第8章3話 ブリーフィング

 無数の縁談話に困惑して迷いつつ、一週間が経った。

 コルナ殿下から早馬で連絡が来て、僕は慌てて届けられた文書を開く。


 家督相続で揉めている次兄のウリエンが、ラーム公爵家と繋がりの深い貴族邸で目撃されたらしい。

 ――やはり、ラーム公爵家が絡んでいた。


 ウリエンが長兄マルタンを毒殺したこと、その前から僕が後継者として登録されていたことは、すでに女皇陛下も承知のことだ。

 ウリエンがおとなしくしていれば、こちらは何もせずオートン当主としての既成事実を作りながら、実績を重ねていけばいい。


「だけど、やっぱりな」


 ウリエンは、おとなしくしているつもりはないようだ。剣狼騎の有力な貴族たちにこまめに連絡をとっている様子らしい。

 ウリエンがそういうつもりである以上、こちらも徹底的にやるしかないだろう。


 そのためには、女皇陛下との連絡を密にしつつ、ラームと対立する派閥の協力も得られるようにしたい。

 実質的にその役割を引き受けてくれているコルナ殿下を中心に作戦を立てていきたい。通信で凪に相談して、全員が潜空艦に集合できるように取り図ってもらう。


 凪に集合の手配を頼んで三日後、森の中の集合場所で潜空艦朝凪に乗艦した。

「提督、お久しぶりです」

「久々だな、凪。ブリーフィングルームに全員がいるの?」

「はい。みんな待ってますよ」

 凪が柔らかな表情で微笑む。どことなく雰囲気が変わったような気がする。


 どこが変わったかと考える間もなく、ブリーフィングルームの扉が開き、仲間たちに挨拶をする。

 プロジェクターが空中にホワイトボードを映し出している横にコルナ殿下と凪と僕が立つ。レナ、桐野少将、ソムニ、ミトレ先生、クラーラ先生は、思い思いの席についている。

 早速、ここまでにわかったことを共有しつつ、今後の目標を確認していく。


 ひとつは、家督相続の正統性を世間に広めること。そのために、オートン領では僕が当主になったことを広く知らせた上で、後継の儀式を手早く済まし、領民達に僕の存在を馴染ませる。同時に、多くの貴族に挨拶をして回りたい。


 つぎに、次兄・ウリエンの身柄を確保すること。長兄・マルタンの殺害犯であることを広く知らせ、匿っている貴族に身柄の引き渡しを要求する。


 さいごは、最悪の事態――戦いになってしまったときのために、王室や中立貴族への根回し、味方についてくれそうな貴族への外交工作をする。そして、魔導銃の大量確保と兵の徴募。


 それらと並行して、平将門の怨霊を探して討伐すること。歴史の改変を続けられると、僕たちのわからないうちに手遅れになってしまう可能性だってある。決して、後回しには出来ない目的だ。


 ひとつめの目的は、僕が自分で進めていくことになる。もちろん、コルナ殿下に紹介状を書いてもらったりする必要はあれ、基本的に僕がいないと話にならない用事だ。


 ふたつめのウリエン兄さんの身柄確保は、ミトレ先生とクラーラ先生が匿っている貴族と親交があるらしいので、交渉をしてもらうことにする。


 最後の戦いの準備は、コルナ殿下のコネクションで貴族の味方を増やしつつ、僕が兵を募り、その領民兵の訓練を行う。魔導銃の大量確保については、ババルさんに量産を急いでもらうほか、ソムニに地竜の牙との交渉を頼む。


 将門の怨霊探しは、全員が周囲の変化に注意を払い、捜していく。


 レナと桐野少将には、僕のそばにいてもらい、必要なときに必要な場所に移動してもらう。凪は潜空艦朝凪に待機して、連絡係の仕事や状況分析をした上での相談役になってもらう。


 そこまで周知したところで、アイコンタクトをとってコルナ殿下の話を聞く体勢になる。


「今、いろいろなところに連絡をとって回っているが、なにせ忌み名の姫に快く協力してくれる貴族が少なくて苦戦はしている。迷惑をかけて申し訳ない」


 コルナ殿下が寂しそうに言う。しかし、やはり皇室のひとりであるコルナ殿下の人脈は、僕では到底及ばない。皇室で後ろ指を指されていたらしい殿下だが、貴族たちの中にも殿下のご人徳に感化された者や恩を感じている者も多いようだ。


「そんなこと、ありません。殿下のお陰でとても助かっています」


「そういってくれると有難い。今回、敵に回っているようなのが、剣狼騎筆頭のラーム公爵なんだ。オートン家にとっての上役だった訳だが、そこと決別しなければならない見込みが強い。オートン家をどうすべきか、ルヴァ殿との調整をこまめに行いながらなんとか当面を凌ぐほかあるまい」


「殿下、兄マルタンは女皇陛下の直臣になることを模索していました。陛下はそのことをご存知なんでしょうか」


「うん。その件は、例の件とも合わせて、どちらも陛下の真意だと確認した。まぁ、その、例の件に関わらず、直臣に取り立てることは、陛下の長年の夢である常備軍の設立のために必要だとお考えだ。オートン家にそのつもりがあるなら、陛下は喜んで受け入れるだろう」


「あの……」

 凪がそっと手を挙げる。

「その、例の件って一体なんでしょうか」

「う……、そ、それは……」


「実は、オートン家に殿下が降嫁こうかしてくださるという話があるんだ。でも、まだ打診の段階だし、殿下のお気持ちも伺ってからご返答差し上げようと思っている」


「オートン家に降嫁って、要するに提督と殿下が結婚するって話ですよね」

「まあ、そうなる」

 殿下がそう言うと、ブリーフィングルームの空気が冷たく凍りつく。


「そ、その、ルヴァ殿も急なことで戸惑っているし、私も迷いがないわけではない。だから、これは本当に打診の段階に過ぎないし、ルヴァ殿の気持ち次第で断っても問題ないんだ」


「では、殿下は概ねそれでいいとお考えなんですか」

 凪が表情を険しくして殿下に詰め寄る。


「こ、こら、凪、殿下に失礼だろう」

 凪に加え、レナ、ソムニに加えてミトレ先生までもがじっとりとした視線でこちらを見ている。


「と、とにかく、この件は未定だから!」

「それじゃ……」

 ソムニが立ち上がる。

「ボクとの話も未定なんですよね?」

「ああ。そうだよ」

「可能性があるなら良かった。てっきりボクの方の話は立ち消えになっちゃうかと思ってました」


 凪、レナ、ミトレ先生も立ち上がる。

「「「ふたりだけズルい!」」」

 三人が声を合わせて僕を睨む。

「そもそも、優柔不断が悪い!」


「え? 僕……?」

 三人の剣幕におされた僕は、慌ててブリーフィングルームを飛び出す。

「「「待てぇー」」」


 なぜ真面目なブリーフィングから鬼ごっこが始まるんだ。僕は器用に走りながらため息をついた。

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