第六章 過去への航海

第6章1話 男子の嗜み

僕が前世のテレビ等を通して知っている軍艦の雰囲気と、潜空艦「朝凪」の雰囲気は、大分違うような気がする。


朝凪は基本的に凪が自動的に運行してくれるため、ローテーションがない。

そのため、食事は皆で一緒に食べる。

まさしく同じ釜の飯を食う、というやつだ。


人材が限られているため、朝食はノワ、昼食はソムニ、夕食は(なんと!)コルナ殿下が担当している。


以前、一流の菓子屋並みの柏も……ゲフン……草餅を作ったコルナ殿下は、料理への造詣が深く、皆が夕食を心待ちにしている。


「殿下はどこでそんなに素晴らしい料理の腕を磨かれたんですか?」

僕は殿下の手伝いをしながら、興味本位で質問をしてみた。


「私は物心つく頃には、師匠に連れられて各地を旅していたからな。師匠や、旅先で会った料理人に教えを請うて少しずつ出来ることを増やしていったのだ」


「素晴らしいです」


「宮廷で蝶よ花よと何も出来ないように育てられるより、殿下は幸運ですと、師匠がいつも言ってくれた。とても慰められたよ」


「食べることは生きること。命をいただいて自分の命を繋ぐことです。素敵な師匠でいらしたんですね」


コルナ殿下が、軽く目を見開いてこちらを見る。

「師匠が言っていたことと、ほとんど同じだ。ルヴァ殿、もしや日本の夢を見て生まれて来たのでは」


「……はい。殿下のお師匠様も日本の夢ですか」

「そうだ。なんでも警察とかいう、治安維持と臣民の保護がお役目の役人だったそうだ。名前はカワジトシ……?」

「川路利良……ですか?」

「そうだ。間違いない」


またも、維新のビッグネーム。日本警察の父と呼ばれる御仁だ。生まれる前の長い夢を見ていた人物は、僕が知る限り、武士だった人ばかりだ。


もし転生が偶然に引き起こされるものなら、世界中のいろんな国の人物がいて良さそうだし、身分や職業だって……確率でいえば庶民の方が圧倒的に多いはずなのに、僕を除けば武士ばかりが転生している。


これは、どういうことなのだろうか。


とはいえ、いろいろ考えてみても分からない。今は、自分に出来ることをやるしかなさそうだ。


「ルヴァ殿の過去に行くということは、日本に行くということなのだろう。師匠の愛した日本に行けることはとても楽しみなのだ」


「僕が生きていたのは、お師匠様が生きていた時代から、百五十年程は後の時代です。制度としての武士はいない時代ですが、天下国家のため、日本国民のために命を捧げる覚悟で頑張っている人は沢山います」


「警察もか」

「もちろんです。それもあって、日本は犯罪が少ない、平和な国と言われています」


「いよいよ楽しみだ。私を同行させてくれて、本当にありがとう」

「いえ、とんでもない。ご同道いただき、本当にありがとうございます」


やがて野菜の煮物と蟹の味噌汁、川魚の干物のあんかけ仕立てが出来上がる。何しろ手際がいい。

皇女殿下に失礼ながら、日本ならきっといいお嫁さんになれるだろう。


夕食の時間が近くなると、早くもいい匂いに釣られたレナが顔を出す。

「干物と蟹の匂いがする〜、早く食べたいよぉ」


「なら、配膳でも手伝え」

「もっちろん!」


やがて時間になり、全員で配膳をして、いただきますをする。

「うまい! さすが殿下だね。本当にうまいよ」

レナが大きな声で感想を述べると、皆が頷いている。


「私だって出来るのに、提督はなぜ私に任せてくれないのですか」

凪が不満そうに言う。


「凪の料理は、その、なんというか、学校給食みたいなんだよな。栄養バランスもよくて、安全性も高い調理方法で、確かにクルーが百人二百人いるなら効率が良さそうだけど、せっかくこの限られた仲間で食べるんなら、やっぱりノワやソムニの方が旨いんだよ」


「分かりました、提督。今この艦にいる女性は皆が提督との子供を望んでいます」

至る所から噴き出したり、咳き込む音が聞こえる。

「その子供たちに食べさせるときには、私が担当します」


「お前、殿下もいらっしゃるのに失礼なことを!」

そう言って殿下を見ると、顔を真っ赤にして俯いている。ほら、ご迷惑だったじゃないか!


「提督、逃がしませんよ。早速私と子作りしますか?」

「こら! いい加減にしろ」

「良い加減に気持ちよくして差し上げます」


「なら、私も立候補しよ!」

レナが手を挙げる。

「ボクも!」

「ルヴァ様、私もです!」

「……」

殿下まで!?


