第5章4話 新たな旅立ち

 黒仮面が殺された翌日、僕とコルナ殿下が陛下に謁見するために出掛けた後から、レナの姿が見えないのだという。


 黒仮面の男が実の兄だったこと、そのようやく見つけた実の兄が不意撃ちの矢によって死んでしまったこと。


 レナが精神的に大きな傷を負ってしまったことは分かっていた。


 皆で入れ替わり立ち替わり様子を見てはいたものの、やはりショックが強すぎたのだろう。


 僅かな隙をついて居なくなってしまったらしい。早く見つけてやらないと、自分で自分を見失ってしまいかねない。


 凪に連絡役とソナーやレーダーを使った捜索を頼む。


 ノワには双月に乗り西街区の捜索を頼み、大学の中はクラーラ先生に、中央市場はコルナ殿下に、港湾施設地域は僕自身が捜すことにする。


 港湾施設の城壁内には、皇立艦隊の軍艦が並んでいる。

 地球で言えば重ガレー船と呼ばれる大型の手漕ぎ船も多く、外洋向きである地球で言うところのガレオン船も多い。


 リュミベート皇国は海軍力には余り投資していないらしいので、国旗を掲げた私掠船なのかもしれない。


 港を歩く男達は様々な種類の服を着崩しており、大抵が昼間から酔っ払っている。その身なりや雰囲気は軍人ではなく、海賊そのものだ。もしレナがここの男達に絡まれたなら、かなりの大騒ぎになりそうだ。


 特別な事件が起きている様子は見られないので、城壁の外に出ることにする。


 門を抜けると、桟橋に商船が並び、多数の蔵が立ち並ぶ民間用の施設となる。道行く人には、城内とは異なり、船乗りらしいきっぷの良さと、商人らしい打算の笑顔が見られる。


 ドラガン河には多数の商船が往き来し、緑がかった川面に無数の光が揺れている。


 敷石で固められた河岸を歩きつつ、蔵と蔵の間や、桟橋の奥を覗き込む。


 やがて、幾つ目かの桟橋の先端に、レナと思われる背中が見えた。

 落ち着いて、静かに歩み寄っていく。


「レナ」

 レナが振り向く。目の周りが腫れ、泣いていたことがよく分かる。


「レナ。心配したよ。仲間に何も言わず出て行くのは良くないぞ」

「仲間?」

「今はそんな気持ちにならなかったか」


「私の……本当のお兄ちゃんが、黒仮面だったんだよ。リィエって子も、オートンのお父様も、お兄様の手足も、みーんな私のお兄ちゃんが奪ったんだよ。そんなお兄ちゃんの妹なんだよ、私。私なんかが皆の仲間なんて、思えないよ」


「それを気にしていたのか。確かに黒仮面は敵だった。金で雇われたか、強さを求めて戦っていたのか、今となっては分からないけど、どんな目的にせよ、それは黒仮面の話だ。レナは、その間ずっと、僕達の仲間だったじゃないか。君さえ僕達を赦せるなら、これからもずっと仲間でいて欲しい」


「私が赦すとか、変だよ、そんなの」


「僕達はむしろ、知らなかったとはいえ君と実のお兄さんを戦わせてしまって、僕達のせいでお兄さんが亡くなってしまったことを申し訳ないと思っている」


 レナの大きな目に涙が溢れる。

「変だよ。優しすぎるよ。おかしいよ」


 レナが僕の胸に顔を埋める。

「ごめん、レナ。お兄さんを奪ってしまって」


 レナは、顔を胸に埋めたまま泣き続ける。涙が、熱く僕の胸に染みていく。



 ◆◇◆◇◆



 その夜、レナが僕の部屋を訪ねてきた。本当に添い寝しかしない約束で同じベッドで寝ることを許してやった。


 そんなことをいいつつ、レナの無垢な寝顔やら、腕に押し付けられた柔らかな感触やら、絡められた足の滑らかな感触やらが気になって、悶々としてしまい、僕は殆ど寝られなかった。


「お兄ちゃん、おはよう!」


 朝になってその笑顔を見て、僕の我慢が報われたことが分かった。寝不足に負けず起き上がる気力がどうにか湧くのだった。



 ◆◇◆◇◆



 その朝、陛下に許可を貰った大型魔導石を潜空艦「朝凪」に搭載した。僕は凪が投錨先からクラーラ邸に戻るのを待って、時間を遡る旅について、皆の考えを聞こうとしていた。


 大広間に、コルナ殿下、ノワ、レナ、凪、ソムニ、ミトレさんとクラーラ先生が集まっている。


「凪によると、過去に航行出来る人数は特には制限がないらしい。全員一緒に行きたいところだけど、こっちでマルタン兄さんを支えてやる必要もある」


「お兄さんのことは、私とクラーラちゃんに任せて。大学教授って、結構融通が利く仕事だから」

「うむ。猿の頼みなら出来ることはしよう」

 ミトレさんとクラーラ先生は、力強く頷きながらそう言う。


 これでマルタン兄さんのことを任せられるなら、ノワとレナは連れていける。


「ソムニは、地龍の牙のことを放って行くわけにはいかないか……」

「えっ? で、でもでも、ボクも行きたいなぁて。思うのですが……」


「それに、オートン領で魔導銃を生産するための助言もして欲しいし」

「はい……」


「わ、私も、連れて行ってくれないか?」

 コルナ殿下が身を乗り出している。


「殿下が、ですか。いくら陛下に一緒に行動するお許しを得たとは言え、過去への旅に同道いただくというのは……」


「こっちに残ってもやれることがないんだ。マルタン殿の立場を考えれば、私が出しゃばるのも難だし」


「わかりました! 殿下には一緒に来ていただくことにしました」

「ありがたい、ルヴァ殿」


「これで、過去に戻るメンバーが決まったな。凪から何かあるか?」


「向こうに着いたら、武器や防具を手に入れる手段が無くなります。必要な方は予め用意して下さい。あと、食料と水は、この世界の普通の航海と同じです。向こうでもこれは調達可能ですが、時空のうねりによって余計な遠回りをすることがあるので、多めに積んで行きます」


