第2話 その四 3

 *



 僕と蘭さんはマンションに急行した。四階の工藤さん宅のダイニングキッチンに大集合だ。


 工藤ユノちゃん、ユノちゃんの両親、戸川先生、猛、僕、蘭さん。そして、ついに会えた! 羽鳥メグちゃんだ。


 全員でテーブルかこむだけの椅子がないもんだから、僕と蘭さんは、ちょっと離れたソファーにすわっている。


 ユノちゃんとメグちゃんはまだ泣いている。

 というより、ユノちゃんはインフルエンザにでもかかったみたいに、ぶるぶる、ふるえて、あきらかにようすがおかしい。


 ちなみに、ベランダからとびおりようとしたのは、ユノちゃんらしい。


「娘を助けてくれて、ありがとうございました。あなたは娘の命の恩人です」

「ほんまに、ありがとうございます!」


 お父さんとお母さんは、猛に大感謝。


「それにしても、なぜ、こんなことになったんですか? おれが部屋の外に立ったとき、『アスカが呼んでる』と叫んでいましたよね? 優音さん?」


 猛の問いに、ユノちゃんはふるえるだけで答えない。顔色も悪いし、話せるような状態じゃない。

 お父さんとお母さんは内心、原因はわかっているようだ。二人で顔を見あわせている。が、口に出しては、こう言った。


「すみません。娘はぐあいがすぐれません。今夜のところは帰っていただけませんか? あらためてお礼にまいりますので」

「そうですか。わかりました。羽鳥さんも早くご自宅に送りたいですしね」


 ここで食いさがってもムダと、猛は読んだようだ。あっさり、ひきさがる。


「ほなら、タクシー呼びますので」

 お父さんの好意で、マンションの前にタクシーが呼びつけられた。


 えっ、でも、待ってよ。

 こっちは大人四人に女の子一人だよ。

 どう見ても大人一人ぶん、入らないんだけど……。


「あっ、ごめん。かーくんと蘭はここで待ってて」


 うう……僕と蘭さんは、児童公園に置き去りに。


 わかってんの? 猛? ここには、ついさっきオバケが出たんだよ?

 僕のかぼそい神経が、こんな目撃現場で耐えられると思ってるのか?


 しかし、無情にタクシーは走り去る。


「ねえ、蘭さん。どっか、そのへんの喫茶店かコンビニ探そうか」


 僕は提案したが、蘭さんは聞いてない。まっすぐ公園に入っていく。

 また汚い子が出てきたら、どうするんだよぉー。


 蘭さんは汚い子を捕獲しようとでもしているのか、やたらにそのへんを丹念に調べてまわる。

 でも、なんか、ようすが変だ。さっきまでの、あのハシャギようが嘘のよう。難しい顔をして考えこんでいる。


「どうしたの? 蘭さん」

「かーくん。オバケって、どうやって消えると思います?」


 僕の質問はガン無視で、妙なことを聞いてくる。


「ええと……こう、すうっと姿が薄れて……って、こんな話、ここでしたくないなぁ、なんて思ったり」


「そうですよね。または壁のなかを通りぬけていくとか。見つめていたはずなのに、気づいたらいなくなってるとか。そういうのを想像しますよね?」

「まあ、たいていの目撃談はそんな感じ……だから、やめようよ。こんな話」


「変なんですよねぇ。じっさいに幽霊を見るの初めてなんで、僕にも確信は持てませんが」


 変なのは、蘭さんだ。

 絶対、「ねえ、かーくんも見ましたよね? ほんとにいたね! 汚い子!」とか言って、大喜びすると思ってたのに。


 なんか、戸惑ってるうちに猛が帰ってきた。

 タクシーはつれてない。


「えらく早かったねぇ」

「今日はほんとに送りとどけただけ。戸川先生ももう帰るっていうから、タクシー使ってもらったよ」


 僕らはどうなるんだよ。

 バスの最終、出てなきゃいいけど。

 地下鉄の駅まで歩かなきゃいけないかなぁ……。


「じゃあ、依頼は完了だね」

「まあ、依頼はな」


 猛も歯切れが悪い。

 気持ちはわかるけどね。

 なんか、いろいろ、ひっかかったままで、ちゅうぶらりんな気分だ。


「とにかく、帰ろうよ。おなかすいた。すき焼きが待ってるよ!」


 猛と蘭さんの顔に笑みがもどった。

 家に帰った僕らが、事件を忘れて肉バトルをくりひろげたのは、言うまでもない。

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