第5章2話 警備の不足

 バタバタした一日が終わり、魔導大学での警備二日目。今日からは本格的に魔導石警備に取り組むことになる。午前中は、クラーラ先生が主導して様々なアイテムの設置を完了させた。


 そこで、長期間に渡るかも知れない警備任務をどうこなしていくか、クラーラ先生と僕は魔導石保管庫の前で話し合いを行っている。


 この魔導石保管庫前を警備本部として、連絡は凪が用意してくれた通信用のイヤリングで行う。因みに、このイヤリングは必ず凪を交換手として経由する必要がある。


「まずは、凪が潜空艦のソナーで大学周辺を広範囲で警戒しています。ただ、以前にも黒仮面の動向を見失ってしまったことがあるので、確実に接近を捉えられるかは微妙なところです」


「ふむ。儂の秘蔵コレクションでは、まずは暗黒魔法にのみ反応する金属を使った針金で敷地全体を囲った他に、主要な場所には全てトラップを設置して機能を起動してある」


「黒仮面が暗黒魔法を使って侵入すれば、音が鳴るんですよね」


「そうじゃ。その他に、主要な地点に『姿見のフルート』を扱う奏者を配置している。魔法の系統に関わらず隠匿系の魔術を無効にする音色が出る」


「それなら、もし暗黒魔法以外で姿を隠したり変えたりしていても、発見出来るわけですね」


「そうじゃ。そして正門以外の出入り口は封鎖してある。黒仮面とやらを見たことがある猿の仲間が必ず一人は正門に張り付くようにするとよいじゃろう」


 要所には僕の仲間達や地龍の牙メンバー、クラーラ先生とミトレさんのゼミメンバーを配置している。それを定期的にローテーションすることで、休憩時間を確保し、緊張感の持続を図る。


 廊下の向こうにノワの姿が見える。

 クラーラ先生と交代で、本部待機をするためだ。


「猿、黒仮面が出たときには必ず儂とミトレに連絡するのじゃぞ。いざというとき、儂等教授連中には奥の手が色々あるのじゃ。学士として甘えるときにはしっかり甘えるんじゃぞ。なんなら夜伽もしてやるでの」


