第8章10話 援軍

 突然、戦場の空気がすべて凍りついた気がした。僕が不思議な光景に目を見張っていると、唐突に僕の正面に少女が現れる。


なぎ?」


 いや、凪にしては随分と幼い印象だ。

 凪に似た少女は、一瞬だけ微笑むと、おもむろに話始めた。


「お兄ちゃん、あなたは私を救ってくれたお兄ちゃん。バス事故のこと、忘れちゃった?」


 僕は首を横に振る。すぐに二人の記憶が一つにまとまった。


「覚えてるよ。転生したって、忘れやしない。君は……、君が、凪だったんだ」


「うん。やっと分かってくれたね。私ね、大人になったら警察官になって、お兄ちゃんのように人を助ける側になりたかったのよ。だけど、ある日突然世界が変わった。過去の魔人、妖怪たちが唐突に現れて、人間と戦争を始めた。私はその化け物達と戦う仕事を選んだの」


「そうか、そうなのか……」


「お兄ちゃん、今こそ、お兄ちゃんの力を開放すべきときだよ」

「僕の? 力?」

「そう。この世界線を創り上げた力。創造主の力を」


「創造……主!?」


 気づけば、将門の拳が眼前に迫っていた。歯を食いしばり、防御姿勢を取ろうとしたとき、将門の拳が止まっていることに気づく。


「……どういうことだよ」


 僕はとっさに上げていた両手を下ろし、将門の様子を観察する。恐ろしい形相でありつつ、口元と目だけは嬉しそうに微笑んでいる。嗜虐趣味の人間の笑顔はこういうものなのか。


「お兄ちゃん、観察してる場合じゃないよ。将門を見ながら、消えろって願ってみて」

「消えろと願う!?」

「そう。消えてしまえって」


 僕は戸惑いながらも、凪の言うとおり、心の声で「将門、消えろ」と唱えてみる。すると、将門と周囲の空間に、テレビにノイズが発生したときのような歪みが生じては消える。


 将門の視線が、こちらに向けられる。


「う、動いてる!」


 凪の驚きの声が響く。


「お兄ちゃん、避けて」


 僕が将門の拳から距離を取った直後、鋭い風圧と共に将門の拳が振り下ろされる。


「そんな、まさか、動けるなんて」


 凪の悲鳴を聞きつつ、僕はもう一度「将門、消えろ」と念じてみる。

 すると、また将門の周囲がテレビのノイズのように乱れた。


「く、小僧、小癪こしゃくな!」


 将門の身体中に傷が出来て、血が吹き出る。ちょうど、ノイズの線に沿って将門の身体が切り裂かれている。


 僕は更に集中して将門の消滅を願う。将門は苦しそうに呻きながら、全身から血を噴き出している。


「小僧、貴様、神仏の類いか」

「さあ。知らないよ。でも、確かにこの世界の基礎は僕が創ったみたいだ」


 僕は改めて、自分が創った歴史シミュレーションゲーム「武士つわものどもが夢の跡」のルールを思い起こす。通信対戦モードではサーバーごとに管理者を置く前提にしてあり、悪質プレイヤーを廃除する仕組みが確かにあった。


 そう考えると、将門をすぐに廃除出来ないことが理解できないが、何かチート能力を行使しているのかもしれない。


「お前がどんなチートを使ってるかしらないけど、僕は絶対にお前をこの世界から廃除してやる」


 僕は失われていた自信を取り戻した。この世界の基礎が「武士どもが夢の跡」である以上、サーバー管理者の目を盗んでシステムをハッキングしたりチートを埋め込んだりされても、正常に戻す自信があった。


 僕の頭の中で、「武士どもが夢の跡」のソースコードが再現される。有名武将の生まれ変わりシステムに手が加えられているのは、僕の死後にゲーム会社が変更した部分だろう。生まれ変わり時に性別が変わり、別人格の美少女として再登場するようになっている。


 つまりこれは、僕の記憶から引っ張り出したソースではなく、このゲームの現在のソースだということだ。これを変更すれば、この世界のことわりを僕が書き換えることができるはずだった。


「小僧、何をつかんだか知らんが、これしきでこの将門を倒せると思うか。志半ばで倒れた我が怨念を、消すことができると思うか」


「できるさ。この世界で起こる出来事なら、僕が全部コントロールすることだって可能なんでね」


 僕は更に強く「将門、消えろ」と念ずる。ノイズの線に沿った将門の傷は更に深くなる。


「小僧、小僧、小僧! 貴様などにこの将門が負けてなるものか。我は新皇、坂東のすめらぎであるぞ」


 僕は将門を消そうと念ずることで、自分の魔力が大量に消費されていくのを感じる。このままあと何分も持ち堪えられたら、負けてしまう気がした。僕はより集中力を高め、将門を睨みつける。


 ――そうか、バラバラになった将門を想像すればいいのか?


