その七

第2話 その七 1



 綾橋さんや糸田さんの話によると、黒崎くんは養護施設を出て、里親のもとで暮らしている。

 ただし、学校のあと、遅くまでコンビニでバイトしていて、ほとんど家にはいないのだそうだ。


「カケル、つかまえるのは難しいよ。それにさっき、シズク逃がしちゃったから、カケルにも連絡しただろうね。ほんとは、アスカの命日にやるって言ってたけど、予定より早くやるかもよ」


 まだポテトをパクつきながら、綾橋さんがついてくる。


 糸田さんは残りのバーガーの番人として、マクドナルドに残してきた。とは言え、そのあいだに、シズクちゃんの居場所をつきとめられないか、たのんであった。

 まだ、こっちに寝返ったことを知られてないんで、味方のふりして接触してもらってるわけだ。


 もしも、シズクちゃんと遭遇したときのために、サエちゃんにもついてきてもらっている。というか、自発的に来てくれた。


 つまり、猛、僕、綾橋さん、サエちゃんの四人で日の暮れかけた通りを歩いてるわけだ。


「アスカさんの命日って、いつ?」と、猛。

「あさって」


 あさっても、なかなかの近日じゃないか。

 なるほど。準備はととのってると見ていい。

 それなら、捕まる前に今日、決行って可能性は、かなり高いぞ。


 僕は気になってることを聞いてみた。


「それにしてもさ。シズクちゃんにとってみれば、実のお母さんなわけだよね? お姉さんの復讐だからって、殺す計画に加担できるもんなのかな?」


 サエちゃんと綾橋さんが、同時に首をふった。


「シズク、実の子やないよ」

「そうなんよ。アスカもシズクも、最初のお母さんの子どもだから」


 聞くと、こういうことだ。


 アスカちゃんとシズクちゃんを生んだあと、実のお母さんが亡くなった。そのあと、お父さんの再婚した相手が、今の継母。艶子つやこって名前らしい。


 しかも、実のお父さんはアスカちゃんが死んだあと、しばらくして事故死した。


 シズクちゃんの今の名前は、芹沢雫だ。なぜなら、艶子さんが、そのあと、またまた別の男と再婚したからだ。

 そのうえ、高校生を相手に不倫している……。


 サエちゃんが怒ったような口調で言った。

「新しいお父さんが来てから、お母さんが冷たくなったって、シズク、言うとったよ。家出したのはそのせいと思う」


「そうやろね。最初はツヤコ、シズクには優しかったんやって。お父さんが再婚したとき、シズクはまだ小さかったから、すぐツヤコになついて。アスカはなつかんかったから、イジメられたらしい」と、綾橋さんも不機嫌な感じ。


 猛はすごい勢いで歩きながら、考えこんでいる。

「実のお父さんも亡くなったのか。事故死って、交通事故?」

「寝てるときに、レンタンっていうのが消えたんやって。イミフなんやけど、それで死んだらしいよ」


 えっ? 練炭……?

 イヤな感覚がよぎる。

 それは悪女がよく使う手じゃないか?


 それにしても、猛はどこに向かってるのかな?

 なんか見おぼえのある風景なんだけど。

 きれいな住宅街のなか、バス停が近くにあって、コンビニが見える。


 あれ?——と、綾橋さんがつぶやいた。

「ここって、たしか、カケルの……」


 猛はコンビニのなかへ入っていくと、ざっと店内を見まわす。


 このコンビニは前にも来たぞ。

 この事件の調査を始めた初日に、蘭さんと二人で、汚い子の目撃談を聞きまわっていたときに来た店だ。

 うん。まちがいない。

 レジのメガネのお兄さんも、あのときの人だ。


 猛は言った。

「黒崎くんは今日は来てないんですか?」


 えっ? 黒崎くんが、なんで?


 僕のおどろきをよそに、店員さんもふつうに答える。


「ついさっき、友達が迎えに来たよ。黒崎くんの親が倒れて病院に運ばれたんやってさ。今日はバイト早退させてほしいって言って、帰ったのが五分前かなぁ」


 猛は「トイレ貸してください」と急に言いだした。

 奥にひっこんだあと、しばらくして、もどってくる。

 首をふってるってことは、ほんとに、黒崎くんはいなくなってたわけだ。


 僕らはひとかたまりになって、コンビニの外へ出る。


 僕は聞かずにいられなかった。

「猛。なんで、ここが黒崎くんのバイトさきだってわかったの?」


「このコンビニの店員が、汚い子を見たって言いふらしてたんだろ? それに、芦部詩愛が倒れてるのを最初に目撃したのも、コンビニの店員だったらしいじゃないか。いやにからんでくるからさ。関係者じゃないかと思った」


