第2話 その六 2

 *



 というわけで、僕らはまたまた、サエちゃんちにやってきた。サエちゃんはまだ学校だ。大学生のお姉さんが家にいた。


「キャアー! タケチ。来てくれたんだ! 入って。入って。今、うちに誰もおれへんよぉ」


 呼び鈴をならすと、そんなぐあいに歓待されて、お姉さんに家のなかにひきずりこまれる。

 どうでもいいけど、タケチって、猛のことか?

 女子大生って……。


 やっぱり、僕はハルカさんみたいな古風な人が好きだなぁ。かえすがえすも惜しい人を喪失なくした。

 カムバーック! ハルカさーん。


「おれたち、今日は妹のサエさんと話したかったんだけど」

「午後になれへんと帰んないよー。すわって。すわって。ケーキ食べる?」


 このうちは、いつでも極上スイーツが用意されてるのか? キッチンへつれていかれると、濃厚な洋酒のきいたチョコレートケーキが目の前に出された。


「あ、これ? この前、彼氏にバレンタインデー、安いチョコでごまかしたからさ。がんばって作ってみたんやけど。ええよぉ。タケチ、食べて。食べて」


 僕らが来るたびに、彼氏が悲惨なめに……。

 まあ、ケーキは遠慮なく食った。うまかった。


「サエさんの交友関係やクラスの友達のこと、知ってるかな?」

「けっこう知ってるかも。うちの姉妹、仲ええんよ」


「じゃあ、同じクラスの雫って子のこと、聞きたいんだけど」

「雫ちゃんかぁ。あの子、前はサエと仲よかったんよねぇ」


 あれ? そうだっけ?

 仲よしグループが違うんじゃなかったかな?


「雫ちゃんのうちは複雑なんよぉ。何年か前に、お父さんが亡くならはってね。ほんで、去年かな。お母さんが若い男の人と再婚して。そのあと、うちに帰るのがイヤやって、よく、うちにも泊まりに来てたんよね」


 えっ? それ、むちゃくちゃ仲よしじゃないか!


「サエさんは今も雫さんと交友してるんですか?」

 猛がたずねる。


「さあ。うちに泊まることはなくなったねぇ。雫ちゃんが別のグループと仲よくするようんなったんやって。そのグループの子の評判が、あんまりよくないんよね」


「どんな子たち?」

「名前までは聞いてない」


 僕は二つめのケーキの切り身を食べながら、すばやく手をあげる。


「はい、はい! たしか、名前、聞いたよ。前にサエちゃんが話してくれた。ちょっと待ってね」


 スマホを調べると、綾橋美月と糸田杏花とメモってある。


 僕はそれを猛に見せた。

 猛はチロッとよこ目に見て、僕の頭をポンポンする。

 なんか、完全にポチかなんかと勘違いしてるだろ? 兄よ。


「よしよし。名前はわかった。どんな子かっていうのは、その評判がどんなものかって意味だったんだけど」


 チェっ。なんだよぉ。

 せっかく僕が猛の役に立つと思ったのにぃ……って、完全にポチだな。


 会話は進む。


「ようは知らんけど、万引きしたり、同級生のもの盗んだり、援交もしてるんちゃうかってウワサやね」


 うーん。それはよくないねぇ。


「たしか、児童養護施設の子なんよね。そのなかの誰かが」


 猛はお姉さんの言葉を聞きながら、黙って考えている。


 僕は口をはさんだ。

「その子たちのうちに、雫ちゃんは泊まってるってことかな?」

「たぶん、そうだろうな」と、猛はつぶやく。


 そのあと、バカ話をして盛りあがってるうちに、二時間は、あっというまにすぎた。

 やっぱり、女の子と話すのは楽しい。

 うちに足りないのが女っけなんだということが、痛いほどわかる。だから、魔性の蘭さんにフラフラしてしまうのだろう。


 玄関があき、

「ただいまー」と、元気な声。

 サエちゃんが帰ってきた。


 僕は自分のうちかってくらい図々しく、キッチンから顔をだして、サエちゃんをさそった。


「おかえり。お姉さんの焼いたケーキがあるよ。いっしょに食べよぉー?」


 サエちゃんは僕の顔を見て、ギョッとした。

 そして、ダダダっと、ハデに足音をならして階段をかけあがっていく。


 ええっー? 僕の顔にチョコでもついてたかなぁ? 血のり風に?

 だからって、逃げなくても……。


 考えていると、猛がすごい勢いでとびだし、サエちゃんを追いかけていく。なんとか、部屋のドアの前でつかまえた。そう。つまり、僕もチンタラ追ってみた。


「君、この前、うちの薫と話してるとき、ずっとラインで友達と話してたんだって? その相手って、本多雫だろ?」


 えっ? そうなの?


「離して! 離して!」と言うだけで、サエちゃんは答えない。


「君は友達の本多さんが何をしてるのか知ってた。だから、最初におれが来たとき警戒した。友達が警察に捕まってしまうかもしれないと考えたからだ」


 イケメンが苦手なんじゃなかったのか!