 早速思いついた通りにイメージを膨らませようとしたとき、将門の姿が消えた。


「やったか?」

「ふはははははは、小僧! こっちを見るがいい」


 将門の声を辿ると、そこには将門に羽交い締めにされた凪の姿があった。



◆◇◆◇◆



 クラーラ率いるオートン軍と剣狼騎の戦いは、一進一退の攻防を繰り広げていた。

 数に勝る剣狼騎が有利になりかけると、魔力を回復したクラーラの大魔法でオートン軍がなんとか盛り返すといった繰り返しが続いている。


「いずれにせよ、援軍次第だ」


 クラーラが呟く。

 剣狼騎はおそらく、周囲の剣狼騎以外の貴族領に出兵依頼をしているだろう。


 オートン軍には、氷狼騎を主力とした軍勢がコルナ殿下の指揮の元、都からこちらに向かっているはずだった。


 オートン家の家督争いに端を発した戦いは、皇室と宮廷小貴族を中心とした中央集権派と、剣狼騎など氏族連合派の争いへと姿を変えつつある。


 また大魔法を放ったクラーラが、息を乱して周囲を見ると、北と南から、軍勢が近づいて来るのに気づいた。


「あれは……」


 魔法を使って目を凝らすと、旗印が見えてくる。オートン領を挟んで南北に位置するウラガン伯爵家とプリュ伯爵家のそれぞれの軍勢だと分かる。


 ウラガン家は風狼騎に属しており、剣狼騎との協力関係がある。一方のプリュ家は水狼騎の一員で、氷狼騎と仲が良い。


 ――プリュの方は援軍なのか?


 しかし、水狼を操るプリュ家が味方になったとしても、陸戦では大きな戦力にはならないだろう。共倒れになる可能性も充分ある。


 最悪の場合、両方ともが剣狼騎への援軍ということもありえるが、クラーラは覚悟を決める。味方の可能性があるプリュ家には背中をさらし、ウラガン家の風狼騎部隊に備えた陣形をとることにする。

 

「くぅ、もう、絶対絶命か……」


 クラーラは、退却する判断を逃したことに歯噛みする。正面に剣狼騎、右手にウラガン勢、左手にはプリュ勢、背後には深い原生林と、四方が囲まれてしまっている。


「サルに頼りにされたというのに、なんとも情けない。ウラガン勢に突撃して強行突破、再びサルの近くに軍勢を連れて戻るのが下策のなかで一番マシか」


「あ、あれは? クラーラ様、あれを! あっちも!」


 副官をさせているオートンの家臣が叫んだ。


「どうした……おお!」


 ウラガン勢とプリュ勢の大将旗の隣に、高々と掲げられているのは、オートンの旗だ。

 両軍は全速力になり、剣狼騎に対する突撃を開始した。


「ドボルド=アンス=プリュ、義によって助太刀いたす!」

「フロワ=カナーン=グラソン、ルヴァ殿に報恩すべく参った」


 ウラガン勢、プリュ勢が全速力のまま剣狼騎の陣にぶつかっていく。クラーラは、ここが勝負の分かれ目と、味方を鼓舞する。


「両軍に後れを取るな! オートンと地竜の牙の力を見せつけるときだ!」


 三方からの突撃に、剣狼騎の一部に混乱が見られる。命を惜しんだ将兵が動揺しているのだろう。


 剣狼騎優位になりつつあった戦場の空気は一変し、オートン連合軍の優位が確立したようだった。


 一当てするまでもなく崩れだした剣狼騎の陣に、三方からの突撃が入る。逃げ出した剣狼騎を、オートン連合軍が追う展開になる。


「ははっ、これもサルの人望か。者ども、此度の争いの元凶たるウリエン=バリエ=オートンを探し出せ。殺しても構わん。簒奪者に天罰を与えるのだ」


「おおー」


 具体的な目標を与えたことで、オートン連合軍の勢いは更に増していく。


「待っておれ、サル。こちらを片付けたら助太刀に参るのでのぉ!」

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