第8章12話 決着
スパーダさんは、剣術では将門を圧倒している。しかし、どんなに深傷を負わせてもすぐに回復する将門にとどめを刺す段階までは至らない。
将門を倒すには、やはり僕の「消去」が必要なようだった。しかし、将門はスパーダさんに圧倒されながらもうまく立ち回り、僕との間にスパーダさんの身体がかぶるようにしてくる。
僕はミトレさんに水の回復魔法をかけてもらいつつ、将門だけを消去できる角度を探して走る。しかし、その動きはほとんど将門に見抜かれている。
「クソッ、
「私も行きます!」
ミトレさんの回復魔法で外傷を癒した桐野少将が、将門に向かってい……いや、桐野少将じゃない。
「ノワ!?」
「はい。お待たせして申し訳ありません!」
それだけ言ったノワは、スパーダさんの邪魔にならない位置から将門に斬りかかる。将門の顔から嗤いが消え、スパーダさんとノワの攻撃に防戦一方になる。
「この日のために、ずっと内功を練る修行を続けていました。ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」
「ノワが斬った傷の治りが遅い?」
「はい。気をのせた剣は悪霊に強いのです」
「それで、ずっと隠れて修行を……」
心配したことに対する恨み言が出そうになるが、今はそれどころではないと考え直す。
「将門、消えろ」
ノワとスパーダさん二人から攻撃されて、将門は僕との距離や角度を調整する余地がなくなっている。
「将門、消えろ」
将門と周囲の空間が、映像のノイズのようにグシャグシャになっていく。
「待て、小僧。なかなかやるではないか。その力、ワシと組んで日の本のために使わぬか?」
「将門、消えろ」
「早まるな、小僧。ワシと貴様が手を組めば、天下を平定することも容易いだろう。共に日の本の民のために……」
「将門、消えろ」
「御所に隠れて何もせぬ
――お前は、僕の大切な人達を苦しめ過ぎた。力と恐怖の政治なんて御免だ。
「僕はお前を認めない! 消えろ、将門!」
断末魔の叫びが辺りにこだまする。全身が血だらけになった将門の身体が、次第に小さくなっていく。
「この恨み、この恨み……」
「消えろ、将門!」
最後には黒い靄だけになった将門の身体が、それでも最後の抵抗を見せる。
「消えろ! 将門――――!!」
将門の姿が完全に消え、辺りが妙な静けさに包まれる。
「勝った。本当に……」
凪が腰から崩れ落ちる。
「どうした?」
僕の声に、凪は柔らかく微笑んだ。
「なんか、すごくホッとしちゃった」
僕は凪に微笑み返す。そして、ノワ、スパーダさん、ミトレさん、ソムニ、レナに微笑みかける。
「ルヴァ様……」
「やるな、ルヴァ」
「やったね、ルヴァ君」
「ルヴァさん、やっと……」
「勝ったね、お兄ちゃん」
「ああ。皆、ありがとう」
もう一人の凪が、通信を寄越してくる。
「提督、クラーラ先生から戦勝の報告が来ました。剣狼騎は全軍降伏して、サジェフォルス=カボレ=ラーム、ウリエン=バリエ=オートンの身柄を確保したそうです」
「そうか。良かった。凪もご苦労さま。スパーダさんの件、助かったよ」
凪がスパーダさんに手伝いを頼んでくれた。冷静に考えれば、それ以外に考えられない。
「私の勝手な行動でしたが、お力になれたなら幸いです」
父を失い、密かに自分を信頼してくれていた長兄も失い、次兄に恨まれ、これから処刑しなければならない。それでもやっと、旅を終えることが出来る……。
「ノワ、心配したんだぞ……」
「はい、申し訳ありません。ルヴァ様」
ノワが僕に向かって走ってくる。
僕はノワがいなかった時間の長さを考えた。僕は、自分で思うよりずっとノワを待っていたようだった。僕は自分のそばに、いつでも、……ノワにいて欲しいんだ。
ノワの速度が変わる。彼女も待ちきれないと思ってくれているなら嬉しい。
「ルヴァ様!」
「ノワ」
僕がノワを抱きかかえると同時に、ドス、という鈍い音が聞こえる。僕の右手に熱い液体がかかる。その手をゆっくり動かして見ると、真っ赤な血で覆われている。
