東堂兄弟のオカルト録

涼森巳王(東堂薫)

プロローグ

プロローグ



「……クラブ帰りにな。Y子は教室に忘れ物したことを思いだしたんだよ。もう暗くなってて、やだったんだけど、明日、提出しないといけないプリントだった。しょうがなく、Y子は教室にもどった。

 日は暮れはじめてた。教室は薄暗く、なかには誰もいない。

 Y子はわけもなく無気味な気がした。なんとなく、この世に自分以外、ほんとは誰もいないんじゃないかと思ったんだ。

 それでな。急いで、自分の机のもとへ走っていった。早く外へ出て、さきに帰った友達に追いつこう……そう思ったんだ」


 僕はコタツみかんで、ぬくぬくしながら、季節外れの怪談を語る兄を凝視する。


「怪談なんか聞きたくないよ」「もういいよ」「やめて」と言いつつ、けっきょく熱心に聞き入ってしまう自分が悔しい。


 僕はかねてから、兄には怪談師の才能があると思っている。なんていうか、つい聞いてしまう……あとで怖い思いするのはわかってるのに!


「Y子はプリントをカバンに入れると、ホッとした。そのとき、教室に足音が近づいてきた。コツコツ、コツコツ。コツコツコツ……。

 よかった、自分だけじゃない、誰が来たんだろう。

 そう思って、Y子はふりかえった……。

 この学校の校舎は廊下がわにも窓があるんだ。窓はすりガラスになってる。窓ガラスの向こうに、ぼんやりと人影が見えた。制服から女子生徒だとわかった。

 あっ、R子だ。さきに行っててと言ったけど、心配して来てくれたのかも——

 Y子は嬉しくなって、窓を勢いよくあけた。すると……」


「す……すると?」


 僕はむいたミカンを手にしたまま、身動きができない。モグモグしたいとこだが、いつ「わあッ! 怖いよ!」と叫ぶことになるかわからないので食べられないのだ。


 ドキドキしながら待ってると、無表情をたもちながら、兄が口をひらく。


「……ガラガラガラ。すりガラスの窓をあけると、そこに女子生徒が立っていた。白い上ばき。白いくつした。紺色のセーラー服。

 なのに……なのにな。セーラー服の上には首がなかったんだ。いや、厳密に言えば、首はあった。ただ、Y子はそれが首だと、最初、理解できなかったんだ。

 セーラーのえりもとから、にゅうっと伸びる白いもの。にょろにょろ伸びて、なんだかわからなかったから……。

 あれ? なんだろう? これ?

 Y子は不思議に思いながら、その白いものを目で追った。すると、あったんだよ。

 長い長い首の上に、女の顔が。にいっと笑って——」


 はい、ごいっしょに。


「キャアアアアーッ!」


 あっははと、兄は笑いだした。


「はい。学校の七不思議ろくろ首、おしまい。かーくんは可愛いなぁ」

「もう! なんで冬場に怪談なんだよ! 猛のバカ。バカバカ!」


 グーでなぐる(マネをする)僕のこぶしを、すばやく全部、手で止めて、兄は笑った。


 僕の名前は、東堂薫。兄は猛。

 ちょっとディープな運命を持つ兄弟だ。

 えっ? どんな運命かって?


 それは……できることなら、めんどくさいんで省略したいんだが、まあ、かんたんに説明しよう。


 何百年か前に、僕らの先祖が呪いをかけられた。以来、東堂家の人間は、一人だけ長生きする男子をのぞき、みんな、早死にしてしまう。


 つまり、僕か猛のどちらかが、早晩、死んじゃう。

 それはもう、ほぼ決定事項だ。

 これまでの親族の死にかたを見ていると、否定しようがない。


 そんなわけだから、僕らは、おたがいに恥ずかしいほどのブラコンで……いつも、こんな調子でジャレている。


 これが僕らの日常なんで、二十代の兄弟にしては言動が異様に幼稚すぎるとか、不自然に仲よすぎるとかいう指摘はカンベンしてほしい。


 いずれ死に別れる兄弟の愛情表現なんだよー。


 猛なんか、柔道剣道有段者の長身天パの超イケメンなんだけどね。たいていの人は猛のブラコンぶりを見ると、ちょっと残念に思うようだ。


 さて、僕らの職業は私立探偵。

 内容はおもに人探しやペット探し。

 はやらないんで、ほぼ開店休業状態だ。


 今日も京都五条の自宅の町屋で、のんきにコタツにあたりながら、昼間っから怪談に興じてるくらいだ。

 ちなみに、僕ら二人ではない。コタツには、蘭さんもあたってる。


 蘭さんは僕らの友達で同居人でパトロン(いつも高額食費、ありがとねぇー!)の絶世の美青年だ。


 純白の肌は真珠のごとく、ぬばたまの髪、くっきり二重まぶたの大きな双眸。まつげはバサバサだしね。すっと通った鼻筋に、赤い唇はふっくらと、やや女性的。


 クレオパトラが蘭さんを見たら、蒼白になってコブラ探しまわるかもね。胸かませて天に召されるために。

 自分よりキレイな男がこの世にいるなんて、信じたくないだろうから。


 蘭さんは麗しい白皙を色っぽく紅潮させて、瞳をうるませている。怪談がドツボなのだ。でも、蘭さんが好きなのは、もっとグロくて、どす黒いやつだけどね。


「猛さん、そんなんじゃ子どもだましだよ。もっと怖いの話して」


 ああ……そんなこと言わないでよね。


「蘭さん、ほらほら。もう仕事の時間だよ。もうじき締め切りなんでしょ?」


 蘭さんはプロのミステリー作家だ。

 僕らの生活は、蘭さんの稼ぎで成り立っている……。


「じゃあ、晩飯のときに、スゴイの話してやるよ」


 た、猛。安請けあい、するなよ!


 と、そのときだ。電話が鳴った。家の固定電話だ。

 この電話が鳴るとき。

 それは依頼が来るときだ。


「依頼だ、依頼だー!」


 僕は廊下にとびだし、電話にとびついた。


「お待たせしました! 東堂探偵事務所です!」

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