 なるほど。


 綾橋さんがうなずく。

「でも、ここは昼間のバイトさきなんよ。夜はバーテンしとるんやん。年ごまかしてるって言うてた。あたしは店までは知れへんけど」


 未成年がバーテン……まあ、たしかに、黒崎くんは大人っぽいイケメンだったから、黙ってれば二十歳くらいには見えるかも。


 猛は首をふった。

「いや。シズクと逃げたってことは、もうバイトさきには現れないだろうよ。今日、やる気だ」


 どんどん悪い方向に進んでく。


 すると、とつぜん、僕のスマホがメロディーをかなでた。ラインの通知音だ。

 見ると、糸田さんからだった。


「シズク、今、家だって。カケルはさっき、ツヤコと晩メシ食いに行った。汚い子やるから、十時までにいつもの公園に来てくれって言われたよ。どうしたらいい?」という文面を、僕は読んだ。


「わかった。必ず行くって、返事するように指示してくれ。かーくん」

「あいよ」


 ポチポチとスマホをあやつる。


「ねえ」と、綾橋さんが言った。

「もう帰っていい? 早く帰れへんと、杏花にバーガー、全部、食べられる」


 女子中学生なら四人前はある量だったけど……。


 ほんとは友達を裏切りたくない気持ちと、友達の犯罪を止めたい気持ちの板ばさみだったのかもしれない。


「いいよ。こっちも応援、たのむから」

 猛が了承したので、綾橋さんは去っていった。


「応援って、誰? 蘭さん?」

「鮭児も今からなら、まにあうだろ」


 まあ、まだ六時半だから、充分、まにあうけどさ。

 三村くん。いつも困ったときばっかり呼んで悪いなぁ。


 僕はまず大阪にいるはずの三村くんに電話をかけた。

 三村くんは……大阪にはいなかった。

「あ? なんやねんな。今な、北海道にいてるねん。おまえら、こっち来れへんか? 雪まつりの雪像、作っとるんやけどな。手伝って——」

「…………ごめん」


 僕は電話を切った。

 くるりと、猛をふりかえる。


「聞こえた?」


 猛は悲しげな顔でうなずく。

「一人、殉職したか」


 死んではないけど、今の僕らにとっては死んだも同然の三村くん……。


 なんで、この大切な時期に雪像なんか作っちゃうかなぁ? って、この時期しか作る機会ないんだけど、僕らに許可くらいとってほしいなぁ。


 しょうがない。気をとりなおして、今度は、蘭さんに電話をかけ——ようとした、まさに、そのときだ。電話が鳴った。しかも、蘭さんからだ。


「かーくん? そこに、猛さんもいますか?」


 なんか興奮した声が聞こえてくる。

 何があったんだ? 汚い子が偽物だったからって、いつもの冷静な蘭さんにもどってたのに。


「いるけど? あっ、ハルカさん、帰った?」

「いますよ。さっきまで、蛇姫事件について取材してたので」


 前のハルカさんが関係してた事件のことだ。

 それで、こんなに上機嫌なのか?

 だが、そうではなかった。


「そしたら、さっき、ハルカが急に変なこと言いだして——あっ、僕のスマホをとるなよ!」

「ちょっと貸してください!」


 スマホの向こうで、ゴチャゴチャと争う気配が伝わってくる。

 二人、えらく仲よくなってるなぁ。それでも、これっぽっちも危険な情事的ではないんだけど。


 スマホからは、ハルカさんの声が聞こえてくる。

「薫さん。大変なんです! ついさっきから急に気配を感じるようになりました!」


 僕はまたまた、猛をふりかえる。


「聞こえた?」

「聞こえたけど、意味がわからない」

「僕も」


 ふたたび気をとりなおし、スマホに耳をあてる。

 すると、あわてた感じの声が告げた。


「今すぐ、蘭さんとそっちに行きますね!」


 電話は切れてしまった。


「……聞こえた?」

「うん。まあ、こっちに来るって言ってるしな。いいか」


 猛は計画を練った。


「じゃあ、サエ。君はシズクを説得する係だ。夜遅くなるけど、かまわないか? ちゃんと、あとで家まで送るから」

「わかったよ」


「シズクが公園に来たら、どうにかして説得してほしい。君がシズクを引き止めていてくれるだけでも助かる。そのあいだに、おれたちはカケルを捕まえる」


 捕まるといいけど、俊足だったよねぇ。

 最悪、猛と一騎打ちかな?


「ハルカが来たら、サエといっしょにいてもらおうか。それで、おれと薫と蘭は三方にわかれて、カケルを包囲する」


「でも、十時までけっこう時間あるよね?」

「まず、蘭たちと落ちあわないとな。そのあと、腹ごしらえだ」


 僕は猛の食欲にあきれた。

 まだ食うのか。兄よ……。

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