第6章2話 対潜戦
凪の合戦準備の声かけにより、全員がそれぞれの持ち場につく。
「対潜戦闘用意」
CICについた僕とコルナ殿下は、凪に詳細を聞く。
凪は左耳にヘッドホンの片方を押し当てつつ、こちらに目をやった。
「独特のエリクシア機関の音に、弱いEL反応があります。音紋と反応特性を照合中ですが、大陸中国の潜空艦の可能性があります。実際に戦争状態になったことはない国ですが、基本的に仮想敵国扱いなので、念のため、気づかれることなく通過できるよう最善を尽くします」
「了解した」
僕が小声で返事をすると、凪は黙って頷き返した。
合戦準備の掛け声は、音や魔力の変動に注意しつつ、担当区画が浸水したり火災が発生したときに密閉や消火ができるため。
運行・戦闘そのものは、凪が一人でこなしてくれる。僕達はいざというときのダメージコントロールが仕事というわけだ。
「もう少しで厚みのある時空断層を越えられます。そうなれば、かなり安心なんですが」
「もし敵に気付かれたとして、攻撃される訳じゃないよな」
「それが保障はないんです。時空移動中の軍事行動に関して、国際法はまだ整備されてないし、もし私達が艦ごと全滅してしまっても、事故と見分けがつかないですから」
「なるほど。確かに油断は出来ないな」
僕がそういう隣で、コルナ殿下も頷いている。
そして、沈黙の時間が続く。
静かにしていると、コンピュータの排熱の音や、自分の心音、コルナ殿下が頭を動かす度に長い髪が擦れる音など、普段は気にしないような音が気になり始める。
「時空断層を抜けました。もう少し離れれば、安心していいと思います」
「そうか。ところで、この機会に聞きたいんだけど、僕が過去に戻ってやらなきゃいけないことってなんなんだ」
「プログラムの、書き換えです」
「プログラム?」
「はい。あなたが作った歴史シミュレーションゲーム『兵どもが夢の跡』のプログラムの書き換えです」
「そんなことのために?」
「それこそが、この世界を書き換えることになるからです」
「よく分からないよ。なんで僕が作ったゲームを書き換えることが世界を書き換えることになるのさ」
「提督、殿下。世界、いえ、宇宙は思念が高濃度で集合することで新しく発生することが判明したんです。だから、世界的にヒットした『兵どもが夢の跡』の世界は、提督のプログラムと、ゲーム会社が付け足したシステム、ファンが作った無数のMODによって形を変えながら、たくさんの関係者やプレイヤーの思念が集合して、新しい宇宙を生み出したんです」
「う……ん、納得は出来ないけど、理解は出来る、か……? この世界は幻影で、実はゲームで、僕達はゲームのキャラクターってことか」
「違います。私も、あなたも、殿下も、確かに魂と肉体を持った人間なんです。ゲームの宇宙が、人の意思によって本当の世界になったんです」
「ゲームの世界が、本当の世界に……」
「そして、新しく作られた世界の人間が、元の世界に食指を伸ばそうとしています」
「なんだって!?」
「私は、それを危惧した提督ご自身に命じられて、遥か未来まで航海をしたんです」
「僕自身にって言われても。僕はバス事故で死んだはずじゃないか」
「はい。確かに提督はバス事故で亡くなりました。しかし、提督のゲームへの拘りは確かな想いとして宇宙の種になりました。やがて、新しい宇宙が生まれました。そのあと、何者かの工作により、提督が生き残ったことになったのです」
「僕に記憶は全くないけど」
「はい。提督ご自身が生まれ変わった後に、生き残ったという新しい事実が加わったので、今の提督は何も知らないんです」
なるほど。僕が生まれ変わった後に、僕がバス事故で死なないことになった。だから、僕はバス事故で死ななかった後の記憶を持っていないということか。
なんか、潜空艦で未来や過去に移動できるだけ、今と過去と未来の問題がやたらややこしく感じる。
「それで、そのことと僕がプログラムを書き換えることはどう繋がっているの?」
「蘇りの例外をなくしていただきたいのです」
蘇り? ……そうか。それで!
