第8章9話 苦境

 将門は地面を蹴ると、一瞬で距離を詰めて桐野少将に殴りかかる。桐野少将はその拳を剣で受け止めるものの、金属同士がぶつかる甲高い音が響き、吹き飛ばされてしまう。


 将門はすぐに、桐野少将のサポートに入ろうとしていたレナに向き直り、その拳を振るう。レナは二刀流の十字の構えでそれを受け止めるが、桐野少将同様に地面を穿つほどの強さで吹き飛ばされる。


 レヴィア様が斬りかかるも、将門の硬い守り(おそらく防御結界のようなもの)に防がれて、ダメージを与えられない。将門の攻撃も本来水であるレヴィア様を捉えることができないが、これではレヴィア様を召喚している僕の魔力がじわじわと失われていくだけだった。


「くそっ、このままじゃ……」


 僕が焦りを感じているうち、将門が崩れた前衛の次に見える後衛のミトレさんやソムニに攻撃の焦点を移そうとしていた。


「危ない、ミトレさん!」


 将門の拳が、ミトレさんの腹部に命中する。マスクが外れ、血を吐いたミトレさんが倒れる。


「ミトレさん!」


 将門が顔を上げた動きで、僕はソムニのフォローに入る……前に、ソムニもまた腹部に一撃を食らい、血を吐いて倒れた。


 僕は更に焦燥感に襲われる。レヴィア様を使いこなすことも出来ず、自分の日本刀もお飾りのように役立てられない。


「このままじゃ……このままじゃ……」


 ――パーティーが崩壊しかけている。僕のせいだ……、僕のせいだ……。クソッ、なんでこんなに強いんだ。


「どうした大将、隙だらけだぞ」


 将門の拳が僕の腹を捉える。瞬く間に視界がグルグルと回り、吹き飛ばされたことが分かる。


「ぐあぁ」

 僕の身体から呻き声が漏れる。

 将門は嬉しそうに、僕の苦しむ様と、形が不安定になったレヴィア様が崩れていく様子を見ている。


 ダメだ、負ける。みんな殺されてしまう。自分の中に響いたその言葉を取り消す間もなく、将門が立ち上がったミトレさんを殴り倒し、フォローに入ろうとした桐野少将を投げ飛ばした。


 僕は痛みで力の入らない身体を何とか転がして、戦況を確かめる。


 血だらけになった仲間達が、次々に将門の攻撃を受けている。多分、将門は全力ではない。いたぶっているのだ。


「やめてくれ、もう……」

 僕は、自分の命に代えても守りたかった仲間達がいたぶられている様を、見ていられなくなりそうだった。


 この世界に転生する直前、バス事故に巻き込まれた自分は何もできなかった。大勢の人と一緒に、ただ死ぬのを待つことしかできなかった。


 そのことを後悔している自覚はなかったが、今回の人生では他人を救えるくらいの力を手に入れたくて魔法の修行に取り組んだし、ノワに刀を贈られてからは、ノワや大切な仲間たちを守りたいという気持ちがより育っていた。


 しかし、今の自分はどうだろう。仲間を守るどころか、守られてばかりの足手まといだ。


「もう、ダメだ……。あんな奴に勝てるはずがない」


 ――お兄ちゃん。


 僕の自分の心に問いかける声を聞いたような気がした。


 ――お兄ちゃん、まだ負けてないよ。お兄ちゃんは、負けないよ。


「誰? 誰なの、君は……?」


「私は………………」



◆◇◆◇◆



 防御陣地を出てから三十分ほど、地竜の牙による魔導銃を使った殿しんがり戦のお陰もあり、クラーラ率いるルヴァ軍は、まだ剣狼騎本隊による追撃から逃れていた。


 ――しかし、この疲れ具合では、そろそろ敵の魔法の射程に入ってしまう。


 剣狼騎は魔法に特化していない剣士が主役の部隊だが、ルヴァの実家、オートン家のような随伴魔導師を連れている。魔法の射程内に入ってしまえば、容赦なく味方を狙ってくることが予想される。


 部隊は現在、丘の上に上りつつある。


「ここが決めどころじゃな」

 クラーラは足を止め、大声で指示を出す。

「全隊止まれ。ここで迎え撃つ!」


「おう!」

 オートン領・地竜の牙からなる部隊は足を止め、退却しながら野戦用に決めていた隊列に素早く移行を始める。


 さらに、準備ができた小グループ毎に魔導銃の射撃を始め、敵の隊列組み直しを邪魔する。


 オートン軍は、長槍隊が隙間を空けて横隊を展開し、その隙間から魔導銃隊が射撃を行う隊形を素早く作った。


「撃て! 撃てぃ! 敵に魔法をうつ間を与えるな」

 クラーラの声が響く。


 前世の織田信長のときから、鉄砲を使った様々な戦を経験している。また、魔法は単発の威力に優れているが、休息や詠唱などを必要とし、連発能力の低さが欠点である。


 一方で魔導銃であれば、鉄砲と違って熱での暴発リスクが低いため、連発能力に勝る。


 数では数倍の相手であっても、魔導銃の利点と、タイミングを見たクラーラの大魔法によってある程度の時間、互角に持ち込むことはできそうだった。


 剣狼騎の軍勢は、ある程度隊列を整えたところで突撃を始める。長い距離の突撃であり、こちらにたどり着く前にそれなりに損害が出ているが、それを気にしている様子はない。


 しかし、いつまでも魔導銃だけで対応出来るほど甘くはないようだった。敵の一部がオートン軍に到達しかけている。


「長槍隊、下ろせ」


 クラーラの声に、魔導銃部隊を守るように配置された長槍隊が槍を構える。

 敵の一部がオートン軍の横隊に到達し、剣を振るう。人狼の少女達もまた人化して剣を抜く。


 剣と槍がぶつかるガシャガシャという音が戦場に広がっていく。始めはなんとか持ちこたえていた長槍隊がところどころ綻びを見せ、魔導銃部隊が後退する。


「今か」


 クラーラが両手を高く挙げて、詠唱を始める。魔力を急速に充填して、敵陣に炎の嵐を巻き起こす。


 これから突撃しようと隊列をなしていた敵が、紅蓮の炎に焼き尽くされる。


 勢いづきつつあった敵が、目に見えて動きが悪くなる。魔導銃部隊に代わり二列目に出た剣士隊が、長槍隊のサポートを始める。


「よし、押し返すぞ!」


 クラーラも剣を抜いて、剣士隊と前線に向かう。転生後も、前世の記憶から自分を武人と考えていたクラーラは、魔法だけでなく剣の鍛錬も続けてきた。

 

 現在の大将が前線に出たことを知って、オートン軍の士気が上がる。両軍が共に少なくない犠牲者を出しつつ、時間が経過していく。


「このままでは、やはりジリ貧か。援軍はまだなのか」


 ふと、クラーラの視界の隅に黒い禍々しいオーラが見える。ちょうど、ルヴァたちが残った旧野戦陣地の近くだ。


「サルめ、苦戦しているのか?」

 現状では、軍を誰かに任せて応援に行くこともできない。苦しい状況に、クラーラは更なる撤退をできないかと考える。


 苦戦をいられる相手ならば、早めに退却をして立て直すのが、前世の織田信長以来の考え方だ。


「わしが殿しんがりをやれば、或いは……」

 そう考えたクラーラの視野の片隅で、今度は眩い光が発生し、どんどん大きくなっていった。


「サル、何をしている……?」


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