第8章4話 戦の準備
ブリーフィングから五日、特に大きな動きもなかった。俺はオートン領の民に新当主として顔を売りつつ、なにかあればすぐ召集できるよう、領民兵の再編を行っていた。
「ルヴァ様、レヴィアト村の領民兵の召集終わりました」
村の顔役を頼んでいるマランさんが、領民兵に登録された村の若者を集めてくれた。
「87名です。ちょうど、完成している魔導銃の数と一致していますな」
「レヴィアト村の皆なら訓練で集めやすいし、まずは彼らに魔導銃の使い方を教えよう」
洞窟のババルさんが急ぎ生産してくれている魔導銃は、間もなく百丁に達するところだ。
魔導銃は、基本的に日本の戦国時代で使われたものと同じ火縄銃で、弾に魔力を込めて弾道をコントロールする機能が付け加えられたものだ。
必要な魔力はとても微小で、普段魔法を使わない一般人でも慣れれば使いこなすことができる。
日本の火縄銃とは違って命中精度が高く殺傷能力が高いため、たくさん運用出来ればかなり強力な武器になる。
戦いに領民を巻き込む可能性があることには責任を感じつつも、そうなる以上は一人でも犠牲者を出したくない。
その点、領民兵を魔導銃部隊に編成すれば、
早速、刈り入れの済んだ麦畑に掩体壕を掘り、ある程度距離がある場所に的を設置する。その上で、領民兵に魔導銃を配る。
領主である僕自らが前に出て、注意事項を説明し、火縄の付け方や、弾丸と火薬を先込めする方法を教える。
全員が準備を終えたところで、合図にあわせて一斉射撃をする訓練を始める。僕の合図で一斉射撃すると、火薬の匂いが辺りに充満する。
そのあとは銃身を冷やし、先込めをして、また一斉射撃を行う。繰り返し行ううちに、的がボロボロになっていく。準備の早さも、命中精度も上がっていき、充分実戦で通用する強さになっていく。
半日の訓練で充分な成果を出して、次の武器の仕上げを視察するためにポルトゥ村に赴く。
領地北よりの各地からポルトゥ村に集まった五十人ほどの領民兵が僕を迎えてくれる。彼らは、自分たちや他の領民兵のために、長槍を製作していた。
「お兄ちゃん、こんな長すぎる槍、使いにくいんじゃないの?」
長槍の集団戦術を知らないレナは、不思議そうな顔をしている。
「この槍を持たせて、横長の隊形に整列するんだ。そうすれば、武芸の心得がない領民たちでも立派な戦力になるんだ」
「へぇ、これも戦国時代の戦術なの?」
「そうだな」
「前世、戦国時代がよかったな。いろいろ工夫が出来て楽しそう」
「おいおい、楽しそうって」
レナの前世は源義経だ。平安時代末期に活躍し、鎌倉時代初期には亡くなっている軍事的天才は、日本史上最も戦乱が拡大した戦国時代に興味を持つらしい。
この長槍が完成すれば、長槍隊二百名、魔導銃隊百名、オートン家臣による騎兵五十名の合計三百五十名の部隊になる。
これに、ソムニが調整してくれている地竜の牙三百名の魔導銃傭兵や、一般の傭兵二百名ほどが参加すれば、子爵家としては破格の大部隊になる。
戦いへの備えにめどがついたところで、思わぬ報せがふたつ飛び込んでくる。
ひとつは、黄妖鬼の小集団が同時多発的に偵察と思われる行動をしていること、もうひとつは、剣狼騎に属する貴族達が兵を集めているというものだった。
「提督、剣狼騎の貴族達が黄妖鬼を動かしているのではないでしょうか」
「そうだな、その可能性はある。黄妖鬼は前回ウチを襲撃してきたときにだいぶ数を減らしたはずだ。それでも大規模な襲撃の意欲を示しているなら、バックに操っている人間がいると考えるのが自然だな」
「そもそも、前の襲撃も同じ人間が仕組んだことの可能性もありますね」
