第4章3話 皇都到着

 草原の中にある古代遺跡に向かっている僕は、ひたすらレナの無事を祈って双月を駆っていた。潜空艦で神殿近くまで移動して待機している凪から、黒仮面が現れたことや、レナの魂紋に異常があることを聞いたからだ。

 ノワと、部下を三人引き連れたソムニは、地竜の牙が使用している魔導機関の自動車に乗っている。

 漸く神殿が見えるところまでたどり着くと、小銃らしき物を担いだ凪の背中が見えた。

「凪! 状況は?」

「思わしくありません。黒仮面の魂紋もまだ観測されています。白妖鬼もまだ数が残っているようです」

「了解した。近くに泉か川はあるか」

「残念ながら、水場はかなり離れています」

 水場が遠い、ということは、僕の水魔法の威力や効率が落ちるということだ。前のようにレヴィア様を人の姿で呼び出しても、僕の魔力がすぐに枯渇するだろう。

 僕は双月から降り、抜刀する。

「凪、君はここに待機して、僕達に黒仮面が近づいたら早めに教えてくれ」

「もちろんです」

「ノワは僕のすぐ後ろに。黒仮面が来るまでは体力を温存してくれ」

「そんな。先頭は私が……」

「クルシエルから降りた白妖鬼くらいは、僕でなんとかする。咄嗟のときも、僕なら水魔法の結界でダメージコントロールが出来る。ノワには、黒仮面が来たときに全力を出して欲しい」

「分かりました……」

「ソムニ達には、後方の警戒と援護射撃をお願いしたいんだけど」

「了解しました。後ろは任せて下さい」

 フォーメーションを確認してから、僕は罠や伏兵に注意しつつ、一歩ずつ慎重に進んでいく。

 古の神に捧げられたのだろう神殿の遺跡には、既に生々しい戦闘の痕跡が残っている。恐らくレナの風刃で切り裂かれたのだろう、至る所に白妖鬼の死骸や血痕がある。

 血痕を踏まないよう慎重に進む。もしブーツの裏を汚してしまうと、撤退時に追撃されやすくなるだろう。

 地下へと続く階段を見つけ、まずは手近にあった小石を投げ入れる。大袈裟に音が響くが、それに何かが反応する気配はない。

 また血痕を避けながら、下に降りていく。

 地下は光の魔法石で照らされ、歩くには支障がない。しかし、魔力の補充なしで光り続けていると考えると、現時点より古代の魔法技術の方が優れていると言わざるを得ない。

 感覚をより研ぎ澄まして神殿の奥へ進む。地上同様、無数の白妖鬼の死骸が落ちている。

 やがて、前方が塞がれたT字路に着く。一歩手前で歩みを止め、パーティーの状態を確認する。

 ノワも地龍の牙のメンバーも、付かず離れず隊形を保っている。

〈提督。白妖鬼の魂紋は消失しました。恐らく、黒仮面が殺したのかと。そちらに向かっています〉

〈了解〉

 途端に額から冷や汗が流れ始める。

 ここで奴と出くわして、生き残れるのか。

 まずは深呼吸をしてから、T字路の左右の様子を確かめ……。

「レナ!?」

 僕は思わず声を出してしまい、それが地下通路に大きく響く。

 嘘だ。

 こんなのは嘘だ。

 レナの首だけが、右の通路の真ん中に転がっている。安らかに眠るような表情なのに、間違いなく首だけが転がっている。

「嘘だぁっ!」

 僕は駆け出す。

 レナが、あのレナが、そんな簡単に……。

 あれは、幻か作り物に違いない。

 まさか、彼女がそんなあっさりやられるものか。

 僕はレナの首だけを見て駆け寄……。

「うわっ!?」

 突然、何かに足を取られ前のめりに倒れる。

「ルヴァ様!?」

 ノワの声が響く。

 僕の目の前には、すやすや眠る全裸のレナがいて、僕はそれに覆いかぶさる格好になっている。右手は小ぶりだが柔らかい物をつかんでいる。

「んー、お兄ちゃん!?」

 生きてる! レナの首と身体がくっついている。

「レナ、良かった」

「お兄ちゃん!」

 次の瞬間、僕の頭が抑えられ、レナの顔がより近づいて、彼女の唇が僕の唇を塞ぐ。

「あなた達は、何をやっているんですか!」

 背後からノワの怒声が聞こえ、火花が散るような光が見え、僕は気を失う。




 隠れ身の外套。

 着用することで、僅かな魔力消費で周りの風景に紛れて、姿を隠すことが出来るようだ。

 レナの首から下を隠していたのも、僕の足を取ったのも、この外套だった訳だ。

 僕はノワの膝枕で横になっている。彼女は、泣きながら僕の後頭部をさする。

「ルヴァ様、本当に本当に申し訳ありませんでした」

「あー、気にするなよ。何、誰だって驚く状況さ」

 レナが意地悪い顔になってノワを見ている。

「あのさ、ノワちゃんってさぁ、なんだかんだ言ってルヴァを独占したい気持ちが一番強いんじゃないの?」

「……」

 ノワは何も言い返せないようだった。

 僕が気絶したあと、結局、黒仮面は姿を現さなかったそうだ。

 ウラガン卿やコルナ殿下が率いる二百程の兵が到着したときにはすべてが終わったあとだった。攫われた女達は解放され、怪我がないか確認したあと、ウラガン侯爵家が手配した馬車で帰ったそうだ。