「ありがとうございます。でも、夜伽はお断りします」


「猿はスケベなくせに儂にだけはエロい目を向けてこんのう。ミトレみたいなぺちゃぱ〇が好みなのかのぉ」


 冗談なのか本当に不満なのかよく分からない表情のまま、クラーラ先生はノワに挨拶をして次の警備場所に向かう。


 そりゃ、前世が第六天魔王織田信長では、なんだかそんな気にならない。ちなみに、クラーラ先生の胸が特大なだけで、ミトレさんは決してぺちゃ〇いではない。


「ノワ、お疲れ様。そこにでも座ってなよ」

「ありがとうございます。でも、私も有事即応の状態で待機します」

「堅いなぁ」


 ノワは少し離れて僕の横に立つ。

「あの……。ルヴァ様……」

「ん!? どうした」

 見ると、ノワの顔が真っ赤になっている。


「……あ、やっぱりいいです……」

「何、なに? 遠慮しないで」

「あ……、ルヴァ様はぺ〇ゃぱいの方がお好きなのでしょうか」


 ノワの真っ赤な顔が移ったわけでもあるまいに、僕の顔も熱くなってくる。ノワはモジモジしつつ、自分の胸を見ているようだ。最近、より一層大きくなりつつある。


「あのさ……、あれはクラーラ先生が勝手に言ってただけだよ」

「では、大きい方がお好きですか?」

「いや、胸の大きさで好きになる訳じゃないから」


「では、両方お好きなのでしょうか」

「ん……、まぁ」

「あの……ソムニ様は凄い大きさですが、やはりお好きなのでしょうか」

「え? どうしたの、ノワ」


「そ、その……、マルタン様からもお話があったとか」

「それも、兄さんが勝手に言ってるだけだよ。俺は……」


 ノワが一番可愛いと思う、そう言いそうになってやめる。

 小さい頃から知ってる幼馴染みで、ずっと僕のことを慕ってくれている。そういう意味での可愛いさと、結婚相手とか、愛人にするとかの可愛いさは別のような気がしたからだ。


 あのマルタン兄さんが政略結婚を組まないはずがない。ソムニの件を断っても、結局は意に反して会ったこともない女性と結婚することになるかも知れない。


 相手の方が家格が上だと、第二夫人なり愛人なりを持つことも難しくなる。

 そう考えると、必ずしも僕がノワを女性として幸せに出来るとは限らないのだ。


 無責任なことを言って、ノワを無駄に待たせるのは良くない。


「俺は、前に言ったように、ノワが本当に心から好きな人と結ばれてくれたら嬉しいと思う。なぁ、好きな人、いるのか」

 ノワは赤面するだけでなく、小刻みに震えてすらいる。


「はい……」

「そうか。応援してやるから、いつでも相談してくれよ」

 ノワが驚いたような顔をして、その後、泣きそうな顔になる。


 気づくと、僕もなんだか悲しい気持ちになってくる。なんだかんだ言って、ずっと慕ってくれていた女の子が他の人を好きになったと思うと、嫉妬心が首をもたげてくる。


 やれやれ、なんて勝手な。


「私は、ルヴァ様のことが好きなんです!」


 驚いてノワの顔を見ると、涙をポロポロ流しながら、僕のことを睨んでいる。


「男女の契りを結べるかどうかは別として、好きでいさせて下さい。ずっとお側で仕えさせて下さい。他の人を好きになっていいとか、仰らないで下さい」


「ノワ……」


〈提督。緊急事態です〉

「あ、なんだ!? どうした」

〈クロリヴ旧市街で男性の全裸の遺体が発見されました〉

「それは気の毒だが、今は関係ない話じゃないのか」


〈黒仮面と背丈体格が似た人なんです〉

「何? それはつまり……」

〈もし黒仮面が魔導大学の学生を襲ったのだとしたら、一切魔法を使わずに大学に侵入出来るということです〉

「あっ!」


 黒仮面が学生を襲い、衣服と、身分証を奪ったのだとすれば、なんの苦労もなく魔導大学に紛れこめる。

 もしかしたら、既に入り込んでいるのかも知れない。


 ノワと僕だけでは対処しきれないかも知れない相手が、もう学内にいるのかも知れない……。


「至急、全員に本部へ移動するよう指示を出してくれ」

〈了解しました〉


「ルヴァ様、一体何が?」

「盲点を突かれた。魔法を全く使わずに侵入された可能性があるんだ」


 続々と集まってくる警備のメンバー達を見ながら、大きなため息をつく。



 ◆◇◆◇◆



 魔導石保管庫と学長室の前の廊下にずらりと並んだ警備メンバーを前に、僕とミトレさん、クラーラ先生は話し合いをする。


「まずは私達のゼミ生に紛れ込んでいないか調べる必要がありそうね」

「確かにの。この中に紛れ込まれていたなら、困ったことになるわい」

「では、済みませんがお願いします」


 ミトレさんとクラーラ先生は手伝いに駆り出している自分のゼミ生を一人一人確認していく。

 チェックされているゼミ生はもちろん、僕やレナも息をのんで見守る。


 響くのは二人の大学教授の足音のみ。静寂が否応なしに緊張感を高める。


〈提督。ミトレ教授からの通信です。ミトレゼミ最後尾壁側の学生が、いつもと雰囲気が違うそうです〉

〈了解〉


 見ると、魔獣の皮製の帽子を目深にかぶり、高い身長の割に細身の体つきをしている。

 もしあの男が黒仮面の変装姿だったとして、安全、かつ有利に戦闘が始められるよう、工夫しなければいけない。


