第8章11話 御旗
「将門、その子を、凪を離せ」
「くくっ、小僧、生ぬるいことを言うておったら、自分が命を落とすことになるぞ」
将門は得意気に顔を歪ませる。
「その子を、離せ、平将門」
「返して欲しくば、先ほどの切り裂きの魔法をかけてみろ」
将門が高笑いする。言ったとおりに「将門、消えろ」と念ずれば、凪まで巻き込んで消してしまうだろう。
「どうした、さっきまでの威勢はどこに行った、小僧!」
凪を抱えた将門が跳躍し、僕に蹴りを繰り出す。とっさに構えた防御姿勢の穴を狙われ、僕は身体を曲げて地面に転がる。
「ぐはっ、糞。凪……大丈夫か?」
「私は大丈夫。だから、お兄ちゃん、将門を消して」
「それじゃ、凪まで……カハッ」
口を袖で拭うと、大量の血液がついてきた。
「私はお兄ちゃんのおかげで生きてるの。今、将門を倒すためなら、消去されても怖くない」
「ダメだ。凪、君は生きろ。何があっても、君は強く生きろ! 君は僕が最後に残せた、生きた意味なんだ」
将門が大笑いする。
「大の男が、たかが小娘一人のために命を捨てるか。そんな軟弱な日の本ゆえに、ワシの力が必要なのだ」
将門が再び跳躍する。僕にとどめを刺そうとしているのがわかる。魔術師としてのみ鍛錬を受けてきた僕の強くない身体は、もう耐えられないだろう。
――ごめん、皆。
将門の足が僕を捉える――瞬間に、僕の身体は横に跳ね飛ばされる。
金属同士でぶつかるような音が響く。そして、小太刀二本で将門の足を受けたレナが吹き飛ばされていく。
小太刀を地面に突き刺して勢いを殺し、レナが立ち上がる。
「お兄ちゃんには、これ以上、指一本触れさせないんだから」
「レナ! 危ない、将門に近づくな」
「何言ってんの! お兄ちゃんは喧嘩に弱いんだから、私達の後ろで戦って」
「でも、それじゃ、君達まで巻き込んでしまいそうなんだ」
「何を今さら怖がってんだよ。俺達はとっくに大将に命を預けてるんだ。大将はどんと構えてろ」
桐野少将がレナの隣に立つ。
「他でもない、ルヴァさんのためなら命かけて守るのは当たり前です」
ソムニが僕のそばに立ち、魔導銃を構える。
「年上には甘えるものよ、ルヴァ君。あなたは新しい力をコントロール出来るようになるまで、私達に任せておきなさい」
「ミトレさん!」
将門が耐えきれないという様子で笑う。
「こっちには人質がいるんだぞ。雑魚が何人いようが関係ない、この娘が死んでもいいのか」
「そんなことをしたら、お兄ちゃんにギタギタにやられるだけじゃない。それが怖いから人質なんてとったんでしょ。臆病者」
「小娘が、生意気を!」
将門が跳躍すると同時に蹴りがレナの腹に入る。吹き飛ばされたレナは血を吐きながら気を失ってしまう。
「レナ!」
その流れで繰り出された蹴りを、桐野少将が刀で受け止める。とっさに振り払うと、将門の腹に深い傷を負わせることに成功する。
はらわたが零れ落ちるかというところで、映像を巻き戻すかのように傷が治っていく。
桐野少将が驚いた隙に、将門の頭突きが命中し、桐野少将が気を失う。
「口ほどにもない。さて、そこの二人の娘もいたぶってやろうか」
「やめろ」
僕は将門に声をかけつつ、消去の力を小さくコントロール出来るように集中する。しかし、狙っていた頭部が将門に気取られて、凪の後ろに隠されてしまう。
将門の前蹴りが繰り出され、すでにいたんでいる僕の腹に当たろうという直前、ソムニの魔導銃が火を噴く。
横腹に魔導弾が貫通した将門は、一瞬ふらつくが、すぐに体勢を直して跳び、ソムニを蹴り飛ばす。ミトレさんの氷の槍を読んだ将門は、少しだけ距離をとって槍を避けた後、ミトレさんを蹴り倒す。
「ここまでだ小僧!」
将門の回し蹴りが、僕の腹を狙う。
――ここまで、か。
そう思って目を閉じた僕は、いつまでたっても蹴りの衝撃が来ないことを不思議に思って目を開ける。
「よぉ、待たせたな、友よ」
僕の目の前に、大きな背中があった。
学生時代のアルバイトで何度も僕を守ってくれた背中、一つの街を強大な力で守り抜いた背中だった。
