第4章4話 元カノ登場!?
魔導大学は、今から約八百年程前、純人族の天才魔導師ディーオ=コシェンツァが中心となって設立した魔導師と魔法研究者、学生、職員による組合だ。
現在、世界中で大学と呼ばれるものの中で一番古い歴史を持ち、虹龍の牙と呼ばれるドラガン河に突き出た岬一帯をその敷地にしている。
因みに、大学の魔導師や学生を相手にする商人達が作った街がクロリヴで、やがてその経済的価値と立地の良さ、魔導大学とのコネクション作りに目を付けたドラフォ朝リュミベート皇国がここを首都にしたのである。
引き続き、エシェー朝リュミベートもクロリヴを首都とし、現在約五十万の人々が暮らす世界でも有数の大都市となった。
「サル、水以外の精霊との契約は成ったか?」
この人は、いつも痛いところを突いてくる。
◆◇◆◇◆
なんとか温泉で身体を清めた僕は、ヘトヘトになりながらも魔導大学にやってきた。ノワ、レナ、凪の三人も着いてきている。
クラーラ先生が「娘達に案内してやる」とのことで、先頭に立ってツアーガイドのようなことをやりながら歩く。とてつもなく癖の強い人だが、決して悪人ではなく、優しい人なのだ。
大学の門はいつでも開かれているが、邪心が強い物は通れない結界になっている。門を超えると、いくつもの棟が並ぶ。ひとつひとつが石造りに彫刻を施した城や大教会を思わせる豪奢な造りになっている。そして、その殆どに魔除けの蔦が絡まっており、如何にも魔導師達が集まりそうな見た目だ。
「まだレヴィア様としか契約出来ていません」
「ほーう。格が釣り合わんからかのぉ。サルの素質を考えれば、基本四元素の精霊全てと契約しても良さそうなものじゃが」
この人は、見込みのある学生をサルと呼ぶ。その気に入った学生を連れ回しては、学内で始終トラブルを起こすので、ある意味で学長よりも知名度が高い。
何せ、生まれる前の長い夢では、織田信長だった人だ。繊細かつ大胆、パワハラじみてるけど、不思議な人徳で言うことを聞かせてしまう。前世そのままのカリスマ性がある。
「河龍レヴィアだったか、少し嫉妬深いのかのう」
「レヴィア様自身は、他の精霊が怯えて遠慮するからと言っています」
「そうは言うじゃろうな。実際はどうか」
そのとき、近くの棟が爆発し、窓が吹っ飛ぶ。無意識の内に水の結界が張られ、みんなが守られる。
「提督、敵襲ですか?」
「いや、実験だと想う。よくあることだから」
ノワとレナはポカンとしている。凪は引きつった表情で、周囲を警戒し始める。
どこかから獣の雄叫びと女性の悲鳴が聞こえてくる。
「提督、これも実験ですか」
「多分。まぁ、本当にヤバければ本人や近くにいる人がなんとかするでしょ」
「ここは奇人変人の集まる場所じゃからな」
あなたがその奇人変人の筆頭ですが。
学内を歩いている学生は、大抵が僕と同じ貴族の子弟という身なりだ。そして、その中で浮き上がってしまう独特な雰囲気の人間が、魔法を極めるために研究と修練に勤しむ学生だ。
「ところで、女子共は皆サルの女か?」
「違いま……」「そうだよ」
レナが僕の返事に被せて大声で言う。
「三人ともお兄ちゃんの愛人だよ」
「嘘をつくな」
「やはり、サルはスケベじゃなぁ。何故わしには手を出さなかった」
「な、何を言ってるんですか?」
「まぁ、こっちにいる間はミトレに独占されてたからのう」
「それ、どういうことでしょうか?」
凪が凄い剣幕で話に食いついてくる。
「サルの元カノよ。あれ、別れたよな? まだ身体の関係はありか?」
「ないです!」
ノワ、凪、レナが暗く沈んだ瞳に静かに殺気を宿している。
「あ、あの。クラーラ様。その方にお会いすることは出来ませんか?」
なんだか、ノワの目が人斬りの目になってる。
「ほぉ、肝が座った女子じゃ。良かろう、着いてこい」
「そんな時間……」
言いかけたところでノワに口を塞がれる。レナはなんで鯉口を切っているのかな……? 死にたくないから、従うしかないか……。
立ち並ぶ石造りの建物の一つに案内される。階段は薄暗く、湿った空気が肌にまとわりつく。最上階の四階につくと、クラーラ先生が一つだけあるドアをノックする。
「はーい!」
若い女性の声。
「開けましたー。どうぞお入りください」
クラーラ先生が先頭に立ち、中に入るのかと思いきや、先生は僕の首根っこをつかんで中に押し込む。
それに合わせて、鋭い風刃が二つ、僕に向かって飛んでくる。無意識に水の精霊の結界が張られ、風刃を吸収する。
「ルヴァ君、流石ね」
「ど、どうも。お久しぶりです」
僕がそういう間にも、ノワ達は口々に挨拶をして、部屋に入っていく。
ミトレ=ライラナ=ハベル精霊魔法学部学部長が、いつもと変わらない余裕のある笑顔で迎えてくれる。スレンダーな身体を花柄のワンピースで包み、白に近い銀髪を長く伸ばして下ろしている。翡翠色の瞳は窓から入る明かりに照らされ輝いている。
その美貌のみならず、部屋に入った人を魔法で攻撃する癖も変わっていない。
「ミトレ=ライラナ=ハベルと申します。皆さん、ルヴァ君のお友達?」
その質問に、クラーラ先生を除く全員が頷く。
「未熟な夫ですが、よろしくお願いします」
「「「!!」」」
ノワ、凪、レナが凍りつく。
