第八章 家督
第8章1話 オートン領
まずは、マルタン兄さんの死を公表して、自分が後継者であると宣言すべきだ。時間が経てば経つほど、ウリエン兄さんの工作でそこをひっくり返されるリスクが高くなる。
それには、証拠が必要だ。
僕達はエペー家の屋敷の大広間に集まり、レナが持ってきてくれた品物をテーブルの上に並べていく。
その中に、薬を包んでいたと思われる紙の小さな袋がある。
「まさか、これが毒とか?」
レナが真剣な目で言う。
「いや、それは、まさかのまさかではないか」
コルナ殿下は、そんなことはあるわけがないと言った表情だ。
「うーん。ウリエン兄さんの性格を考えれば、あり得ないとまでは……」
〈提督。持ってきてくだされば、成分を調べます。その他の品も持ってきてください。指紋から血痕までなんでも鑑定できますから〉
「そうか。そうだな。この分析は凪に任せるといいな」
僕はそういうと、一通りの品物を丁寧に袋に入れる。
「凪が科学的な分析をしてくれるから、後で届けることにする」
「科学的? よくわからないけど、じゃあ、私がすぐに届けるよ」
レナは一式が入った袋を受け取ると、すぐに出発した。
「では、次はマルタン殿の意思でルヴァ殿が後継と指名されたことを、早く証明して貰うことが大切になるな」
「そうですね。ウリエン兄さんが工作する前に、領民家臣に対して示さないと」
「マルタン殿直筆の届出が貴族会と王宮にあるはずだ。それも、凪殿がうまくやれるようなら、朝凪で都まで移動するのが良いだろう」
「その後のことは、コルナ殿下にお願いしてもいいのでしょうか」
「ああ。もちろん、そのつもりだ」
コルナ殿下の護衛は、ソムニに頼めそうだ。
そうなると、僕といまだ桐野少将のままのノワがここでウリエン兄さんにプレッシャーをかける役になる。
「善は急げだ。早速出発する」
◆◇◆◇◆
朝、桐野少将と共にオートンの屋敷に向かう。今日はマルタン兄さんに会わせてもらう。その死に顔を見てお別れをしたいのと、ウリエン兄さんに裏工作の時間を与えないためだ。
オートンの館に着くと、僕たちは領民にも聞こえる大声で到着を報せる。
館に近いところに畑がある農夫達は、当然その声に聞き耳を立てている。
「ウリエン兄さん、開けてください。マルタン兄さんに会いたいんです。僕の回復魔法も必要なはずですし」
かなりの大声で呼び立てているが、中から人の気配こそすれ、扉を開ける様子が全くない。
「ウリエン兄さん、留守ですか? どうも兄さんの家臣が僕に対して失礼な態度を取るので、こちらで叱らせて貰います。では、扉はこちらから開けますよ」
僕は右手で水弾の魔法を準備する。ドアノブさえ壊してしまえば簡単に開く扉なのはよくわかっている。
「ま、待て。いる。俺はいるぞ」
慌てた足音と共に、ウリエン兄さんの声が響く。扉が開くと、汗だくになった兄さんがこちらを不快そうに見上げている。
「兄さん。こんな侮辱、許せませんよ。扉番の家臣を差し出してください。手打ちにしてやる」
僕はわざとらしく怒って見せて、刀に手をかける。
「こ、こら、ルヴァ、早まるな。扉番には俺が指示して誰も通すなといっておいたのだ」
「しかし、こちらの意向を兄さんに伝えることもしないなんて、職務怠慢もいいところです。斬ります。あの者ですか?」
「待て、待ってくれ。事情があるんだ」
「ならばせめて、マルタン兄さんに仲裁していただきたい。腹の虫が治まりません」
「な、なに? それは出来ない。お、俺が必ず叱っておくから。頼む、ルヴァ、収めてくれ」
「いいえ。先ほどから何度も腹の虫が治まらないと申しています。マルタン兄さんと話をさせていただきます」
僕は強引に押し入ろうという素振りをする。それを必死に止めようとするウリエン兄さん。マルタン兄さんの死を意図的に隠していることは確かなようだ。
「ま、待て。い、今はまだ寝てる。兄上は。午後には引き合わせるから、いったん引き取ってくれ」
「分かりました。14時には参りますよ」
「あ、ああ」
僕は踵を返して屋敷を出る。桐野少将と目配せしながら、ゆっくりとエペー邸に向かう。出来るだけ多くの民にこの姿を見られるように意識しながらだ。