これはどう考えても、ダチョ○倶楽部さんのあれじゃないのか!? ここで、どーぞ、どーぞとやるやつ!



……………………。


「オチ、ないのかよ!」


というか、日本のバラエティー番組を見たことがない彼女達が、そのネタでボケるはずがないか。なんというか、冗談が過ぎるよ。


「殿下、ご馳走様でした」

早く食べてその場を離れることで、僕はタチの悪い冗談への抗議としたのだった。



◆◇◆◇◆



食堂での無言の抗議から数時間かたった頃、僕はシャワーを浴びていた。


例のプライバシー無視な取り決めに従い、レナとノワがガラス越しに僕の身体を見ている。


レナはなんとなく本当に来るだろうと想像がついたけれど、まさかノワが本当に覗きに来るとは思っていなかった。


なんというか、お兄さん悲しいよ……。


幼馴染みの年下の女の子が、男のシャワーを覗きに来るなんて。


それにしても、潜空艦というのは本当にプライバシーが無い。睡眠をとる士官室もドアに大きな窓がついている。

それをいいことにレナやソムニがよく覗きに来ている。


緊急時に誰がどこにいるか分かりやすい方がいいというのは、理解できる。しかし、実際に女の子に囲まれて、しかも覗かれて生活していると、若い男性の身体の問題として、問題があるのだ。


僕は健康で若い男であり、なおかつ周囲には個性豊かな美少女たちがいて、僕をからかって性的アピールをしてくるわけだ。


刺激ばかり多くて、寝ている間にパンツを汚さないための対策がとれないし、汚れてしまったパンツを手洗いする事後の対策にも困る。


しかも、洗濯機とその隣の洗面台は、シャワー室の隣。丸見えのシャワー室の隣なのだ。うっかりすると、誰かしら女の子がシャワーを浴びている。そんなところでパンツを脱いでコソコソしてたら……。


僕はため息をつく。シャワーを止め、タオルをとり、興味津々な様子の少女達に見せないようコソコソと身体を拭く。


タオルを腰に巻き、扉を開けると、ノワがパンツを渡してくれる。

いや、そこは気を遣うところじゃないと思うよ。ここで見ていないでくれるのが嬉しいんだけど。


とにかく、用意しておいた着替えを手際よく身につけて、士官室へ向かう。

ベッドに腰掛けて一休み、と思うと、ノワとレナが顔を並べて室内を覗いている。


プライバシーなさすぎて泣ける。


そんな日々が続いたある日、コルナ殿下が少し話をしようと艦長室に招いてくれた。艦長室の扉には窓がない。コルナ殿下がいらっしゃるとはいえ、誰がどこで見ているか分からないストレスからは解放される。


「ルヴァ殿。まぁ、座り給え」

簡単な応接セットの椅子に腰をかける。


「いや、その、貴殿には申し訳ないのだが、その、貴殿が洗濯機の横で苦労していたのを見かけたもので……」

コルナ殿下が顔を真っ赤にして、言いにくそうにしている。


正直、僕もショックだった。よりによって、殿下に見られてしまったとは。


「私はこれでも、どこかに嫁ぐ日のために、男性のことも一通りは知識があってな。その、ルヴァ殿がこの艦の中で苦労しているのがわかった以上、そのまま見て見ぬふりは申し訳なくてだな……」


ああ、これがショボンという気分なのか。バレていた、殿下にはお見通しだったわけだ。もう恥ずかしくて頭おかしくなりそう……。


「私が女としてなんとかしてやるというのも、真面目な貴殿は受け入れないだろう」


お互いに顔を真っ赤にして、何を殿下にご心配いただいているんだ、情けない……。


「それでだ、部屋を代えたらどうかと思うのだ。ここは、この通り、ドアを閉じれば周りから見えないし、鍵もかけられる。ここなら、その、男性の嗜みとでも言おうか、それもなんとかなろう。私は、貴殿以外に男がいないこの艦なら、鍵のない部屋で全く問題ない。な、そうしよう」


殿下の優しいご配慮に、思い掛けず目に涙が溢れてくる。なんだ、なんだ、この情けなさは。この温かさは。


この殿下のご提案は、次の食事の際にクルー全体に周知された。レナだけは露骨に残念がっていたが、他のメンバーは殿下の言うことならと納得した様子だ。


この艦で唯一年上であるコルナ殿下の懐の深さに感服しつつ、僕は、殿下もいつかは他国の王室なり公爵クラスの貴族に嫁ぐのだろうと考える。


きっと、素敵なお妃様になるだろう。


「総員起こし」

緊迫感のある凪の声が艦内全体に伝わる。


「繰り返す。総員起こし。合戦準備」

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