっかりしてると、さすがに通報されるよ。
「ほら、蘭さん。とくに変わったとこないよ? 汚い子も出てこないし、もう帰ろ?」
「そりゃ出ないでしょうよ。こういうのは、やっぱ夜でしょ?」
うん。まあ……。
それにしても、どっかから視線を感じるなぁ。あちこち見まわしてた僕は、近くのマンションの窓から、こっちを見おろしてる人影を見つけた。
女の子……か?
よくわからなかったが、僕が見あげた瞬間に、人影は窓辺から遠のいた。あきらかに僕に姿を見られたくなかったかのようだった。
気のせいだろうか?
不審者(に見える)僕らを警戒して観察してただけだろうか?
「ねえ、蘭さん」
「何?」
「あそこのマンション——」
蘭さんに、あそこから見られてたよねって聞こうとしたが、その前に電話が鳴った。猛からだ。
「かーくん。今、どこだ?」
「えっとねぇ。オバケが名物の公園」
「名物は食いもんだ」
「じゃあ、名品」
「名品は土産物」
「とにかく、オバケで有名な公園にいるのっ!」
「最初から、そう言えよ」
スマホの向こうから、猛の笑い声が聞こえる。
なんで、こんなに上機嫌なんだ?
行方不明の子、見つかったのかな?
「ちょっと、こっちに来てくれよ。もしかしたら、ただの家出じゃないかもしれない」と、猛は言った。
「え? なんで、僕が?」
「女子中学生に警戒されてる。おまえなら、話しやすいんじゃないかと思ってさ」
むーん。たしかに、繊細で難しい年ごろの女の子の気持ちを汲めと言っても、うちのガサツな兄にはムリかもしれない。
僕は猛から、その家の住所を聞いた。
「はいはい。京都市北区……そこはわかるよ。言わなくったって。町名は? 町名——えっ? 〇〇町? 変だな。ついさっき、どっかで聞いたような……」
蘭さんがニコっと笑って(可愛いなぁ……)地面を指さす。
なんで?
数秒してから、やっと気づいた。
そうか! 聞いたんじゃない。見たんだ。
〇〇町。それは、この児童公園のある住所じゃないか。
「わかった。すぐ行くよ」
オバケに未練たっぷりの蘭さんを公園からひっぱがして、僕は言われた場所に急行した。
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