 ウラガン卿は二度と妖鬼の巣にさせないため、神殿の地下を探索し記録を残してから地下への階段を封印することにした。

 今も、腕の立つ兵が何人か探索をしているらしい。

「提督。隠れ身の外套をスキャンしてみましたが、恐らく古代の魔法技術で作られた魔導具かと。ソムニさんは何かご存知ですか?」

「はい。多分、糸をよる段階から暗黒魔法石の結晶を練り込んで作ってあるのかと。これなら、生き物が自然に発する魔力だけでも完璧に姿を消せます」

 姿を消す道具だとして、何でレナに掛けられていたのか。

「これ、黒仮面のやつだよね。どうしてレナに掛けたのか気になるし、誰もあいつの姿を見ていないのも不思議だ。レナは黒仮面の魂紋を追跡調査していたよね」

「はい。しかし、途中からは霊周波のジャミングが入って把握しきれませんでした。

 申し訳ありません」

「いいんだ。多分、これがあると楽して隠れられるってことじゃないかな。これが無くても、暗黒魔法で姿を隠せるんだろう」

「提督。もうひとつ気になるのですが、かなりの数のクルシエルが消えているんです」

「クルシエルが消えた? 殺されたんじゃなくて?」

「はい。入り口付近の部屋にクルシエルの厩舎を構えていたようなのですが、そこから瞬時にクルシエルの反応がなくなったんです」

 黒仮面が白妖鬼を虐殺して、クルシエルがいなくなった。普通に考えれば、黒仮面はクルシエルを奪いに来たということになる。

「何を企んでるんだ、あいつ」

「いずれにせよ、我等は都にいかねばならない」

 コルナ殿下が、覚悟を決めているような眼差しでそう言う。

 どうして、この方は、いつ死んでも構わないような表情なのか。

 僕は起き上がり、ソムニの部下が運転する魔導自動車に乗り、ドゥーリブに向かう。コルナ殿下の言うとおり、僕達には都へ行く以外の道は見えていないのだ。




「うわぁ、凄い、壁外だけでこんなに街が広がってる」

 レナが目を見開いてクロリヴ城外の街並みに見入っている。

 ドラガン河南岸には、倉庫や漁師町。その奥には小さめの市場や沢山の木造家屋が建ち並んでいる。世界中から集まった色々な髪色や肌色の人々が、行き交っている。

 僕達はウラガン侯爵家が保有するカラベル船に乗り込み、皇都に向かっていた。白妖鬼の件で迷惑をかけたからと、貿易用の船を一隻空けてくれたのだ。白妖鬼の事件で一日遅れた分はあっという間に取り返して、計画より早く都に着きそうだ。

 大きな街を見てはしゃぎまわっているレナとは違い、ノワとソムニは目を光らせながらも、騒いだりはしない。所謂、「おのぼりさん」に見られたくないのだろう。

 壁外の街並みに見入っているうち、気付けばクロリヴ港の桟橋が見えてくる。

 クロリヴ旧市街には軍港しかなく、そこは当然、皇国水軍の艦艇で一杯になっている。それとは別に、外郭の中に民間用の河港が整備されており、旅人や貿易商が行きかう場所になっている。