「そうだな。しかし、剣狼騎全体が動くなら、一万人規模の軍勢になるだろう? それに黄妖鬼を含めれば、かなりの大規模な兵力だ。オートンを攻めるのにそんな数が必要なんだろうか」
「オートンの協力者を恐れているとか?」
「うん。剣狼騎が大兵力を動かすなら、氷狼騎も黙っていられないだろうし、コルナ殿下の要請に応じて出兵してくれるだろう。それよりも、少数精鋭で来られた方が苦戦しそうだがな。なんにせよ、うちはどちらにも対応出来るように準備するほかないよ。これまで通り、連絡係頼んだぞ」
「はい、提督」
◆◇◆◇◆
対剣狼騎の作戦を準備している間に、剣狼騎が黄妖鬼討伐を名目に出兵することがわかってきた。それに対応して、剣狼騎のライバルである氷狼騎も同じ名目で援軍を送ってくれることが決定した。
「ラーム派である北のウラガン候、南のプリュ伯は、うちとの友誼を考えて剣狼騎に直接の支援はしないと約束してくれた。挟撃される危険はないから、とにかく地形的に一番戦いやすい場所を選ぼう」
開戦まで日がないと思われる状況なので、コルナ殿下を除く仲間達は既にレヴィアト村に帰って貰っている。
ソムニは地竜の牙四百名と一般の傭兵五百名を引き連れて帰ってきた。当初の計画より大きな兵力になっている。
レナに頼んだ兵糧の獲得もうまくいった。レヴィアト村周辺の麦は前回の黄妖鬼との戦いでほとんど収穫出来なかったが、ヴァル神聖帝国では米も麦も豊作で値が下がっていたため、こちらも当初の予定よりかなり多い量を確保出来た。
「僕は、
「お兄ちゃん、どうして今回は潜空艦を使わないの?」
「この時代の人には衝撃的過ぎるだろ。デカい船が空を飛んで、殺人レーザーを放つ。魔物相手ではなく、人間を殺すんだぞ。そんなことはこの時代にやっちゃダメなことだよ。それに、剣狼騎は今は敵だけど、ウチの元々の所属先でもあるし、同じリュミベート皇国の仲間でもある。やり過ぎはよくない」
「それでこっちがやられちゃったら、意味ないじゃない」
「わかってるよ。そのために、城のないところに簡単な城を作ろうということなんだよ」
「ボクは、もとは葡萄畑だった丘の斜面を使うといいと思います」
ソムニが魔導銃の専門家らしく自信を持った様子で地図の一点を指さす。
「これで相手は騎狼突撃しても速度が出ないし、こちらはわずかに魔導銃の射程も伸びます。もちろん、補助のための弓の射程も。うまくやれば、スナイパーも潜ませられます」
「なるほど、いい案だ……。――うん、そうしよう」
「地竜の牙には土木工事の専門家もいます。彼らに監督を頼みましょう」
「助かるよ」
「ルヴァさんの役に立てて嬉しいです」
僕はふと、笑顔のソムニの後ろで腕組みしている桐野少将に目をやる。今の作戦に納得しているのか、うんうんと強く頷いている。
桐野少将といっても、身体はノワのままだ。時々少将にノワの意識を感じないか聞いてみるが、反応がないという。
どうして前世の人格になったまま戻らないのか、桐野少将自身もとても不思議に思い、心配している。
外での任務を終えた仲間が時折生まれ変わりや前世について書かれた書物を調達してくれるのだが、短時間、前世返りすることはあっても、何日にも渡って前世の人格のままという例は他に見つからない。
ノワはどうなってしまったのか。
こんな時に、僕が思い出すのは僕を慕ってついてまわる子供時代のノワの姿だった。僕が魔導大学に入る前まで、ほとんど離れることのなかったノワが、今はどこにいるのかさえわからない。
「提督、ポルトゥ村近辺で黄妖鬼の群れを観測しました」
「了解。全軍に召集をかける。今いる兵力で黄妖鬼討伐に出陣する」
仲間達の視線が僕の元に集まる。
「了解しました!」
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