「スパーダさん、どうして、ここに?」
リュミベート最強の僧兵、スパーダ=ザナルディの背中だった。
「詳しいことは後だ。それより、水の魔導学士様が自分や仲間の回復を忘れてどうする。レディファーストで早く治療してやんな」
「は、はい」
蹴りを受け止められた将門は、不思議そうにスパーダさんを見ている。
「なかなかの使い手のようだな。面白い」
将門は、凪を左脇で抱え直して、たまたま近くに落ちていた自分の大太刀を右手でつかんだ。
「そのお嬢ちゃんを離せと言っても、聞かないんだろうな。出来れば両手が空いた状態で
手合わせしたかったぜ」
スパーダさんが一瞬の間に将門に近づく。剣を一閃すると、将門の大太刀とぶつかり合って火花を散らす。
そのまま目にも止まらぬ斬撃を繰り出すと、幾つもの火花が散り、将門に小さな刀傷が増えていく。
「クハハハハ、面白い、貴様が当代一の剣士のようだな。酒と女の匂いがする生臭坊主が! なかなか面白いわ」
「俺の力がこんなものと思ったか? 化け物さんよ」
「何をしでかすつもりだ! 見せてみろ」
将門が嬉しそうに叫ぶ。
二人の剣速はどんどん上がっていき、無数の火花が二人の間に散っては消えていく。
その剣戟のわずかな隙に、スパーダさんが将門に前蹴りを入れる。将門の身体が吹き飛んでいき、やがて大太刀を地面に突き刺して止まる。
「なんだ、これしきのことか。期待させおって」
「ルヴァ、今だ。お嬢ちゃんを助けな」
「えっ!?」
状況を確かめるために周囲を見ると、将門が元々いた場所に、将門の左腕が落ち、凪が地面に倒れていた。
僕は急いで走り、将門の左腕を剥がして凪を抱きしめた。
「お兄ちゃん!」
「凪。大丈夫か?」
「うん」
「な!? き、貴様!」
「なんだ、やっと気づいたか」
「小癪な!」
将門は一直線に、僕と凪に向かって跳躍する。僕はとっさに凪をかばう。将門は大太刀を振り上げ、僕に斬りかかる。
「させるわけないだろ」
スパーダさんの剣が、将門の大太刀を下から叩き上げる。
「さあ、もう一人の凪ちゃんから話は聞いてるぜ。俺が将門の注意をうまく引きつけるから、ルヴァは消去とかいう技を成功させるんだ」
「は、はい。スパーダさん」
僕は「もう一人の凪」という言葉や、なぜスパーダさんが突然現れたのかについて改めて疑問を抱くが、とにかく今は将門を消去することに集中すべきだと思い直す。
「絶対に消去してやる。将門め」
◆◇◆◇◆
剣狼騎が最強だと言われる理由、それは単に人狼が女人の姿の剣士となるだけではなく、騎手である剣士も含めたその高い練度にある。
三方から挟撃された剣狼騎部隊は、一時総崩れになりかけるも、代々剣狼将軍を勤めるラーム家の剣士達が周囲を鼓舞しつつ、退却の指示を出す。
「これがラーム家の力か。手強いの」
クラーラは、生まれる前の長い夢の中で戦った武田軍の強さを思い出す。鉄砲と野戦陣地で戦った長篠の戦こそ大勝したものの、粘り強い戦い方には終始苦しめられた。
「追え、追えい、大将首とウリエンとやらの首を獲るまで戦は終わらんぞ」
狼化した人狼に全員が騎乗している剣狼騎軍に対して、ウラガン伯
――このまま逃げられては、まずいのう。どうすれば足止めできるか……。
クラーラが迷いを感じたそのとき、地平線の向こうから白く輝く細長い旗が現れる。
「おお、あれは……」
クラーラも初めて見るその旗は、しかし、あまりにも有名な旗だった。それは禁軍の旗、女皇陛下かその正式な名代しか掲げることの許されない旗だった。
「コルナ殿下か。まさか、近衛兵と竜旗を借りて来られるとは……」
敵の多くも自分達の命運を悟ったのか、逃げ足を緩め、剣を棄てる者が出始める。やがて、剣狼騎軍の足は止まり、オートン連合軍と禁軍、氷狼騎の包囲するに任せるようになる。
「クラーラ殿、お役目、ご苦労でした」
「さすがコルナ殿下、見事な手綱さばき」
時代を代表する女傑二人は微笑みあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます