第2話 その二 3

 *



 そのあと、僕らは近くのレストランに入った。

 蘭さんのおごりね。蘭さんは上機嫌なんで、ランチにステーキをめぐんでくれた。

 昼食のあいだは事件のことは話さない。というより、ステーキに夢中で、それどころじゃなかった。


「うまいね! 兄ちゃん。肉、やわらかい……ほっぺ落ちるね」


「あっ、かーくんのほっぺが、こんなところに!」と言いながら、すばやく、僕の皿から肉をひときれ、かっさらう兄。


「兄ちゃん! それ、僕の肉!」

「かーくんのほっぺは美味いなぁ」

「カニバリズムぅー」


 まあ、こんな調子だ。いつもの会話ね。

 高いお店でさわいで、すいません。


 あきれたように、蘭さんが言う。

「かーくん。猛さん。肉くらい、おかわりしたらいいから。さわがないでくださいね」


 ランチで一皿三千円の肉をおかわり……夢のような、ひとときだった。


 店を出たとき、僕はまた視線を感じた。公園で感じたのとは、ちょっと違う気がしたが、誰かが、どっかから、僕らを見てる。


 今度は蘭さんも気づいたようだ。あわてて、はずしていたマスクをつける。


「誰か……見てますね? あっ、あれかな?」


 蘭さんの視線をたどると、通りの向かいに男が立っている。いや、まだ少年か。ダウンのコートの下は制服だ。さっき、病院ですれちがった少年のようだ。


 僕らに気づかれたと察すると、少年は走って逃げだした。猛が通りを渡ろうとするが、運悪く車が来てしまう。少年は細い路地に入って見えなくなった。


「さっき、病院の廊下ですれちがったな」と、猛。

 やっぱり、ちゃんと見てたのか。


「そうだね。僕が306号室って言ったら、こっち、ふりむいたから、シアちゃんの友達かもよ」

「ただの友達なら逃げる必要はないけどな」

「蘭さんが気になって、ついてきたからじゃない?」

「まあな」


 蘭さんとすれちがった人がプチストーカーになることは、よくあることだ。気にしてもしょうがないんで、とりあえず放置だ。


「このあと、どうする? うち帰る? もうやることないよね?」


 僕は提案したが、猛は首をふる。

「いや、あるよ。まだ学校に行ってない」


 なるほど。メグちゃんの学友から話を聞きだすのか。

 家出なら友達の家を泊まり歩いてるはずだから、効果はあるかもしれない。


「でも、日曜だよね」

「クラブとかで学校に来てる子はいるだろ」

「そっか」


 蘭さんは反対する。

「無関係な一般人を校内に入れてくれないですよね」


 たぶん、寒くなってきたから、そろそろ帰りたいんだ。

 しかし、猛は頑強に自己主張。


「羽鳥さんから学校に電話かけてもらえば入れてもらえるだろ」


 僕はあいだをとった。


「どうせ行くなら、平日のほうがいいよ。部活動してない子は日曜は来ないだろうしさ。それに一回、うち帰って、写真、撮ったら?」

「そうだな。じゃあ、明日にするか。明日は蘭は留守番な」

「ええっ!……って、まあ、いいですけどね。ミャーコとゴロゴロしてます」


 公園で遊んだから満足したんだな……。


 僕らは一日めの調査をおえて帰宅した。

 帰ってからも、蘭さんはご機嫌だ。公園で撮った写真をパソコンにとりこんで、飽かず、ながめる。


「あっ、見て見て! かーくん。これ、心霊写真じゃないかな!」


 急に何を言いだすんだか……。

 洗濯物をたたんでいた僕は、しぶしぶ、パソコンをながめる。ほんとに心霊写真だったら怖いじゃないか。


 ちなみに、猛は電話で羽鳥さんや学校と連絡をとってる。明日のための準備だ。廊下に置いた固定電話を使ってるんで、必然的に蘭さんにつきあわされるのは、僕ってことに。


「ほらほら。ここ、人が立ってるみたいに見えない?」


 モニターいっぱいに拡大した公園の写真の一点を、蘭さんは指さす。

 背の高い植えこみのあいだに、たしかに人の顔がのぞいてるように見える。


「や……やだな。気のせいだよ。ほら、ええと、シミュラクラ現象ってやつ? 目鼻っぽいものがあると人間に見えてしまうっていう……」


「かーくん。僕だって、オカルトを全肯定してるわけじゃないですよ?

 ほとんどは錯覚や勘違い、怖いと思うから、なんでもないものを見間違ってしまったってたぐいだと思ってます。薬物やアルコールの摂取による幻覚や幻聴とかね。目撃談の九十九パーセントは、科学的に説明がつくものなんだと思いますよ」


 わかってるんなら、わざわざ、僕をおどさないでほしいなぁ。


「でもね。百パーセントのうち九十九パーセントが錯覚だとしても! 残り一パーセントは説明のつかないものもある! たとえば、それが未来の科学では説明ができるものだとしても、現在の科学はそこまで達していない——オカルト現象っていうのは、そういうものだと、僕は思うんです!」

「そ……そうだね」

「そうでしょ? かーくんもそう思うでしょ?」

「う、うん……」


 蘭さんの熱意に負けてしまった。

 蘭さんはニンマリ笑って、そこを指さす。


「じゃあ、これはなんだと思います?」

「さ、さあ? たまたま、そこに人が立ってたんだよ」


「そうかなぁ? たまたまにしては変なとこに立ってますよね。まるで、公園に入る人を隠れて見張ってるみたい。だって、せまいし、寒いし、用もなく立ってるような場所じゃないですよ。それに、通りがわじゃないから、公園の外を歩いてた人が写りこんでしまったわけじゃない」


 はいはい。もうわかったよ。こう言わせたいんでしょ?


「……オバケ、かな?」

「だよねぇ!」


 写りこんだ人影。

 その顔は小学高学年くらいの女の子のように見えた……。

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