 船が桟橋に着き、僕達は上陸する。

 桟橋からは、虹龍の牙と呼ばれる岬が見えており、その岬に魔導大学の様々な施設が並んでいる。

「殿下、本当に私だけで参内して良いのでしょうか」

 マルタン兄さんは、第三皇女と一緒に旅をしてきて、自分だけで女皇陛下に謁見することに抵抗を感じているらしい。確かに、普通だったら一緒に御所に向かいそうなものだ。

「私は謁見許可を得るのに時間がかかるので。それに、オートン家にとっても、私と親密な関係だと思われない方が良いかと。何分、忌み名の姫と呼ばれるような立場ですから」

「とはいえ……、……分かりました」

 マルタン兄さんは踏ん切りがついたようで、ソムニ達、地竜の牙の幹部達と、自分の家臣数名とで御所に向かうことになった。

 僕、ノワ、レナは、早速魔導大学に向かうことにする。

〈あのー〉

〈ああ、凪か〉

〈なんですか、そのうっかり存在忘れてたみたいな反応は!?〉

 忘れてた。

〈ひどい! 美少女で出来る女でこんなに提督に尽くしている凪ちゃんに、感謝も愛情もないんですか?〉

〈いかん。聞こえてたか〉

〈聞こえますよ、これはそういう通信なんです〉

〈それで、どうしたの?〉

〈私も魔導大学行ってみたいんです!〉

〈ごめん、凪。この大都会に潜空艦を止めるような場所ないだろ〉

〈こうなったら、河の中に止めてやる〉

 おいおい、無茶するなよ。

 あと、君みたいな不思議生物があそこに入ると、何をされるか分からないよ。普通に捕獲されて実験動物にされかねない。

 そのとき、僕の足元で大きな水音がする。レナはきゃっ、と叫び、ノワは居合抜きの姿勢をとる。

 びちゃ、びちゃ、と気味の悪い音がして、それは桟橋に上がろうとしているようだ。

「キャァー、出たぁ!」

 レナが抱きついてくる。

 桟橋に登って来たのは、水色の髪の幽霊みたいな女だ。

「無理〜〜〜」

 レナが泣き出す。幽霊とか苦手なのか。

「糞ビッチ女狐〜。提督から離れなさい〜」

「ひぃぃぃぃ……」

 レナが気絶して、僕の身体に重みがかけられる。

 そこに幽霊――もとい、凪が手を出す。

「早まるな、凪。今、バランスがっ」

 気付けば河に真っ逆さま。僕の手を引いて助けようとしたノワまで含めて、全員で河にドボン。

 予定変更。

 まずは風呂だ。


 クロリヴには、公衆浴場がひとつだけある。全裸は禁止されていて、殆どの人は水着で入る。手元にない人のための貸し出しもあり、僕達はそれぞれ水着を借りて入ることにした。

 こういうとき、男は楽な物で、さっと裸になって水泳パンツを履く。

昼間から大勢の人が水着を着て温泉を楽しんでいる。

僕は魔導大学にいる間、良く通っていたので、勝手は知っている。大理石に滑り止めの凹凸を彫り込んだ床と、高い天井、ナトリウム天然泉と思われる透明な湯。入り口近くにある桶で掛け湯をしてすぐ入ってもよいのだが、今日はまず身体を洗いたい。

早速、隅にある洗い場で、河の水で汚れた身体を奇麗にする。

 すると、目の前の壁をすり抜けて凪が現れ、僕に抱きついてくる。白いビキニがよく似合っている。しっかりボリュームのある胸の谷間が目の前に、つやつやの太股が僕の胴体をホールドする。

「やめろ、公共の場だぞ」

「でも、私のせいで河に落ちちゃったんですから、私が提督のお世話をします。

「いいから、自分の身体を洗いなよ」

「ダメです」

 そう言って僕に跨がったまま、身体をクネクネと動かし始める。

「待て、それは、やばい。反則だ」

「こらー、抜け駆け禁止ーー!!」

 レナの大声が響く。ピチャッと足音を立てながら、僕の真後ろで足を滑らせ、すってんころりと仰向けに倒れる。そして、思い切り頭を打っている。

「大丈夫か?」

「いてて。お兄ちゃん、起こして!」

 それは無理だ。凪の反則技で僕の僕が起こされてしまっているので、立ち上がると立ち上がっている物で水泳パンツがこんもりしてしまい、色々よろしくない。

「すまん、今は動けない」

「やだぁー、お兄ちゃんが起こしてー!!」

 幼児か。

 レナが幼児のように騒いでいるのを見て、後から来たノワがレナを起こす。前かがみになったノワの豊かな胸の谷間が良く見える。

 というか、ノワの胸ってそんなにボリュームあったっけ?

 そんなことを考えていると、ノワとレナまで意地悪な顔をしてこちらを睨んでくる。

「へぇー、お兄ちゃんと凪、楽しそうじゃない」

「凪殿。独占はなりません」

そういうと、二人も凪の反則技を真似し始め、大変なことになってしまう。他の客達も眉を顰めたり、半笑いになったりしてこちらに注目している。

公衆の面前で集団逆レイプとか本当に泣ける。

「や、やめろ。まじで、止めてください」

「そこまで」

 凛々しい声に、僕を含めてみんなが顔を上げる。

 真っ赤な髪の毛に、真っ赤なビキニ。身体全体は引き締まって痩せているのに、そこだけ豊満な胸。

 ああ、こんなところでこの人に会うなんて。

「ワシのサルをいじめるな」

 魔導大学の一風堂変わった有名教授。クラーラ=ウェストン先生。

 僕の指導教授だ。

 た、助けてください。

「サルをいじめるのはワシの仕事じゃ」

 どうぞ、お帰り下さい。

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