第七章 厚木航空基地
第7章1話 寄港
交替のレナが来て、僕はノワの付き添いから離れ、艦長室のソファで横になった。
佐藤優斗は呑気に鼾をかいて眠っている。
いろいろなことがあって精神的にも肉体的にも疲弊しているはずなのに、神経が高ぶってなかなか寝られない。
ノワのこと、優斗のこと、凪のこと、平将門のこと。様々な思いや疑問が頭の中に溢れる。漸く意識のない時間が増えてきたところで、また総員起こしの伝令が入る。
「合戦準備」
起きられなさそうな優斗に声をかけ、僕は急ぎ衣服を整える。
実戦が控えているかもしれない今こそ、正しい服装が生死を分ける可能性がある。凪が教えてくれた。
凪は普通の少女に見えるときもあれば、自衛官なり軍人なりが言いそうなことを言うときもある。自称は自衛隊生徒というものらしい。
起きた優斗に状況を説明しつつ服装を整え、先にCIC《戦闘指揮所》に向かう。
CICには、各種モニターを確認する凪とコルナ殿下がいる。
「凪、状況は」
「先日相手にしたのと同型潜空艦3隻を音紋で確認しました。恐らく、交戦することになります」
「了解した。こうなったら、先制攻撃を狙うか」
「では、時空断層を利用して距離を詰めつつパッシブで照準します」
「頼む」
「ルヴァ殿。佐藤殿はどうされた」
「起きて支度をするのに時間がかかっています。前世の僕ですが、戦争のない平和な時代に育っているので、勘弁してやってください」
「そうか。貴殿がここについたなら、私は佐藤殿の様子を見てこよう」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
コルナ殿下が物音をたてないよう注意しながら、CICを出る。
凪は舵取りと敵の位置の特定に集中している様子だ。出来るだけ距離を詰めて、一撃で勝負をつけたいのだろう。
あと少し……パッシブソナーの画面を見ながらそう思ったとき、鼓膜が大きく揺れる程の音が艦内に響く。明らかに、敵にも聞こえたことだろう。
「対潜戦用意。おもーかぁじ。最大戦速で空域離脱」
「なんだ、何があった!?」
僕が通路を覗くと、優斗が転んでいるのが目に入る。
「ご、ごめん」
優斗の後ろでコルナ殿下が青ざめている。
「すまん、私が焦らせたばかりに」
「そ、そんなこと。僕が悪いんです!」
「声は小さく」
僕は優斗をたしなめる。
「緊急時だから、早くCICに入って」
「あ、うん」
正直に言って、あまりに緊張感のない前世の自分に腹を立てる。しかし、佐藤優斗は平和な日本しか知らずに生きてきた。腹を立てても仕方がないと理屈では分かっている。
「凪、敵の動きは」
「恐らく感づかれました。動き回って撹乱しつつ、一隻ずつ始末していきます」
「了解」
優斗の手を取り、指揮官席に座らせる。戦闘中の艦内は思いがけない方向に重力がかかることも多い。慣れないとまた転びかねないので、座面の端を強く掴んで座るように指示する。
優斗が力を込めて座面の端をつかんだとき、良く響く甲高い音が耳に入る。攻撃のためのアクティブソナーを当てられたようだ。
「回避する。アクティブソナー発信。ダミー放出」
「レーザー発射準備。照準よーし。撃ちーかた始めぇ」
レーザーの砲塔が細かく駆動する音が聞こえる。
「やったか?」
「敵艦ひと隻の沈降を確認」
再び、アクティブソナーを受けた音が響く。
「敵飛翔体5を確認。短SAAM《たんサーム》発射用意。撃ちーかた始めぇ。ダミー放出。レーザー発射用意。撃ちーかた始めぇ」
朝凪の装甲越しに、幾つもの爆発音が聞こえてくる。短SAAMによるミサイルの迎撃が成功したのだろう。
「敵艦ひと隻の爆発を確認。誘導ミサイル発射用意。レーザー発射用意。うちーかた始めぇ」
艦内にレーザー砲塔の駆動音やミサイル発射音が響く。
一通りの音が止むと、僅かな静寂が異様に長く感じられる。
「被弾する! 腰を落とせ!」
凪の叫び声が響く。
艦が大きく揺れ、爆音が響く。
「F《フォックストロット》区画に被弾。隔壁閉鎖。自動閉鎖確認。目視報告せよ」
「E《エコー》区画より目視閉鎖確認よし」
「G《ゴルフ》区画より目視閉鎖確認よし」
