第6章3話 前世の君と、今生の僕
怨霊である平将門との戦いに備え、作戦会議とシミュレーションを繰り返しつつ、一週間が過ぎた。
「間もなく青木ヶ原の樹海に到着します。この時代の日本で一般的な衣装を用意してあるので、全員着替えて下さい」
僕だけは艦長室で黒いティーシャツとジーンズを履く。懐かしい感触に、自由で平和だった日本を思い出す。
人間関係をうまく取り回し出来ずに引き籠もりになっていたとはいえ、豊かで安全だった日本での生活は幸せだったと思う。
いい思い出に浸りながら小さな鏡を覗く。
……。
ど真ん中に白地で「提督。」とプリントされたティーシャツにドン引きしつつ、大きなため息をついてから、僕は食堂に戻った。
女性陣も着替えを終えて集まっていた。
コルナ殿下は濃紺の就活スーツで、高身長でモデル体型のため、奇麗なお姉さんという印象だ。年齢的にも就活スーツがとてもしっくりきている。
レナはフリル付きのシャツとホットパンツで、魔法無しでも耳を隠せるようにお洒落なハンチング帽を被っている。ふだん、女の子らしい仕草が足りていないレナだが、ガーリーな服を着ると可愛らしい顔立ちも相俟って、女の子らしさが前面に出ている。
ソムニは白系のティーシャツにオーバーオールを合わせており、頭にはベレー帽を被っている。全体的にダボッとしたデザインだが、サイズのある胸回りがアクセントになって、魅力を引き出している。
ノワは白いふんわりしたシルエットのシャツにピンク色のミニスカートを合わせている。長い髪を横に結んで胸元まで流しており、それが胸元の大きな曲線にかかり、艶やかに光を返している。
普段、剣士の姿しか見ていないため、長くて細い足がとても綺麗で思わず息を飲んでしまう。
その僕の反応に真っ先に気づいた様子のレナが、僕の視線に飛び込んでくる。
「ノワちゃんばっかり見るのはダメー!」
「え!? そ、そんなことないけど!?」
「ありありでしょ! お兄ちゃんのスケベ」
騒ぎながらしがみついてくるレナをなんとか引き剥がすと、凪が目標地点への到着を告げる。投錨を終えた凪は、いかに樹海といえども、少しでも早く艦から出るように強く指示をする。
潜望鏡深度での出入りが可能な凪と違い、僕たちは完全に浮上しないと艦から上陸出来ない。
万が一にもこの時代の人に潜空艦を見られないために、浮上時間を少しでも減らしたいのだ。
艦が浮上して、タラップが降りると、僕たちは大急ぎで地上に降りる。凪を除く全員が降りたところで、朝凪は静かに姿を消した。
後に残ったのは完全な闇。星明かりすら届かない樹海の闇に、僕たちは戸惑いすら覚える。
〈提督、間もなく日出前の薄明かりが空に広がります。闇に慣れた目ならある程度は明るく感じるかと。見えないまま無理はしないで下さいね〉
「了解した」
東の空の色が変わると、森の中にも微かな光を感じるようになる。
「慎重に行こう」
時間と共に少しずつ明るくなる中、凪のナビゲーションを受けつつ樹海からの脱出を目指す。
ところどころに、遭難者なり自殺者なりの遺体を見つけることもあったが、そこは異世界の女子たち、大声をあげて騒ぐようなことはない。
森の中を慎重に進み、道路についたときは既に日が高く昇っていた。
そこからは、凪がインターネットにアクセスして予約していたレンタカー屋に行き、車で横浜まで移動する。
凪からの情報では、この時期の僕の前世、佐藤優斗は実家で怪我のリハビリをしているらしい。まずは、平将門の怨霊と話をしたはずの優斗に、そのままで放置する危険性について理解させないといけない。
夢では何度か見た光景が目の前にある。大手建売メーカーの平凡な造りの家。
インターフォンを押す。
しばしの沈黙。
「どちら様ですか?」
「平将門を追っている者です」
暫くして扉が開く。
平凡な顔の男が、半開きのドアから顔を出す。
「どうぞ、お入り下さい」
平将門の襲撃に備え、レナとソムニには外で警戒して貰う。そして、殿下とノワと共に、佐藤優斗の家にお邪魔することにした。
リビングルームの大きなソファを指さされ、そこに三人で座る。優斗自身はキッチンに行き、何か飲み物を準備しているようだ。
「お気遣いなく。事情があって、ゆっくりは出来ないんです」