「過去に登場して死亡した武士と同じ潜在能力を持つ新キャラクター生成のことか。それが、過去の記憶を持っての誕生になっているのか」
「その通りです。そして、武士から生まれ変わった人間が美少女ばかりなのは、提督が提携したゲーム会社の方針でそうなっているんです」
「世界が剣と魔法の世界になっているのも、ユーザー作成のMODか何かで……」
「仰る通りです」
これまで疑問に思ったり、違和感を持ったりした事柄がひとつの線に収束していくように思われて、僕は虚脱感と同時に静かな喜びも感じていた。
僕が前世で残せたたったひとつのオリジナルゲームが、とてもたくさんの人を楽しませたのだろうと思うと、心が温かくなっていくのを感じる。
「ところで、蘇りの例外って、どういうこと?」
「バス事故で生き残った提督が、新皇を名乗り怨霊となった平将門を生まれ変わりの対象から外したことです」
「それが、どうして問題になったの?」
「怨霊となった平将門が、世界に強い影響力を持ったんです。そして、別の世界にまで食指を伸ばし、歴史を変えようと暗躍しています」
「なるほど。でも、どうしてバス事故を乗り越えた僕自身で修正出来ないの?」
「将門の呪いで、ゲームの使用法からプログラミングの知識まで、関連した記憶を全て消されたからです。新しく学ぶのも呪いで抑えられています」
「そうか。その部分だけは他人がなんとか出来ないようにしといたからな」
同じ人間が何度も生き返っては、一期一会の武士の精神が穢される気がして、同じ能力になりやすい別人として生まれ変わるように設定した。そこだけは譲れないと思ったから、僕以外が改変出来ないようにしておいたのだ。
旅の目的は分かった。そして、最終的に戦うことになるだろう黒幕も分かった。
ならば、前進するのみだろう。
突然、ボーンという響きのある高い音が聞こえる。
「提督、アクティブソナーを照射されました。緊急回避します」
「攻撃されるってこと?」
「分かりませんが、可能性はあります。実際に攻撃されたら、反撃の許可をいただけますか」
「ああ、仕方ない」
「ダミー放出。下げー舵」
凪の真剣な声が、狭いCICではよく聞こえる。
「敵艦から発射音確認。ダミー放出。とーり舵。高出力レーザー用意、屈折計算始めい」
また大きな音。
「ダミーに敵ミサイルが当たったのかと。アクティブソナー照射。屈折計算終了。提督、反撃行きます」
「うん」
「撃ちーかた始めい」
凪がヘッドホンと耳との間に軽い隙間を作る。
ヘッドホンから漏れる、物が熱せられるような音。次に、泡が噴くような音。
「敵艦の轟沈を確認。念のため探知続けます」
「凪、話し掛けていいか」
凪が頷く。
「大陸中国の艦じゃないかって言ってたけど、どうして攻撃してきたんだろう。」
「分かりません。しかし、攻撃されたら反撃をしないと、こちらがやられます」
「ああ。疑問に思っただけだ」
「はい。――もう大丈夫そうです。敵艦の轟沈を確認。状況終了」
「ルヴァ殿。少しいいか?」
「はい、もちろんです、殿下」
「大陸中国というのは、どのような勢力なのか」
「大陸に広大な領土を持ち、世界一の人口を誇る大国です。技術的にやや遅れている面もありますが、それでも規模も質も侮れない軍事大国です」
「その国までが、平将門とやらの軍門に降っているということはないだろうか」
僕は殿下に身体をむける。
「なるほど。確かに、その可能性はあります。そうなると、かなり厄介かもしれません」
「とにかく、平将門の力が大きくなる前に倒さねばな」
「そうですね」
凪の見立てでは、あと一週間程で目的の日時場所に到着するそうだ。
「提督。もし将門と戦闘になれば、かなりの激戦になるかと。殿下も、身体をお休め下さい」
「うん」
それにしても、相手は怨霊か。どう戦えばいいか検討もつかない。その作戦会議もしておくべきだな。
残り一週間、少しも無駄に出来なさそうだ。
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