第6章4話 将門
僕はスリープ状態にしたマッキーノートプロを手持ちの袋に入れ、一階の玄関に向かう。のんびりしている佐藤優斗の手を、コルナ殿下が引く。
全員が靴を履いてから、僕とノワが外に出る。
コルナ殿下と佐藤優斗は玄関で待機する作戦だ。敵の屋内への侵入ルートに応じて、どこから外に逃げるかを選択することになる。
外はソムニが張った結界の影響で、少し薄暗くなっている。周囲から戦闘場面を見られなくするための闇魔法で、現代日本の市民がパニックを起こさないための工夫だ。
屋根の上から、剣がぶつかる音と銃声が聞こえる。
ノワが塀に登り、手を差し伸べてくれる。その手を取り、僕も塀の上に立つ。
「ルヴァ様は、ここにいて下さい」
ノワは服の中に隠していた小太刀を抜くと、屋根に飛び移る。
屋根の上では、特殊な脇差を構えたレナが、黒い影と対峙している。
そして、それを支援できるように屋根の頂点を遮蔽物にして小型の魔導銃を構えるソムニの姿もある。
レナの近くに行ったノワは、珍しく正眼に構えて黒い影と向き合う。
僕はいつでも水弾を放てるように四つ準備して、注意深く影を見る。
「あなたが平将門か?」
僕の問いかけに、影が形を作り始める。
「いかにも。そなたらが何のためにここにいるかは知らんが、余計な手出しはやめろ。わしの恨みが晴れることなどない。そして、全ての世界はわしのものになる。大人しく身を引けば、命だけは助けてやろう」
「ふーん。で、どうすればいいの?」
「まずは武器を捨てろ」
「だってさ」
俺は水弾を一気に四つ放つ。特別に光魔法の属性化をして聖水に仕立てたものだ。光魔法と闇魔法は精霊を介さず自分の魔力だけで行うので、簡単なことなら僕にも出来る。
四つの水弾は全て命中する。
それに合わせて、レナとノワが一斉に斬りかかる。
これも、二人の得物に光魔法の属性化をしてある。
将門の影が少し後退るも、不意を突かれて切り裂かれる。
影は隣の家の屋根まで後退し、そこで人の姿を形作る。
姿を現した将門は大声で笑う。大きな体躯に鎧兜を身に纏い、肌の色こそ土気色だが、目だけは爛々と輝いている。
「武器を捨てろと言うたから、貴様等の武器がわしに効くのを確信したか。面白い。ここで会ったのも何かの縁だ。わしの下に付かんか? なかなかやり甲斐があると思うが」
「断る」
「全く、この時代の人間に、天皇を守ろうなどという考えはもはやなかろう。わしはこの坂東の地から新しい世を作る。せっかくわしが配下にしてやるというのに断るとは。賢くないと、汚い連中にはめられて人生を無駄にすることになるぞ」
「何を言われても変わらないさ。あんたは最期、新皇を名乗って武士ですらなくなった。結局、それだけの器だったと諦めた方がいい」
将門は楽しそうに僕の話に耳を傾ける。しかし、その元から怒りに満ちた目は、結局怒りの色を露わにし続けている。
「まずは、見せてやらねばな」
将門が宙に浮く。
その右掌がこちらに向けられ、一瞬視界がブレるような感覚に陥る。
何が起きたのか分からないまま、気づけば全身の痛みと共に、周囲に大量の瓦礫が降ってくる音がくぐもって聞こえる。
周囲を確認すると、どうやら数軒の家ごと攻撃を食らったようだ。佐藤優斗の家と周囲の家が大破し、仲間は皆、瓦礫の下敷きになっている様子だ。
僕はどうやら無意識に自分を水で包んでクッションにする魔法が効いていたらしく、ダメージはこれでも緩和されているようだ。全身すぶぬれだが、全身骨折よりはマシだろう。
「ほぉ。貴様、心底面白い奴だ。不意打ちされても自動で結界が発動するのか」
突然の声に目をやると、将門が僕の目の前に立っている。
「こんな面白い奴、一度で殺すのはもったいない。わしに仕官する件、よく考えておけ。断ったときにどうなるかも含めてな。それに、佐藤優斗とかいう奴の命も、お前たち次第だ」
将門の姿が段々黒い霧に戻っていく。全身が霧になったまま、空高く消えていく。
「くっそ、今のなんだよ、どんな魔法だよ」
どうにか立ち上がると、他の仲間を探す。
「うっ、なんと滅茶苦茶な」
コルナ殿下がそう言いながら立ち上がる。どうやら佐藤優斗を庇っていたようで、殿下の下になって戸惑っている。
「殿下、お怪我は?」
「大したことはない。佐藤殿は大丈夫か?」
「は、はい」
