第2話 その三 2
*
翌日。僕と猛はメグちゃんの通う学校におもむいた。
メグちゃんのクラスの担任の先生が、僕らを出迎えてくれる。
廊下を歩いていると、どこからか歌声が聞こえてくる。音楽室が近いのか。
なつかしいなぁ。この感じ。
昼休みをねらってきたんだけど、ちょっと早かったようだ。
「初めまして。担任の戸川です」
僕ら二人を応接室に通し、そう言ったのは、まだ三十代初めくらいの女の先生だ。美人……ではないかもしれないが、まじめそうで清潔感がある。
「初めまして。よろしくお願いします。今、お時間は大丈夫ですか?」と、猛がたずねると、戸川先生はうなずいた。
「かまいませんよ。今、わたしは授業のない時間なので。羽鳥さんのことで聞きたいことがあるという話ですね?」
「羽鳥さんが自分の意思で家を出た場合ですが、泊まりに行きそうな友達を探しています。聞いた話では、吉野さんという生徒のお宅じゃないかということですが」
「吉野さん? 二年の
「両親が海外勤務で不在だそうですね」
「じゃあ、まちがいありません。となりのクラスの子ですが、羽鳥さんとはクラブが同じです」
「その生徒と話をさせてもらってもいいですか?」
「わかりました。呼んできます」
戸川先生はいったん応接室から出ていった。
しばらくして、廊下に足音が近づいてきた。戸川先生が一人の女子生徒をつれてやってくる。
わあっ。制服。いよいよ、なつかしいなぁ。
僕にもこんな初々しい時代があった。
「さ、吉野さん、すわって」
戸川先生に言われて、吉野さんは応接セットに腰をおろす。
吉野さんはショートボブのスポーティーなふんいきの女の子だ。でも、今は妙にオドオドして見える。悪いことしてるぞって感じだね。
猛は、そういうのは目ざといんで、
「吉野梨花さん。行方不明になってる羽鳥さん、あなたがかくまっていますね?」
ズバッと切りだした。
吉野さんの肩が落ちた。
「ごめんなさい! 泊まるとこなくて困ってるって言うから! わたしは帰ったほうがいいよって言ったんです!」
えっ! 早い! もう落ちたの?
まだこれから、「親御さんが心配してるよ」とか、「悩みがあるなら相談にのるから」とか、いろいろ常套句もあったのに。
まあいい。事件は解決だ。ふっふっふっ……。
「……じゃあ、放課後、戸川先生に立ちあってもらって、お宅におジャマさせていただきます。いっしょに帰りましょう」と、猛が言った。
吉野さんが応接室から出ていく。
「マズイなぁ。放課後に来れば、よかった。素直に吐いてくれないと思ったから、昼休みにしたのに」
「なんで? どっちでもいいじゃん。今日で解決だね」
「どうかな。羽鳥がおとなしく待っててくれればな」
むっ。そうか。もしかしたら、吉野さんから連絡が行って、僕らが訪問する前に逃げだす可能性があるのか。
そのあと、僕らは教室のふんいきが知りたくて、戸川先生につれられて教室へ行ってみた。
廊下の外から窓ごしにのぞいただけだが、にぎやかなのなんの。
窓に鈴なりに女子中学生がつらなって、アイドルでも来たみたいにキャアキャアさわぐ。もちろん、猛がイケメンだからだ。
「わぁっ! カッコイイ」
「誰かの父兄?」
「OBかな?」
「こっち見たぁ!」
黄色い声の乱舞。
気分はよかったが、これと言った情報は得られなかった。
「昼休みが終わりますので、もういいですか?」
問いかけてくる戸川先生に、猛はこう答えた。
「戸川先生。あなたから話を聞きたいんですが」
「わたしですか?」
「羽鳥さんのことで」
「わかりました。授業は小テストにしておきますので、30分なら」
「じゃあ、さっきの応接室で待っています」
さきに応接室へ行って待ってると、しばらくして、戸川先生がやってきた。
「お話ってなんでしょう?」
「先生は羽鳥さんが家出した原因に心あたりはありますか?」
「いえ。ありませんね。他の生徒たちとも良好でしたし、悩みをかかえているようすはありませんでした」
「羽鳥さんは学校では、どんな生徒でしたか?」
「ふつうの子ですよ。ちょっと気の弱いところがありましたが、中学にあがってからは、とくに問題もなく」
猛の目が、ピカンと光る。
「中学にあがってからは? では、小学生のころには問題があったんですか?」
戸川先生は若いから経験が乏しいんだろう。見るからにギョッとした。が、気をとりなおして断言する。
「いいえ。ありませんよ」
ありませんって顔じゃなかったけどなぁ。
「そうですか? じゃあ、羽鳥さんはクラブに入っているそうですね。何クラブですか?」
「女子バスケ部です」
えっ? バスケ?
