第8章2話 嫁とり話

 将門とウリエン兄さんの捜索はなかなか進展がなかった。

 その間にひっきりなしに届いた情報は、僕の花嫁候補の噂ばかりだった。


 そして、噂がたつ前にやってきたのは、ソムニの実家である「地竜の牙」からの婚姻打診と、女皇陛下の書簡だった。なんと、コルナ殿下を嫁にしないかという内容だったのだ。

 あまりにも畏れ多い申し出で、手が震える。


 今は亡き長兄マルタンは、オートンで魔導銃部隊を編成するための技術供与をスムーズに受けられるよう、ソムニと僕の婚姻話を進めていたようだ。兄の遺志を継ぐ、という前提では、非常に考慮に値する縁談だ。


 一方で、コルナ殿下をお迎えすると、当然ながらオートン家が皇室と姻戚関係を結ぶことになる。過去の例では、子爵家が皇女を迎えるときには、加増を受けて伯爵家になっている。オートンの家格を上げるという意味では、最も魅力的な選択肢だ。


 どちらもオートン家にとってありがたい申し出であり、むげに断るのはよくない。


 一方で、生まれる前の夢の中、現代日本で育った感覚で言えば、政略結婚に抵抗を感じる部分もある。

 コルナ殿下も、ソムニも、とても素敵な女性だと思う一方で、何かひっかかるものがあるのだ。


 執務室のドアがノックされる。許可を与えると、レナと凪が入ってくる。同時に、僕は机の上の書類を片付ける。

「お兄ちゃん、何してるの?」

「あ、いや、なんでもない」

「提督、怪しすぎます」

「なんでもないったら」

 レナが素早い動作で机の上の書類を一枚掠めとる。

「えー……こ、これって」

 凪もその書類をのぞき見る。

「「ず、ずるい!」」

 二人の声がそろう。

「ソムニさんの、裏切り者」

 凪が穏当でないことを言うと、レナはまた別の書類に手を伸ばす。

「……コルナ殿下まで!?」

「え! マジで?」

「お兄ちゃん!」「提督!」

 二人がかじりつくようにテーブルに寄りかかり、僕に詰め寄る。


「ま、待って。これはあくまで政略結婚の提案で、コルナ殿下もソムニも、本人の意思とか関係なく来てるものだから……」

「本人の意思なんて決まってます、提督!」

「わ、私と結婚すれば最強の戦闘部族天狐族の血を引く子供ができるよ」

「な、なんですか、女狐! はしたないにもほどがあります。わ、私は実は提督と結婚の約束をしてるんですから!」

「な、なにそれ初耳! 出し抜いたな、幽霊女」

「誰が幽霊女よ!」

 レナと凪がつかみ合いのケンカを始める。

「待てーーー!! そこまで!」

 レナと凪がこちらを向く。

「まだ、何も決まってないから!」

「「ホントに?」」

「ホントに。全く、何ひとつ、決めてない」

「「なーんだぁ」」

 やっと二人が大人しくなる。

「で、なんの用事?」

「「……忘れちゃった」」

「じゃあ、思い出したらまた来て」

「「はい」」

 レナと凪は、声をそろえて返事をして、歩調を合わせて部屋を出て行く。仲がいいのか悪いのか分からない二人である。


 僕は執務室の机に頬杖をつきながら、ため息をつく。僕がコルナ殿下かソムニと結婚したとして、レナや凪は不満に思うようだ。

 政略結婚を選んだら、僕のことを軽蔑するだろうか。

 そして、戦闘中に眠りにつき、桐野利秋少将に身体を貸している状態のノワは、戻ってきたときにどう思うだろう。


 それを考えると、僕の婚姻話はまだ先送りにしておきたい。幸い、オートンの血を引き、継承権を持つ家宰もいれば、その息子もいる。慌てて結婚して子供を作らなくても、オートンはなんとかなるのだ。


「じゃあ、まずは将門とウリエン兄さんの捜索からだな」



 ◆◇◆◇◆



 集会室ではコルナ殿下が中心となり、将門とウリエン兄さんの居場所について議論がなされていた。


「まず、ウリエン殿の支援者は、剣狼騎に属する諸侯の誰かであろうと思われる」

 コルナ殿下が仕入れてきた情報では、剣狼騎随伴魔導師であるオートン家を押さえて、剣狼騎内での影響力を強めたい貴族が数名いるらしい。


「ルヴァ殿は正当な手続きで後継になった上、ウリエン殿にはマルタン殿殺害の嫌疑がかけられている。この情勢から考えて、相手が動くときには、かなり強引な手段を使ってくるであろう。警戒しなければならない」