佐藤優斗は呆然とした表情で、僕とコルナ殿下の顔を交互に見ている。
「ノワ、レナ、ソムニ!」
僕は慎重に瓦礫の上を歩きつつ、その下にいるだろう仲間を捜す。
レナは自分から立ち上がり、とソムニはなんとか見つけることが出来た。二人とも大きな怪我はないそうだ。
「ノワ殿!」
コルナ殿下の声に目をやると、頭から血を流したノワが瓦礫の下で横たわっていた。
「ノワ! 大丈夫か? ノワ!?」
僕はすぐに駆けより、ノワの状態を確認する。頭に大きな裂傷がある以外に外傷はない。
すぐに水魔法で回復を始める。
傷口から魔法でコントロールされた水が傷に潜り込み、中の状況を確認する。
内部に大きな異常は見つからないが、頭部に強い衝撃が加わったことに変わりはないので、慎重に水を引き上げて外傷を癒やす。
水の精霊魔導師として、魔導大学で医学的な知識を身につけておいて正解だった。元々はミトレさんの強いプッシュで断れなかっただけだったが。
外傷を塞ぐと、僕はノワを抱き上げる。
黒く艶のある髪が、一部分、血で濡れてゴワゴワになりつつある。
〈凪、ノワが頭部を負傷したんだが、この時代の病院にかかることは出来ないだろうか〉
〈はい、提督。健康保険証の偽造なども可能ですが、それより「朝凪」の集中治療室の方が安心です。〉
青木ヶ原まで戻るということか。佐藤優斗をどうしたものか。
〈佐藤優斗様は、そのまま暫く私たちと行動して貰いましょう。そうでないと、身の安全が保障出来ないかと〉
〈そうか。そうだな〉
「優斗、君を一人にしておくのが危険な状況になった。一緒に来てくれ」
「え? ……マジかよ……」
「詳しい話はあとだ。レンタカーの運転を頼む」
「うわ、マジか」
僕は未だに平和ぼけから抜けられない優斗に対して厳しい目を向ける。
「分かった、分かったって」
そういうと、優斗は瓦礫の中から運転免許証を取り出し、僕とレンタカー屋に向かった。同じ系列の店になら乗り捨て出来るサービスで頼み、皆を乗せに急ぎ戻る。
◆◇◆◇◆
優斗が乗ってきたトヨダのバンに乗り、青木ヶ原近くの店で乗り捨て、後は歩く。
もう夜の帷が降りる時間になったが、ノワは未だに目を覚まさない。脳にかなりの衝撃が加わったのかも知れない。樹海に深く分け入ったところに、先回りして投錨していた朝凪に皆で乗り込む。
朝凪の集中治療室には、近未来の医療技術を詰め込まれており、脳の状態が3Dでリアルタイム表示されている。
特に血腫などが発生している様子もなく、とにかく脳が強く揺れたことが原因だろうと、凪はため息をつきながら言った。
交替で誰かが付いていた方がいいということで、まずは僕が付き添いをすることにし、他のメンバーは自分のベッドで休ませることにする。
優斗には取りあえず艦長室の僕のベッドで休ませることにした。
凪には将門の居場所を探知しつつ、遠回りしながらゆっくりと未来へ戻るよう指示した。
将門に霊反応があることは先程のやりとりの間に調査した。そのため、将門の魂紋を捜すことも出来るようになったらしい。
凪がCICに戻ると、自分の呼吸とノワの心電図の音だけが部屋を満たす。
こんな時なのに、魔導大学から帰郷した最初の夜、ネグリジェの薄い生地を通して感じた柔らかさや温もりを思い出してしまう。
4歳も年下の、僕の従者になることが決まっていた女の子。幼少期から僕を慕って、後ろをちょこちょこ付いて歩いていた。
ノワの家は、オートン家の分家の血筋で、代々家宰や筆頭従者として主家を支えてきた。
しかし、先代が早くに病死して、ノワの祖父が後見人となり、ノワが家督を相続している。
早くに父と母を失った少女は、それでも自らの矜持を曲げることなく、前世から引き継いだ剣の修行を真っ直ぐに続けてきた。
僕はそんなノワを大切に扱ってきたつもりだし、いざとなれば彼女の人生を支えるために男女として結ばれてもいいとさえ思ってきた。
ただ、世間知らずのまま、普通の恋も知らないままで、ただ大人の都合を押し付けられて僕と結ばれてしまうというのは、なんとなく厭だった。
だから、僕はノワと少し距離をおいて接してきたのだ。
目を覚まさないノワの綺麗な顔を見ながら、僕はこの子とどう接していくべきかを延々考えるのだった。
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