「よろしい。敵艦の沈降確認。とーりかぁじ。四速前進、よーそろー」
「大丈夫なのか?」
僕の質問に、凪は笑顔を見せる。
「沈没や誘爆のリスクは低いです。ただ、食堂が使えなくなるので、長期の潜航は難しいかと。ちょうど本艦が建造された時代が近いので、ノワちゃんの治療も兼ねて、寄港して応急処置と物資の補給をすべきかと」
「分かった。そうしよう」
僕はそう答えつつ、頭を抱えて震えている佐藤優斗に目をやる。
「なぁ、凪。佐藤優斗同士で会ってしまったらまずいんじゃないか」
「それは大丈夫です。いえ……多分、会うのが正解な気がします」
僕は凪の含みのある言い方に興味を持つが、その場を見れば分かることのような気もする。
それにしても、前世の僕は随分臆病で余裕がない。僕よりも年上なのに、腹の据わり方や胆力が全然違う。
これが環境の違いというものなのか。
日本に寄港することを艦内に周知する。きっと皆、ホッとしていることだろう。
◆◇◆◇◆
厚木航空基地。潜空艦「朝凪」の母港だ。凪の的確な操艦によって、かつて凪がここを出発した翌週に寄港することが出来た。
タラップを降りたとき、勇壮な外見の士官が凪と握手を交わしていた。
その後、朝凪は整備班に引き継ぎ、僕たち異世界人は建造物の二階に通された。僕の真似をしてコーヒーを貰ったレナが、苦さに騒いでいる。僕たちが暮らしていた世界では、コーヒーはまだリュミベート皇国に伝わっていない。
レナの一挙手一投足が滑稽で、日本に慣れていない仲間たちも自然と和むことが出来た。
一通り騒ぎが収まったところで、ドアがノックされる。
「どうぞ」
「失礼する」
夏の白い制服がよく似合う浅黒い肌の男性は、信じがたいが佐藤優斗のようだった。彼は僕に微笑むと、握手を求めてくる。
堂々たる仕草の優斗に敬意を払いつつ、握手を返す。
「時空自衛隊潜空艦隊司令部幕僚室付、三等時佐の佐藤優斗です。あなたが、私の生まれ変わりですね」
「はい。ルヴァ=レヴィアト=オートンです」
「そして、あれが二十年ほど前の私か」
机に突っ伏して居眠りしていた若い方の佐藤優斗が顔を上げる。
「目は覚めたか?」
「……父さん?」
「いや、私も佐藤優斗だ」
「あぁ、そういえば未来に行くとかなんとか……、マジで!?」
若い佐藤優斗は目を丸くして口をあんぐり開けている。
「そのマジだ。君は彼らについて平将門と戦い、自分の時代に戻れば年齢制限ギリギリで自衛隊一般幹部候補生に応募する。もちろん、私と同じ状況になるためだ」
「へぇ……」
若い佐藤優斗は他人事のように呟く。
「出願、忘れるなよ」
「は、はぁ……」
その様子を見ていた凪がクスリと微笑む。
「僕の連れも救護室で面倒を見て下さって、ありがとうございます」
「構わないさ。本当は大病院に連れていってやりたいが、少し情勢が悪い。申し訳ない」
ノワの意識はまだ戻っていない。大きな外傷も、脳出血などの異常も見つかってはいない。恐らく、脳しんとうだったと思われるが、なかなか目覚めないのだ。
「急ぎ宿舎を用意する。束の間の休息を楽しんで欲しい」
「ありがとうございます」
僕は少しだけ、自分の気持ちが緩むのを感じる。リュミベート皇国を出発して以来、少ない仲間達を守りながら戦うことに大きなプレッシャーを感じていた。
しかし、今この場所だけは、僕達の事情を知った仲間がいて、僕達をサポートし、守ってくれている。
僕は窓の外を眺める。小型の潜空艦が、少しずつ姿を消していく。潜航するとき、端から見るとこうなるのかと関心する。
潜空艦の出航を見守った僕の視線の端に、強い光が飛び込んでくる。見ると、爆音と共に炎を上げる戦闘機が目に入る。
士官の佐藤三佐が素早く窓辺に来て、燃え上がる戦闘機を見る。
「まさか、こうも早く来るとは」
「これは、どういうことですか?」
「恐らくテロだ。申し訳ないが、君達の助けがいる」
部屋にいる仲間達に緊張が走る。
若い佐藤優斗だけが、呑気に欠伸をしている……。
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