 コルナ殿下はそのように冷静な分析をしつつ、ウリエン兄さんを匿っている蓋然性が高い貴族をひねり出す。


「下手をすれば内乱を起こした責任でオートン家が消滅しかねない話でもある。少なくとも、陛下に直接具申できるような存在と打ち合わせが必要になる。それを考えれば、剣狼騎筆頭のサジェフォルス=カボレ=ラームはこの件に関わっているとみていいだろう」

「ラーム閣下が……」

 僕は何度か顔を合わせたことのある人物を思い出す。張りのある大きな声と、器量の大きさを感じさせる笑顔が魅力的な人だった。


「ラームは、権勢欲が大勢な男だ。剣狼騎と氷狼騎が並び立つ宮廷内の勢力図を変えようという意思も明らか。警戒しなければならない」


「しかし、それにしても……」

 八狼騎はそれぞれ、地縁・血縁集団や利益集団を兼ねており、オートンは今まで当然のように剣狼騎を中心に貴族としての地盤を作ってきた。

 剣狼騎と距離を取ろうにも、それに代わる後ろ盾が必要になる。


「幸い、陛下はマルタン殿とルヴァ殿を特に気に入っておられた。陛下の取りなしがあれば、他の集団に入ることも出来るし、皇室直属の臣になることも出来よう」

 僕は女皇陛下直々に送ってくださったコルナ殿下との結婚についての手紙を思い出す。殿下がオートンのことを真剣に考えてくださる様子を見て、思わず顔が赤らんでしまう。


「お兄ちゃん、なに赤くなってんの」

 レナが不思議そうに僕の顔をのぞき込む。

「あ、いや、ちょっと暑くて」

「ふーん?」

 僕はレナの頭を掴んでどけると、コルナ殿下が書いてくれた勢力図を確認する。

「陛下は恐らく、八狼騎に集中している権力や財力を削り、直属の精鋭部隊を創設することを望んでいらっしゃる。それが、魔導銃整備にも現れている。そう考えれば、ラーム家の庇護を失ってもなんとかなる時代なのかもしれませんね」


「うむ。オートン家には他に頼る先があるのだから、ラーム家がどう動こうが大丈夫だな。ウリエン殿の居場所、ラーム家を中心に探りを入れよう」

「続いて、将門の居場所ですが、権力の中枢を狙っているのなら、ウリエン兄さん同様、ラーム家の中に潜んでいるかもしれませんね」


「可能性としては充分にありうるな。今、皇室以上に力を持っているのがラーム家だから、将門に狙われてもおかしくない。ウリエン殿の捜索と同時にそちらも調査する」

「ありがとうございます、殿下」



 ◆◇◆◇◆



 コルナ殿下の人脈を中心に、ラーム家にウリエン兄さんや将門が隠れていないか捜索が進んでいる。皇室内では冷遇されている殿下だが、やはりその人柄を放っておけない貴族がそれなりにいるらしい。

 もちろん、オートン家としても、殿下に頼まれれば、出来ることをするつもりだ。


 調査が進むなか、僕は桐野少将を伴ってババルさんの洞窟を訪れている。なぜノワの人格が隠れてしまったかわからないが、仲の良かったババルさんの会話がきっかけで、人格が戻ってくるかもしれないと思ったからだ。


「しかし、嬢ちゃんが前世返りするとはなぁ。残念ながら、元に戻す方法に心当たりはないや。おそらく、なにかきっかけがあれば元に戻るんだろうけどなぁ」


「そうですか……桐野少将は何か気づいたこととか、ありますか?」

「いや、何も。申し訳ない。|今生〈こんじょう〉の人格であるお嬢さんに会えさえすれば説得が出来るかもしれんが、今のところ、その気配がない」


「ありがとうございます。少しでも気づいたことがあれば、なんでもおっしゃってください」

「ああ。そうするさ。―−ところで、ここでは日本刀を打っているのか」


「ええ、そうなんですよ、旦那。せっかくだから、本物と比べておかしなところがないか見ていってくれませんか?」

「ルヴァ殿、よろしいか」

「はい。用事が済んだら屋敷に戻ってください」

「わかった」


 僕は二人と別れて屋敷に戻る。オートン家督相続が内戦化するのを防ぐための方策を、一刻も早く練らなければならない。



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