エペー邸に戻ると、ちょうど凪からの通信魔法が届いた。
マルタン兄さんの部屋から持ち帰った紙袋には、大量の毒がみつかったらしい。ヘビ毒を元に精製するブコランという物質らしい。
即効性があり強力なため、証拠の紙を金魚鉢に入れれば魚は死ぬらしい。
これで殺害の証拠は得られた。
続いて必要なことは、マルタン兄さんが僕を後継にしていた証拠だ。これは貴族会と女皇陛下に提出してある書類の写しを早くにもらうことが重要になる。
エペー邸で桐野少将と作戦会議をしていると、そこに父とマルタン兄さんに仕えてくれていた家宰が訪れた。
「ルヴァ様、よくお帰りくださいました。私はマルタン様のご遺志を知っております。ウリエン様は、そのことを知ってか知らずか、マルタン様のお怪我がわかった時点で企みを始めたのです」
「そうですか。あなたがご無事で良かったです」
「恐れ多いお言葉です。ウリエン様が動き始めるなり、私を捕らえようとなさったので、ババル殿に匿って貰っていたのです」
「正解です。ウリエン兄さんに理屈や真摯な思いは伝わらない。すぐに逃げて、こうやって無事にお会いできたことを感謝します」
「有難きお言葉」
「ウリエン兄さんがマルタン兄さんを殺害した証拠はつかみました。あとは、仲間がやっている後継指名の書類の写しを得るだけです」
「なるほど……おいたわしや。兄弟間でそのようなことが……。ウリエン様は、悪事を暴かれたからと大人しく引き下がるでしょうか」
「おそらく、それはないかと」
「では、ウリエン様の挙兵に備えておく必要があるかと」
「……なるほど」
そうなってしまえば、もはや完全にお家騒動の内乱である。
女皇陛下の信頼があったとしても、とり潰しなど厳しい処分が求められるだろう。
そうならないように、うまく謀らなければならない。
「よし、ウリエン兄さんが抵抗出来ないよう、こちらが先手で軍勢を集めておこう」
「あまり派手にやると、こちらが反乱を始めたということになってしまわないか」
桐野少将が心配そうにいう。
「確かに。だから、こちらが準備万端だと思わせるだけでいい。親しい領民や家臣に指示を出すふりをすれば、ウリエン兄さんの性格なら恐怖を感じるはずだ。実際には、僕が後継者指名されていることを周知するだけでいい」
「では、早速」
桐野少将と家宰がエペーの家臣を連れて工作を始める。
僕自身はエペー邸で待機し、いろいろな人からの連絡や報告を処理することにした。
僕は椅子に腰掛け、オートンを守っていくのになにが必要かを考えてしまうのだった。
◆◇◆◇◆
約束の14時になり、僕は桐野少将、家宰、家臣代表数名と共にオートンの屋敷に移動した。そして扉をノックする。
「し、少々お待ち下さい」
返事こそあれ、数分経っても扉は開かない。
「まだですか」
「は、はい。もうしばし……」
「ルヴァ様、あれは?」
馬の蹄の音が聞こえ、僕達は屋敷の裏手をのぞく。
そこには、馬に乗って逃げていくウリエン兄さんと取り巻き数名がいた。
「早くも逃げ出すとは……」
あまりに早い臆病風に呆れつつも、争いにならなかったことはありがたいと思えた。
あとは、後継者指名されていることを家臣や領民に証明してみせ、儀式を行えばウリエン兄さんにオートン領を好きにされないで済む。
◆◇◆◇◆
ウリエン兄さんの逃亡から1週間、コルナ殿下始め、朝凪に搭乗していた皆が帰ってきた。
コルナ殿下が持ってきてくださった兄による後継指名の複写を領民に提示し、僕はオートン家の当主となった。
家宰は父と兄の代から変えず、騎乗獣はレナ、後継は当面、血縁でもある家宰にしておくことにした。
当主としての役割をこなしつつ、桐野少将を中心に将門とウリエン兄さんを探させることにし、コルナ殿下には客として周辺諸侯との取次をお願いする。
一通りが順調に動くまで1年はかかりそうな気がして、焦りを感じ始めたとき、更に重荷になる出来事が湧いて出た。
……僕の嫁取り話だ。
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