「それじゃ、買い出しに行きますか」

 買い物は留守番組も手伝ってくれるそうなので、ありがたく一緒に出発する。


 ソムニがやたら近くを歩きたがるので、話しかける。そうすると、真剣な顔になってこちらを見ている。


「やっぱり、ボクもルヴァさんと過去に行きたいのですが……」


「地龍の牙は大丈夫なの?」

「そこを何とかしたら、連れて行ってくれますか」


「まぁ、うん。でも、どうしてそこまで」

「あの、ボク、ルヴァさんのこと……」

「僕のこと?」


「す、す、す、凄く憧れてて! 先輩として!」

「へぇ。ありがと」


「だから、前日お兄様からいただいたお話ですが」

「ああ、気にしなくていいから、ホントに」


 普段は穏やかな印象のソムニが、急に顔色を変える。


「気にして下さいよ! ボクにとってはルヴァさんとの関係を変えるチャンスなんですから! ルヴァさんのそーゆー鈍いとこ、良くないと思います」


 顔を真っ赤にして怒ったソムニは、頭を掻きむしりながら僕の隣から離れていく。あれ、なんか悪いこと言ったかな……。


 物資の買い付けは手分けしてスムーズに終わり、それらを馬車に乗せて、いよいよ出発の夜を待つだけとなる。


 凪だけは浅深度に投錨した朝凪に出入り可能だが、普通の人間は完全に浮上していないと乗船出来ない。


 そうなると、いかにもSFフォルムな朝凪を浮上させるのは、少しでも目立ちにくい夜ということになる。

 それも、クロリヴと衛星都市の隙間をついての浮上になるだろう。


 大体の場所の見当をつけて、日が落ちる頃合いを見て出発した。

 先行した凪から予定通りの場所に停泊した旨を連絡され、周囲に別の旅人がいないかなども確認しつつ、ランデブーポイントに向かう。


 僕達の到着を待って、朝凪が浮上すると、乗艦経験のある僕とレナ以外のメンバーが腰を抜かさんばかりに驚いている。


「さぁ、急いで荷物を搬入しよう」


 船尾近くにある物資搬入口から食料と水、薬などのアイテムを手分けして搬入していく。

 馬車二台分の荷物はあっという間に積みおわり、双月も艦内の柵に結びつけた。クラーラ先生とミトレさんがそれぞれ馬車の手綱をとる。


「本当にこんなのあったのね。想像してたより遥かに凶悪な臭いがする」

 ミトレさん、なんですか、凶悪って。


「これを儂にくれれば天下をとれるな」

 クラーラ先生、そう思いますよね。僕も思います。でも、だからこそ、人目についてはいけないわけです。


「じゃあ、皆、手荷物忘れずにもったか?」

「「「はーい」」」


 その中には、妙におめかしして胸の谷間を強調しまくってるソムニが混ざっている。ソムニの胸こそ凶悪だ。


 凪が左舷後方のハッチを開けてタラップを下ろしてくれる。僕から順番に乗っていく。全員が昇りきったところでタラップが上がり、ハッチがしまる。


 まずは潜望鏡深度まで潜空する。この時点で、外から姿を見られなくすることが出来る。


 凪が、初めて乗艦するメンバーのために説明をしている。


 慣れるまでは時空酔いがあるのでエチケット袋を持ち歩くこと。


 潜空艦が他にもあり、敵である可能性もあること。そのようなとき、各種ソナーに見つけられないため、物音や急な魔力の集中に気を付けること。


 それらの説明を終えると、艦内の案内を始める。機関室、シャワー、トイレ、乗組員用のハンモック、士官室、艦長室、食堂、武器庫、各種攻撃兵器室。


 部屋割りはコルナ殿下が艦長室で、俺は士官室(女子による夜這いを警戒して)、他のメンバーは色々な配管や機材の隙間に設置されたハンモックで寝ることになる。


 戦闘時には、総員起こしのうえ、俺、凪、コルナ殿下がCICに、レナとノワは攻撃兵器のメンテナンス、ソムニは機関室を担当することにする。


 凪のナビゲートでスムーズに役割分担やルールが決められ、その順調さに俺は眠気を覚える。


 つい、うとっと意識が飛びかけたとき、変な成り行きに気づく。


「と、いうわけで、提督のシャワー見学はマナーを守って一度に二人ずつにします。ルールを守って楽しい見学にして下さい」


「ちょっと待った! 僕のシャワー見学ってなんだよ!」

「みんなが見学したいようなので、喧嘩にならないルールを作りました」


「男のシャワーを順番に覗き見するとか、ルール以前に人として間違っていると思うんだけど」


「提督。これはクルー全員の士気に関わる問題です。諦めて下さい」

「諦められるか! 殿下、こいつらに何か言ってやって下さい」


「まずは私とソムニ殿が担当になったが、角度やコツを研究して伝えるから、仲良くやっていこう」

「って、殿下もですかー!」


 立ちくらみがしてきたが、この件は後でもう一回苦情をいれよう。


 ツッコミどころはあるが、とにかくは、船を運航して過去に行く旅路の基礎は出来たわけだ。


「行くぞ、みんな」

「微速前進よーそろー」

 凪の声が響き、新しい旅が進み始めたのだった。

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