「ルヴァ様……、ご無事ですか……良かった……ルヴァさまぁ……」
「ノワ?」
ノワの身体が崩れ落ちる。その背中には、将門の左腕が刺さっている。
「消えろ! 将門ぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!」
将門の左腕が、黒い靄に変わり消えていく。僕は急いで自分のマントを脱ぎ、ノワの背中の傷に押し付ける。
「ノワ! ミトレさん、回復魔法を……凪、輸血は、輸血は出来ないか? スパーダさん、回復の聖水を持ってませんか? ノワ! 嘘だろ、ノワ!」
「ルヴァ君、止血はもう大丈夫。……ルヴァ君? 止血はもういいから、あなたも水魔法を!」
「は、はい」
ノワの出血は止まったが、脈が弱く、呼吸が浅い。僕とミトレさんは何度も水の回復魔法をかける。それでも、ノワの意識は戻らなかった……。
◆◇◆◇◆
「将門はバルサロス=カナン=サルストという剣狼騎の貴族に成りすましていたようです。バルサロスの近親者は死に絶えていて、元からそのような環境だったから将門に取り憑かれたのか、取り憑いた後に将門が近親者を手にかけたのか、それは不明です」
子供の凪は、佐藤一佐(つまりは、別の世界線の僕)の指揮する潜空艦に乗って過去に帰っていき、代わりに大人の凪が潜空艦内にいる僕に報告をくれている。
「サルスト領は先日封じられた直轄領と隣接しているため、こちらの領土もオートン伯爵領とするよう指示があったようです……提督、コルナ殿下とご結婚なされたら少なくとも辺境伯には任命されたと思いますが……」
「凪も意地悪なことをいうな。僕はノワを生涯ただ一人の伴侶に決めたんだ。たとえ女皇陛下に命令されても、それを取り消すつもりはないよ」
「ノワさんが羨ましいです。提督にこんなに愛されて」
人工呼吸器をつけられ、穏やかに眠るノワの左手薬指には、僕と揃いの指輪がつけられている。ババルさんが作ってくれたものだ。
僕が力強くノワの左手を握ると、わずかに握り返してくれたような気がする。
「素早い止血に水魔法での治療。聖水での除菌も適切でした。ただ、将門の呪いの力がノワさんの心を攻撃したのかもしれませんね」
「どちらにしても、こうしてノワの温もりを感じることはできる。僕にはこれで充分だよ」
「提督はそうでも、ノワさんは早く幸せな現実に戻りたがっているかもしれませんよ」
「そうか、そうだね。ノワ、僕は新たに作られたオートン伯爵領に封じられたんだ。今までの子爵領も継続してみていかないといけない。女皇陛下に跡継ぎを早く作れと急かされてるんだ。君の力が必要なんだよ」
「サイッテー。それ、冗談のつもりですか?」
「面白くなかった?」
「ただのセクハラで寒すぎますね」
「だってさ、ノワ。僕の下手な冗談でも笑ってくれる君がいないのは淋しいよ」
「提督、あなたに大人のロマンスを期待した私が馬鹿でした。今日はもう
「はい」
集中治療室を追い出された僕は、潜空艦の中をブラブラ散歩することを決める。近世ヨーロッパ風の世界に突然現れたSFチックな構造物に、僕は本当に驚いたのを思い出す。
洞窟が崩れてしまい、再会したばかりのノワと僕はすぐに引き離されてしまった……。そして、ノワとリィエが僕を探しに来てくれて……。
リィエのことは、まだ僕の心に引っかかっている。僕は取り返しのつかない過ちを犯したのだ。僕は、彼女の気持ちを考えたことがなかったからだ。
僕はもう、同じ過ちを犯したくない。僕はノワの気持ちに応える。いや、僕もまた、ノワのことを求めている。ノワを妻として迎え、一生大切にしたい。
CICに戻ると、潜空艦が今いる地点の時間と空間座標が表示されている。そろそろ、到着するだろう。
ちょうど、凪も清拭を終えて戻ってきた。
「提督。浮上しますから、しっかり対ショック姿勢を取ってください。下げー舵」
メインモニターに、夜の深い森が見えてきた。これはクロリヴ近郊の森の中だ。
「久々の帝都だ。じゃあ、行ってくるよ」
「お気をつけて」
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