「まぁまぁ、事情っていっても、将門公が来たら不味いとか、そういうことですよね?」
「まぁ、そうです」
僕の返事を聞いた佐藤優斗は、こちらに笑顔を向けた。
「将門公は、僕にもっとプログラムの改変をさせたいらしいので、いきなり襲撃してくるとは思えません」
僕の前世である青年は、いかにも平和な日本の青年だった。将門が既に目的を達して、一部の記憶を削除されていることに気づいていないようだ。
「あなたは始め、全ての人生は一回きりだからこそ尊いと思って、武将の蘇りを禁止してましたよね。どうして、怨霊なんて永遠の命を認めてしまったんですか」
「そこは、将門公の祟りというものが、板東武者の行動に影響を与え続けたとしても自然だと思ったからです。まぁ、将門公の生まれ変わり本人がここに来たのは驚きましたが。えっと……、あれ? 何さんだったかな。とにかく、将門公から生まれ変わった武将が、生まれる前の夢? の内容を知って、ここを訪ねてきたんです」
「その部分、もう記憶を消されていますね。ところで、『兵どもが夢の跡』のプログラムの一部にかけたパスワードは覚えていますか?」
「そんなの……、あれ? えー……」
「分かりましたか。あなたは記憶を一部消されているんですよ。将門公はゲームの中に存在し続けたい訳ではなく、あなたのいる現実世界を侵略するために怨霊になったんですよ」
「まさか……」
「まさかって展開なら、幾らでも経験しましたよね? バス事故で奇跡的に生き残ったこととか」
「ま、まぁ」
「そして、僕なんですが、バス事故で死んだあなたの生まれ変わりなんです」
「……」
佐藤優斗は不思議そうに僕の顔を見る。少し前までなら、きっと僕も同じように不思議そうに相手を見るだけだったかも知れない。
オートンの領土で礼遇されていたときは、平和な日本で暮らしていた夢こそが自分の本体のような気持ちもあった。
でも、大学でミトレさんやクラーラ先生、ソムニに会い、ノワやレナ、凪と旅を続ける中で、少しずつ僕は自分が変わってきていると思っている。
佐藤優斗は、今の僕にとって、とてもよく知った他人でしかない。彼が得た知識を僕も持っているが、それを最大限に生かせるのは異世界で生きる僕だ。僕に命を預けてくれる仲間や、領民たち。たくさんの守るべき人々がいることで、僕は佐藤優斗とは全く違う人間になれた。
「あ、あの……、生まれ変わりと本人が会ってしまっていいんですか、ね?」
「僕があなたの経験と知識を引き継いでいるだけで、あくまで生まれ変わった他人だから問題ないと思います」
「はぁ。それで、今日はなんのために」
佐藤優斗は話が見えなくなり、戸惑っている様子だ。
「将門の暴走を止めるために、プログラムを元に戻します。その後は、将門の生まれ変わりを見つけ、倒します」
「なんか、物騒な感じですね。好きじゃない感じ。平和的でないというか」
「将門が怨霊になった時点で、もう平和ではないんです。コンピューター、借りますよ」
僕は二階の佐藤優斗の部屋に向かう。
「一緒に来て下さい。将門の襲撃もあるかも知れないので」
「大丈夫だと思うんだけどなぁ」
佐藤優斗の部屋は、二階に上がってすぐのところにある。扉を開けると、奥の机にウィンドズをブート済みのマッキーノートプロが置かれている。
その席のちょうど真上で、レナが警戒をしているはずだ。
僕は手早く起動ボタンを押し、テキストエディタを立ち上げる。そこには、「兵どもが夢の跡」のソースが展開されている。
時間との勝負だ。
僕が唯一身につけたプログラミング言語であるアリゲーター特有の暗号化コマンドとパスワードを打ち、そこから強制したいコマンドを入力していく。
何を強制したいかは、潜空艦の中で充分練ったつもりだ。とにかく、頭の中に入っているプログラムを素早く打ち続ける。
何分たったか。計画の半分程まで打ったところで、屋根の上でホイッスルが鳴った。
襲撃の合図だ。
屋根の上が騒がしくなる。
殿下は佐藤優斗を守り、ノワが僕の傍らで刀を抜いて構える。
僕はひたすら、出来るところまでプログラミングを続ける。
間に合うかどうか。
全ては僕達の戦い方次第になりそうだ。
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