第2話 その二 2
*
依頼人の家は公園から、わりあい近かった。
サエちゃんたちの家とは方角が違うが、歩いていける範囲なのは同じ。
依頼人の羽鳥さんは五十すぎのおじさんだ。悲しいくらいのバーコード頭。でも、着てる服はさりげなくブランド物だし、家も立派。とても裕福だ。
よし。これなら、成功報酬、倍でせしめられるぞ——とか考えてないし! ほんとだから!
応接室に僕らは通された。
しばらくして、暗い顔した奥さんがコーヒーを運んできた。さっき紅茶、飲んだとこなんで、あんまりほしくない……。
「雫? なに雫さんですか?」と、おじさんは聞いてくる。
猛が答えた。
「すみません。まだ名字はわかりません。
サエちゃんの名字は仁科だった。
羽鳥さんは真剣な顔で考えこむ。
しかし、考えこまなければ思いだせないってことは、ふだんから親密な友人ではないということだ。
「お母さん。ちょっと来てくれへんか」
コーヒーを持ってきたあと去っていった奥さんを、羽鳥さんが呼んだ。猛の質問を、今度は羽鳥さんが奥さんにする。が、やはり、奥さんも首をふる。
「すんまへん。娘から聞いたことはないような気ィします」
「お母さんからも聞かせてください。娘さんが仲のよかった子の名前を教えてもらえませんか?」
猛がたずねると、奥さんは、さほど考えることなく、すらすらと何人かの名前を言う」
「前原さんとこの
猛がメモらないということは、この三人は、すでに羽鳥さんから聞いている子たちだろう。
「芦部さんは今、入院中という話でしたね?」
えっ? そうなの?
「芽来もお見舞いに行きました」
「さっき、前原さんのお宅で聞いてきたんですが、前原七花さんも先日、塾の帰りにころんで足を骨折したらしいですね」
羽鳥さんと奥さんはおどろく。
「そうなんですか? お母さん、知っとったか?」
「わたしは初めて聞きました。メグちゃんのことで、それどころやなかったし」
羽鳥さん夫婦は、にわかに落ちつかなくなった。なんだか、そわそわしている。
怪しいなぁ。
猛は愛想笑いを浮かべながら、するどく切りこむ。
「変ですね。仲よしグループの四人のうち三人が、ケガをしたり、入院中だったり、行方不明なんですね。ぐうぜんとは思えませんが?」
羽鳥さんが、ちょっと怖い顔で断言した。
「いや、ぐうぜんだとも。芦部さんは胃炎やと聞きました。病気とケガが、たまたま重なっただけですよ」
そうなんだろうか?
まあ、猛がただの家出じゃないかもしれないと言ったわけはわかった。
女の子たちの不幸には、必然の原因があるんじゃないのか?
*
羽鳥さんちを出てきた僕らは、みんな真剣な顔だ。
蘭さんも、しばし、汚い子のことを忘れたらしい。
「妙ですね。ほんとにぐうぜんかな? イジメとかじゃないんですか?」
言いながら、マスクの上から唇を指でなぞっている。
蘭さんが考えるときのクセだ。美人はクセまで色っぽい。
「でも、娘がイジメられてるなら、両親が黙ってるわけないだろ。警察にも、もっと強く言える。自殺の危険性があるからな」
猛も言うんで、僕は遅れをとるまいと口走る。
「イジメられてるほうじゃなくて、イジメてるほうなんじゃないの?」
「なんで、イジメてるほうがケガしたり病気になるんだよ? 逆だろ? 逆」
「……そっか」
あっはっはと笑いながら、猛は僕の頭にポンポン手をのせる。うう、イジメ反対。
「まあ、芦部詩愛の話も聞いてみないとな。病院に行ってみるか」
「もう一人の子は? ユノちゃんだったっけ?」
「ああ。その子は一年前くらいから引きこもりなんだってさ。ウワサじゃ家族にも会わなくて、とても友達と話せる状態じゃないらしい。だから、その子は除外したんだ」
ふうん。ますます、イジメっぽい。
もしかしたら、学校でクラスカースト上位のグループに目をつけられちゃったのかもしれない。
まあ、それなら、家出したくなるのもわかる。
羽鳥さんの自宅からはバス停が近い。
僕らは市バスを使って、病院へ移動する。
はい。到着ぅー。
まずは、ナースステーションへ直行。
「すいませーん。前に家庭教師してた子が、ここに入院してるって聞いたんですけど、何号室ですか? お見舞いしたいんですが。芦部詩愛って子です」
こういう担当は僕ね。
見よ。この人畜無害な笑顔。
若い看護師さんが、ふりかえって答えてくれた。
「芦部さん。三階ですね。306号室ですよ」
ありがとう。白衣の天使よ。
「おーい。猛。蘭さん。わかったよぉ」
待合所で待ってる猛と蘭さんをさそって、階段のほうへ歩いていく。
日曜だから、ふつうの診察は休診日のようだ。
見舞い客がチラホラ歩いている。
廊下の向こうから歩いてくる高校生くらいの少年は、友達のお見舞いだろうか。
「ええと……306って、こっちのほうだったよねぇ」
なにげなく僕がつぶやくと、すれちがいざまに、少年がチラリと僕らのほうを見た。
ん? なんだろう?
高校二年か三年かなぁ?
背が高くて、制服着てなきゃ社会人に見えなくもない。
僕が見返すと、あわてて目をそらし、速足で通りすぎていく。
きっと、蘭さんの美しさに惹きよせられたな?
ダメダメ。人生、まだこれからだよ。その年でストーカーになっちゃいけない。
おとなしく去っていく少年を見送って、僕らは306号室の前に立つ。外に書かれたネームプレートは一人だけだ。一人部屋らしい。
コンコンとノックするが、返事はない。
すると、猛がドアをあけた。
面会謝絶とは書いてないから、まあいいのかな?
なかを見た僕は、ギョッとした。
胃炎って聞いてたから、てっきり、ふつうに寝起きしてる患者さんだと思ってたのに、そんな感じじゃない。
女の子は酸素マスクをつけて、一点を凝視している。いわゆる昏睡状態だ。
女の子の枕元に疲れた感じの女の人がいた。その子のお母さんだろう。
「なんですか? あなたたち」
迷惑そうに、にらんでくる。
サッと手をふって、猛が僕と蘭さんに廊下で待ってるよう無言で命じる。
猛は室内に一人で入っていき、ドアをしめた。
「芦部詩愛さんのお母さんですね?」
「そうですけど」
なかの声が、うっすら聞こえてくる。
「お嬢さんが、こんなときに申しわけありません。羽鳥芽来さんをご存じですか?」
「たしか……娘のクラブの後輩……でした。家も近いし、仲がよかったようです……が、あなたは?」
「探偵です。芽来さんが行方不明でして。行きそうな場所を探しています」
「さあ。わたしでは……」
そのあと、声がひそめられた。
聞こえないじゃないか。
ぼそぼそぼそ。
ぼそぼそぼそ……と、ナイショ話は続く。
——と、とつぜん、大声が!
「そんなことあるわけないやないですか! 帰ってください! 早う、出てって!」
あっ、なんか、やらかしたな。
猛は大声に追われて廊下へ出てくる。
「失敗。失敗」と言いつつ、口笛ふきながら歩いていく。反省の色なし。
「何、話してたの?」
「まあまあ、ここじゃなんだから」
もしかして話してくれない気か?
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