 なんか、イチイチおどろいてしまうなぁ……。


「でも、それなら、わかってるはずだ。このままじゃいけないことは。誰かが止めないと、君の大切な友達は、ほんとに犯罪者になってしまうんだぞ!」


 サエちゃんは泣きだした。

 猛め。女子中学生を泣かせたの、本日、二人めだよ。


「だって、だって……止めても、雫、聞いてくれへんかったもん! わたしのせいじゃないもん!」


「君のせいだなんて思ってないよ。君は本多さんを止めようと必死に説得してくれたんだろ? だから、おれたちも協力するよ」


「ほんとに? 雫、警察に捕まらない?」

「なるべく、そうならないように努力する」


 サエちゃんは決心した。


「じゃあ……雫を呼びだしてもいいよ。マクドおごるから来てって言えば、来ると思う」

「頼むよ」


 というわけで、サエちゃんはラインで、雫ちゃんを近所のマクドナルドに呼びだしてくれた。

 僕と猛は少し離れた場所に席をとって、ようすをうかがう。


 まもなく、雫ちゃんはやってきた。

 サエちゃんが席を立ち、二人ぶんのマックシェイクとアップルパイを持って帰ってくる。


 そのころ、僕と猛はポテトのとりあいをしていた。


「猛、僕のポテト食うなよ! 自分のがあるだろ?」

「えっ? 兄ちゃん、とってないぞ?」

「とった。見てたもん」

「とってない」

「とったって認めないと、晩飯ぬきね」

「とったよ。三本」

「五本はとったよ」

「あいだをとって四本な」

「一本ごまかす気だ!」


 どこへ行っても、にぎやかな僕ら……。


 しかし、いちおう、ちゃんと、チラチラとサエちゃんたちのテーブルを見てはいる。


 雫ちゃんは同い年のサエちゃんとくらべて、すごく小柄だ。パッと見、まだ小学生に見える。中学生って、成長速度に、ものすごい個人差があるもんね。


 サエちゃんと雫ちゃんは、なにやら深刻な顔で、ぼそぼそ話していた。


 そして、マックシェイクを飲みほすと、雫ちゃんは立ちあがった。もちろん、アップルパイはとっくに食べている。


 そのとき僕らは、ビックマックに夢中でかぶりついていた。このあいだだけは、とにかく無言。すごい勢いで食べる、食べる。


 えっ? さっき、チョコレートケーキを二ピースも食べたって? そんなの、二十代の男の胃袋には前菜だ。


 猛は僕より口がデカイので、雫ちゃんが立ちあがったときには、すでに食いおわっていた。コーラをガッと飲みほして、歩きだす雫ちゃんのあとを追っていく。


 店内で大捕物になると、ほかの客の迷惑になるから、外に出たところでつかまえる気だ。


 僕は猛ほど大口じゃないんで、まだ半分、ビックマックが残っている。片手にビックマック、片手にシェイクを持って、よろよろと追っていく。


 あっ、トレーも返却しないと。

 ちょっと待ってよ。猛ぅー。


 僕がモタモタしてるうちに、猛の姿は消えていた。

 店の外へ出ると、かなりさきのほうを猛が走っている。

 そのちょっと前には、雫ちゃんが。


 追いかけようとした僕は、ちょうど店の前をよこぎった女の子とぶつかってしまった。中学生くらいの女の子二人組みだ。


「ああっ! ごめんね! 大丈夫?」


 僕はあやまった。

 なのに、女の子二人は無視して走っていく。


 ええっ……そこまでする?


 まあいいや。気をとりなおして、僕は猛を追う。

 猛は雫ちゃんをつかまえていた。腕をつかむ猛と雫ちゃんが、何やら言い争っている。


 ん? すると、さっきの女の子二人がかけつけて、猛に体当たり……えっ? なんで? 最近の中学生は荒れてるなぁ。


 猛は片手がふさがってるし、もう片手で一人までは、つかまえることができる。でも、もう一人の女の子に対しては無力だ。だからって、女の子に暴力もふるえないし。


 ようやく、僕はその場に到着した。


「かーくん! この子、つかまえてくれ!」


 うん、まあ、兄が女の子にボコボコにされてるのを見すてるわけにはいかないだろうね。


 だけど、僕の手にはビックマックとシェイクが……。


 迷っているうちに、雫ちゃんが猛の手をふりきった!

 あっ、しまったぁー。


 猛はあわてて追おうとするが、女の子二人がかりで腕にぶらさがられて、さすがに俊足を生かすことはできなかった。

 JCパワーに、猛は降参した。


「わかった。わかった。ちょっと待ってくれよ。君たち、綾橋さんと糸田さんだろ? 黒崎くんの計画をみんなで手伝ってるんだろ?」


 二人はギョッとした。

 逃げだそうとするが、今度は、猛が手を離さない。


 僕は早く猛を助けようと、必死にビックマックを食べる。せめて片手をあけなければ。僕の頭に、食べ物をすてるという概念はない。


 綾橋さんと糸田さんは、こまったように、おたがいの顔をながめている。


 僕はもぐもぐ。

 猛は説得。


「明日歌さんの復讐だろ? 君たちは児童養護施設で知りあった、明日歌さんを死なせた人たちを恨んでいた。だから、黒崎くんを中心に、明日歌さんをイジメてた人たちに復讐してたんだ。けど、こんなこと続けてたら、いつか警察に捕まるよ。君たちだって、わかってるんだろ?」


 僕はシェイクをチューチュー。飲みにくい。


 僕もコーラにしとくべきだったか。

 でも、炭酸って苦手なんだよね。

 子どものころ、コーラをいっき飲みする兄がどんだけ、うらやましかったことか。


 すると、女の子たちのお腹が鳴った。ひさびさに聞いたなぁ。こんなに盛大な腹の虫。


 猛が歯を見せて笑う。

「マック、おごるよ」


 猛。関西圏ではマクドだよ?


 しかし、女の子たちは素直にうなずいた。

 やったね。僕のビックマックが、猛の説得に勝った。

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