 クラーラゼミの学生はほとんどが知り合いのため、僕も確認して解散させることにした。


「まずは、クラーラ先生のゼミの皆。ここまで協力ありがとう。有事の際には他の学生の避難誘導の件、引き続き、よろしくお願いします。解散」


 クラーラゼミの学生達が解散して学長室と魔導石保管庫のある棟から出て行く。


 それが済んでから、ミトレゼミの学生達の前に立つ。


 さて、どうしたものか……。


 考えあぐねた一瞬が隙になった。


「動かないで下さいよ、皆さん」


 ミトレさんが気になっていた学生は、一瞬の間に前にいた女子学生の首筋にナイフを突きつけていた。


 短めのマントから黒い仮面を取り出した男は、それをかぶりながら、器用に肌色のゴムのようなものを剥がす。

 それは人間の顔の皮膚を剥がしたように見えるが、恐らく現代世界でいうところの特殊メイクのようなものだろう。


「月並みになりますが、動くとどうなるかは分かりますね? まず、魔導石保管庫までの道を開けて貰えますか」


 近くにいた学生から黒仮面との距離を取り始める。壁際にスペースが生まれ、魔導石保管庫までの通り道が出来る。


 そのスペースを、女子学生を人質にした黒仮面がゆっくり歩いていく。


 黒仮面の足が止まる。


 突然白い光が壁を突き抜けてくる。黒仮面は曲芸のような動きで次々放たれる光の棒を避けている。


「学生達は今のうちに逃げて。他の学生に避難するよう声をかけながら!」

 ミトレさんが珍しく叫ぶ。


 黒仮面は人質にしていた学生を壁側に向け、その陰に隠れる。


「ふふっ、学長さんもなかなか強引ですね。学生さんが流れ弾に当たらない保証もないのに」


 学長室からの攻撃の間に、人質の女子学生以外の学生は避難に移ることが出来ていた。それを機に僕、コルナ殿下、ミトレさん、クラーラ先生、ノワ、レナ、ソムニ他地龍の牙メンバー5人が黒仮面を取り囲む。


「おや、人質一人位は犠牲にして良いといった所ですか?」


 女子学生の泣き声が聞こえる。


「見捨てたりしない。安心して」


 そう言いつつも、僕には策が無くて焦りの色が見えてしまっているようだ。黒仮面は動揺ひとつ見せない。何かがあれば、いつでも女子学生の首筋をナイフで切り裂くのだろう。


 僕とミトレさんとクラーラ先生なら、無詠唱・無動作の魔法を自由に使える。しかし、魔法の発動に伴う僅かな殺気ですら、黒仮面は察知して対応出来そうな気がする。


 恐らく、ミトレさんとクラーラ先生も同じように感じているのだろう。


 女子学生はポロポロと涙を流して僕を見ている。とんでもないことに巻き込んでしまったと、今になって後悔する。


 涙……。


 僕は思い切って水弾の魔法を放つ。その僅かな殺気を感じた黒仮面がナイフを動かす。女子学生の顔が恐怖と苦痛に歪む。


 水弾は黒仮面が左手で展開した結界に止められる。


「今だ! 逃げろ」


 女子学生が弾かれたように走り出し、建物を出て行く。


「くっ、はははははっ、面白い!」


 黒仮面はナイフをしまい、細長い剣を出す。


「涙を使って、無詠唱無動作の水結界とは! 実に面白い! 想定外でしたよ。人質に結界を張り攻撃してくるとは」


 水魔法は、水があれば強力になる。それは涙でも同じだ。ナイフでは壊せない小さな結界を張り、勘づかれないうちに攻撃を仕掛ける。


 一瞬の思いつきだったが、うまくいった。


「さあ、これで形勢逆転だな」

「そう思いますか? 私はそう思っていませんが」


 そう言い終わる前に、黒仮面が目の前まで距離を詰めて来ていた。鋭い突きを躱そうとするが、左の脇腹を削られてしまう。


 黒仮面の右腕を掴もうとするが、素早く後退っていく。それをノワが刀を上段に構えて追う。

 ノワの神速剣をいとも容易く剣で弾く。


 レナの放った風刃は、黒仮面が左手で展開した結界に弾かれる。


 ミトレさんが僕に近づき、回復の水魔法で脇腹を癒してくれる。


「甘い、甘いですよ。そんな攻撃では私を倒せない!」


 立ち上がった僕は、ノワとミトレさんが近くにいるこのタイミングで、河龍レヴィア様を人の姿で召喚する準備動作に入る。


 以前、レヴィアト村郊外で戦ったときは黒仮面と互角の戦いが出来た。今回も河が近くにあるため、レヴィア様の力に期待できる。


 黒仮面はそれに気づいたのか、僕に向かって突進してくる。ノワがその突きを逸らすが、素早く体を入れ替えてノワの背後に回り込む。


 僕は刀の柄を握り、刀を抜こうとする。

 黒仮面がノワを斬りつけようとしたとき、レナの風刃が飛ぶ。黒仮面は攻撃をやめ、回避する。


 体勢が崩れた黒仮面にノワが斬りかかるも、剣で逸らされてしまう。


「河龍レヴィアよ、我が祈りに応え、人の姿を現し給え」


 僕の目の前に大きな水の球が形勢される。やがてそれが歪み、次第に女人の形をとる。


「またその男か。面白い」


 レヴィア様が微笑んだとき、僕達は完全に黒仮面を取り囲むことが出来ていた。


「いいですね、ワクワクしますよ」

 黒仮面の高笑いが響いた。

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