「娘共、取り乱すでないぞ。ミトレは久麗族の女じゃから、制度的な結婚は無いんじゃ。自分でこいつと決めた相手を夫と呼ぶだけじゃからな」
クラーラ先生、ナイスフォロー。珍しい。
「じゃが、やはり身体の関係は続いておるのか」
「「「!!」」」「続いていません!」
やっぱりクラーラ先生はクラーラ先生だった。というか、三人分のおぞましいほどの殺気が……。
「あら、ルヴァ君、この子達もガールフレンドなの?」
「え? あ、いや」
「ふふ。お盛んなんだー! 私が傍にいてあげられないからって、三人も手を出して」
「ミトレさん、僕はミトレさんから自立したつもりで、それをいいに来たじゃないですか?」
「んー? 故郷に帰ります。もう自立しますって言ってたやつ?」
「はい」
「これからは一人前の男として扱って欲しいって意味でしょ。うんうん、いいよ。他にガールフレンドいても。私の種族は一夫多妻制なんだから」
「そうじゃなくて!」
「ミトレには伝わってなかったようじゃな!」
クラーラ先生がガハハと笑う。
「提督。騙されています!」
凪がヒステリックに叫ぶ。
「見た目こそ私達と変わらない年齢のようですが、この方は確か大学創立メンバーで、1000歳近いお歳のはず……」
「あら、詳しいんだ。それくらい、ルヴァ君も知ってるよ。ウチの種族ではまだまだ若い方なんだよ」
「と、とはいえ、これはショタコン事案です。1000歳近い女が、提督を誑かすなんて、犯罪です! 青少年保護育成条例違反です!!」
「僕、この世界ではとっくに成人だから。失礼なことは言わない!」
語気を強めにしてたしなめると、凪は半泣きになって黙る。
ノワとレナも結構凹んでる。だから、ここに来るのは嫌だったんだよなぁ。
「みんな大丈夫だよ。私、ルヴァ君を独占する気はさらさらないから。でも、別れる気も全くないよ。だから、仲良くしよ」
ミトレさんはノワ、凪、レナの手を取り、全員の掌を重ねる。
「ルヴァ君のガールフレンド同盟、結成だね!」
なんなんだ、その同盟。止めて下さい。
三人が魂が抜けた表情なのに対し、ミトレさんだけひとり張り切っている。
「よく分からんが、サルの元カノ問題はひとまず解決かのう。それで、学長のとこの魔導石がいるらしくての。せっかくじゃから、手伝ってくれんか」
「え!? あんな危ない物、何に使うの?」
「うむ。そういえば、何に使うんじゃ、サル」
そこで、僕はこれまでの経緯を掻い摘まんで全て話す。ミトレさんもクラーラ先生も、並大抵の人物ではない。隠し事をしても近いうちにばれてしまいそうなので、始めから包み隠さず話すことにする。
皇玉を預かっていること。潜空艦を動かすには大型魔導石がいること。代わりがあれば、皇玉は返して貰えること。
「へぇ。潜空艦かぁ。凄い話ね」
ミトレさんは頭の中で僕の話をゆっくり噛み砕くような表情で聞いている。
クラーラ先生は、前世から引き継いだ好奇心を丸出しにして、潜空艦の話に目を輝かせている。
「しかし、あの頑固な学長がそうそう素直に魔導石を渡すじゃろうか」
確かに、学長が素直に大型魔導石を渡してくれる保証はない。
「でも、とにかく他にあてがない以上、そこに当たるしかないかと」
「ところで、凪ちゃん、だっけ? 少し疑問があるんだけど、聞いていい?」
「はい。何か」
凪の態度が悪いので、僕は凪を睨む。ミトレさんはいつもフレンドリーに接してくれるけど、本来は尊敬されるべき大魔導師なのだ。
「まず、未来からここまではどんな燃料で来たの? それから、元々この時代に現れたのはどうして?」
「はい。未来からここまでは消費型エリクシウムという燃料で来ています。片道切符です。そして、この時代に来た目的は、守秘義務がありお話出来ません」
「秘密なの? でも、ここまでの話と繋げて、分かっちゃった!」
ミトレさんが目を輝かせている。
「目的は、半永久的に使える魔導石を手に入れに来たんでしょ。それに、多分、大型魔導石一個だけだと、時間を遡ることが出来ないんじゃない? 消費型エリクシウムとやらも希少で、そうそう何回も使える物じゃない。このまま帰ったら、もう時間を遡れない蓋然性が高い」
ミトレさんが凪の顔を覗き込む。凪はポーカーフェイスで反応する。
「ふむ。なるほど、色々合点がいくのう」
「でしょー。もっと思い切って仮説を立てるとぉ、ルヴァ君を未来に連れて行くつもりなんじゃない?」
ミトレさんと凪を除いたそこにいる全員が驚きの声を上げる。
「黙秘します」
確かに、ミトレさんの仮説を辿ると、今までの疑問が色々説明できる。
今まで時間の流れを近道したり、遠回りしたりはしていたが、遡ったことは一度もない。そして、オートン家の金庫の隣にあった大型魔導石を手に入れた凪が、その場で待機していたのは、僕が現れるのを待っていたと考えられなくもない。
「凪、これ以上は、秘密はなしだ。つい成り行きで君に協力しようとしてきたし、君にも色々助けて貰った。でも、人の命が幾つもなくなっているんだ。これ以上、目的も分からずに協力は出来ない」
凪はポーカーフェイスを続けている。
と、思ったら、大粒の涙をこぼし始める。
「提督……」
凪が、固く結んでいた唇を開く。
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