気弱でイジメの対象っていうから、運動部のイメージ、ぜんぜんなかったなぁ。
猛がたずねる。
「バスケ部は放課後、どこで練習していますか?」
「体育館です」
そんなの聞いて、何する気だ?
メグちゃんが逃げだすこと前提か?
心配症だなぁ、猛は。
まあ、そのあと聞くこともないんで、僕らは放課後に落ちあう約束をして、戸川先生と別れた。
昼休みが終わってから三十分くらいはたっていたから、五時限めももうじき終わる。中途半端に一時間ほど空き時間だなぁ。
校舎を出て、校門へ——かと思いきや、猛は体育館のほうへ向かっていった。
「猛。勝手に歩いちゃマズイんじゃないの? 今のご時世、ちょっとしたことで変質者あつかいされるよ?」
「羽鳥のまわりで妙なことが起こってるの、みんなクラブのやつだろ? 何かあったとしたら、部活動のときなんだ」
むっ。たしかに。
「でも、まだ授業中だし」
「外から建物、見るだけでいいんだ」
そう言って、猛は肩にかけたポラロイドカメラを手にとった。
「猛。何がそんなに気になるの?」
「なんか変なんだよ。さっきの戸川先生も何かを隠してる。昨日の芦部の母親も」
「あっ、そうそう。それ、なんて言ってたの? かんじんなとこ聞こえなかったんだけど」
「おれは『娘さんはイジメの対象になっていませんでしたか?』と聞こうとしただけだ。なのに、こっちが全部、言いきらないうちに、急に激怒しだしたんだ。逆ギレってやつだな」
「ふうん?」
「イジメって言葉に過剰に反応した」
「ふうん」
僕の返事がおかしかったのか、猛は白い歯を見せる。
僕と同じ歯磨き粉、使ってるはずなのに、なんでこんなに爽やかに白いんだろう?
「だからな。かーくんの言ってたことのほうが正しかったかもしれない」
僕がなんか言ったっけ?
話してるうちに体育館らしき建物にやってきた。
猛は外観を撮るふりをして、サッと一枚、念写する。
出てきたのは、数人の女の子が寄りあつまって、何やら深刻な顔で話している写真だ。
体操着を着てるし、部活中なんだろう。
一人の子は泣いている。ほかの子も顔色が悪い。
まわりに、うっすら文字が浮かんでいた。
とくに強く表れてるのは、泣いてる子の上にかさなった文字だ。“ほんとに見たんだよ!”と読める。
「なに、これ?」
「羽鳥が逃げだす原因は何かって、念じながら撮った」
つまり、クラブ内で何か
それにしても、僕がさっきから気になってるのは、それじゃない。見れば見るほど……アレに見えるんだけど。
「猛。ここ、人っぽくない?」
奥の体育館の片すみに、人型の影が見える。
画面の奥は影になっていて判別しにくいが、かろうじて、女の子かなとわかる。
なんか、言いあってる子たちのほうをじっとにらんで、両目がいやに光ってるんだけど……。
「オバケ……」
猛は笑った。
「かもな!」
断言するなよ! 怖いじゃないか。
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