第5章3話 黒仮面
水で出来た女剣士――河龍レヴィア様の人型の姿――は、右手に水流の剣を形作り、黒仮面に向けて突進する。
レヴィア様と黒仮面の剣がぶつかり合い、小さな飛沫が巻き上がる。
その背後では、クラーラ先生が巨大な火球を作り始める。炎が渦巻き、その熱波に僕まで熱さを感じる。
僕はコルナ殿下、ノワ、レナに目配せをする。黒仮面が動きにくいように間合いを詰めさせるためだ。僕も刀を抜き、正眼に構える。
巨大な火球の熱がじりじりと肌を刺す。僕はレヴィア様に気を使わせないよう、小さな水の精霊の力を借りて、自分と味方のための結界を張る。
それを待っていたのか、クラーラ先生が巨大な火球を放つ。レヴィア様は空を飛んだ状態で高度を上げ、備えている。黒仮面は逃げ場のないことを悟ったのか、身体の向きだけクラーラ先生に向けて、動こうとしない。
あれが直撃すれば、最高クラスの結界でも無傷で澄まない威力のはずだ。
クラーラ先生が火球を放つ。その余波だけでも、僕がみんなに張った結界が震える。
男は暗黒結界を展開する。火球と暗黒結界は暫しの間、ぶつかり合う。恐ろしい熱波が、僕の水結界を蒸発させるため、僕は魔力を送り続ける。
やがて、巨大な火球が男の闇結界の中に飲み込まれていく。
クラーラ先生が驚きの表情を浮かべる。巨大な火球は全て男の結界に飲まれた。
その後ろから、ミトレさんが巨大な風刃を放つ。同時に、空のレヴィア様、コルナ殿下、ノワ、レナが一斉に斬りかかる。
風刃を難なく避けた黒仮面は、ノワとレナ両者との間合いをギリギリまで詰め、彼女らの手首を掴む。
それを上と横に掲げ、彼女らの刀でレヴィア様の水の剣とコルナ殿下のロングソードを受ける。レヴィア様の一撃は重く、黒仮面の両足が地に埋もれる程だ。
しかし、黒仮面は受けた力をそのまま返すかのように強大な力でレヴィア様とコルナ殿下を押し返す。ノワとレナは吹き飛ばされ、それぞれの得物もまた地に突き刺さる。
コルナ殿下が横薙ぎに斬りかかるが、躱されて背中を蹴られ、倒れ込む。
僕は刀を構えたまま、ノワとレナに手を貸して起き上がらせる。コルナ殿下も素早い動作で剣を構える
「ルヴァ様、本当にこの男、尋常ならざる強さです」
「こいつ……」
レナの表情は、苦痛に歪んでいるようだ。
ふと、背後からの声に顔を向ける。学長のようだ。学長室から出て、誰かと相対している。
「レヴィア様、こっちはお願いします」
僕は急いで学長の元へ向かう。学生の格好をした男が、学長に剣を向けていた。
学長は如何にも魔導師らしい黒いローブととんがり帽の姿で、袖をまくり右手を相手に向かってあげている。
「動くな! 学長の魔法で粉々にされるぞ!」
僕はそう叫んで男を怯ませる。
「いいぞ。それでいい。動くなよ」
僕は日本刀で正眼に構え、男に近づく。
「剣を足元に置け」
如何にも貴族の子弟といったなりの男が、構えを解く。
しかし、次の瞬間、男は目の前にあった魔導石保管庫の扉を蹴破った。結界ごと扉を破ることが出来るのはかなりの魔導師なのだろう。
学長がとっさに放った光の玉は男の結界に弾かれる。
男は保管庫の中に入り、奥にある金庫を魔法で破壊する。
学長が再び放った光は避けられ、男は金庫の中の大型魔導石を担ぐ。
僕は日本刀を正眼に構え、少しずつ男との距離を詰める。しかし、潜空艦「朝凪」乗艦時に魔導石酔いしたことを思い出し、ある程度のところで踏み込むのをためらってしまう。
「どうした。それ以上近寄れないのか? なら、こいつはいただいていくぜ」
男が余裕のありそうな笑みを浮かべる。躊躇いなく一歩一歩近づいてくるため、僕はジリジリと後退を余儀なくされる。
ふと背後に強い光を感じる。
気づけば男は光の矢に撃たれて、胸に大穴を開けて倒れた。男が抱えていた大型魔導石がごろりと床に転がった。
「光弾は直進しか出来ないと思っておったようじゃな」
振り返ると、学長が満足そうに笑った。光魔法応用研究の大家は、力強く僕の肩を叩く。
「では、ここはわしが死守する」
学長に保管庫の守備を任せて、僕は外に出る。
完全に包囲されていた黒仮面は、それでも華麗な剣捌きでコルナ殿下、ノワ、レナをいなし、レヴィア様の攻撃もかろうじて避けている。
決め手に欠ける……。
それが僕の戦況分析だ。
ミトレさんが放った水弾が避けられる寸前に形を変える。ロープのように細長い形になったそれが、黒仮面の両腕を巻き込んでギュッと縛り上げる。
水弾が放たれた後に形を変えることなど見たことがなかった。ミトレさんの力が黒仮面の想定を超えたのだろう。
「!!」
黒仮面は、水のロープから抜け出そうと焦っている。
続いて、クラーラ先生が土魔法で泥の足枷を発生させる。
動揺から抜け出していない黒仮面の両足は泥の足枷にはまり、動かなくなる。
僕は刀を構えて、黒仮面との距離を詰める。
「武器を捨てろ」
黒仮面は少しの逡巡の後、自らの剣を放り出した。
「ナイフも持ってたよな」
黒仮面はそちらも器用に取り出して放り出した。
僕は警戒しつつ黒仮面の正面に立つ。おそるおそる仮面に手をかけ、それを外す。
仮面を外された男は、髪色が金髪になり、頭に大きな三角耳を現す。
その顔には、知っている者の面影があった。
ドスッという音がして、金髪の獣人だった男が倒れる。胸に矢を受けている。
「お兄ちゃん!」
レナの悲痛な叫びが響く。
◆◇◆◇◆
「此度の件、ご苦労だった」
女皇陛下の声が謁見の間に響く。陛下は、戦闘部族・金狐族最後の男の遺体を満足そうに見下ろしている。
「生け捕りに出来ず、申し訳ありません」
「構わん。此奴を動かしていたのが誰か調べる必要はあるが、まずは先の皇宮襲撃の実行犯を見つけ、罰することが出来たのが大きな意味を持つ」
貴族十数名の命を奪った犯人をいつまでも野放しにしていれば、確かに女皇陛下の治世にとって大きな汚点となるだろう。
身内を失った貴族達の不満や不安を取り払い、彼らの溜飲を下げることは政治的に大切なことなのだろう。
「此の男の口封じをした弓矢の達人がいます。今後も陛下にあだなす可能性があるかと」
コルナ殿下が警告する。
「うむ。一方で、その男が動けば、黒幕に繋がる情報を聞き出せるかもしれん」
陛下はしんと冷えた石のような視線でコルナ殿下を見下ろしている。
そのような親子関係だからと、コルナ殿下は僕が直接具申した方がいいと言っていた。僕は緊張しつつ、陛下に提案をする。
「陛下、恐れながら、大型魔導石について進言したいことがございます」
「申してみよ」
「今は魔導大学にある大型魔導石ですが、今回のように学長や教授が相手にしても守り切れない程の新たな敵が現れるかも知れません。もしご許可いただけるようでしたら、私の高度隠匿魔法でお預かり出来ないかと考えております」
高度隠匿魔法などは存在しない。女皇陛下に潜空艦という兵器の存在を知って欲しくないから考えた方便だ。
時空の海に姿を潜め、無数の敵を一瞬で葬ることが出来ると知られたら、警戒され、他国との戦争に駆り出されるに決まっているからだ。
「ふむ。其方の隠匿魔法か。皇宮魔導師でも全く見つけられないという報告は受けておる。だが、もしも其方に何かあったときにはどうなるのだ」
「はい。私も死んだことはないため、正確なところは分かりません。しかし、隠れたままになる可能性があります」
「それは良い。絶対に見つけられないところに隠されているなら、それが一番良い。だが、其方が死ぬことで、どこかに現れてしまうことが困るのだ」
なるほど。ならば、凪に与えてしまえば済む話だろう。
「私にしか開けない空間にしまうのですが、空間自体は私と関係なく存在しています。つまり、私が死ねばその空間にあるまま、誰にも取り出せなくなるかと」
「なるほど」
陛下の沈黙が長い。
「良かろう」
「しかし、其方は大切なことを見落としておる。余には其方が裏切って我等にあだなす危険があり、其方には余に裏切られ刺客を送られる危険がある」
僕は沈黙で答える。頭だけは更におろし、考えあぐねていることを示す。下手なことを言えば、恐ろしい程の不遜な発言になるだろう。
「では……コルナよ」
「はっ」
「其方がルヴァを見張れ。ルヴァに裏切りの兆候があれば殺せ。そして、もし余の気持ちが変わって刺客を送ったなら、其方が刺客を切ってルヴァを守れ」
「承知しました」
「ルヴァよ、それで良いか」
「はい」
経緯はどうあれ、コルナ殿下と一緒に行動することが出来る。それは悪くない。
今回の任務が終わったことで、彼女がまた独りになることが心配だったからだ。
彼女が危険を伴う任務に独りで臨まなくていいだけでも、安心出来る。
そのあとは、今回の任務に対する褒美をと問われた。しかし、実際には魔導大学の教授達の手柄だと感じたので、辞退した。どうしてもと言われたので、魔導大学に対しての援助をお願いして、謁見は終わった。
「今後もまた貴殿の世話になるとは……申し訳ない」
帰りの馬車で、殿下が俯いている。
「そんな、とんでもないです。殿下のお力を借りられるのは、とても有難いことです」
「私にはルヴァ殿にしてやれることなど何も無い。ひたすら世話になってばかりだ」
「殿下。そんなことはありません。ノワもレナも凪も、みんな殿下のことを姉のように慕っています。これからも、我々と一緒に楽しく旅を続けましょう。それと、もしも僕が魔導石の秘密を悪用しそうになったときには容赦なく切って捨てて下さい」
「そんなことになるはずがない。ルヴァ殿を信じている」
「ありがとうございます」
「間もなくクラーラ教授の邸に着くが、レナ殿の心を支えてやって欲しい」
「ご心配ありがとうございます。僕でなんとか出来ればいいのですが」
「きっと、貴殿が傍に居てやることが一番の薬かと思う」
「肝に銘じます」
クラーラ邸に着いた僕達を待っていたのは、レナが姿を消したという報せだった。
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