第8章13話 続く旅路

 二カ月ぶりに見た帝都は、変わらぬ活気に溢れていた。僕は街の様子を見学しつつ、オートンの上屋敷に向かう。魔導大学を卒業してからは、帝都に来るときいつもバタバタしてあまり使ったことがないが、数人の家臣が常駐して主の利用を待ってくれている。


 上屋敷には、直轄軍将校としての訓練を受けているレナが休暇の日に宿泊している。


 オートン家は、税を多く払う代わりに、独自の兵力を持っての軍役を免除された。有事には直轄軍の将校として数名が参加すればよく、家臣や民を兵として駆り出さなくてよくなったのだ。


 これは女皇陛下の常備軍を拡大する政策の一環であり、マルタン兄さんの構想にかなったものだ。戦闘職だった家臣の多くは常備軍に雇われた。残りは警察職を兼ねて自衛兵として領内にいる。


 ちなみに、八狼騎の名門だった剣狼騎は解体され、女皇直轄軍の獣騎兵連隊に再編成されている。地竜の牙も、銃歩兵連隊として直轄軍に参加することとなった。

 

 僕は直轄軍で魔法騎兵連隊をひとつ任されて、大佐の階級を与えられた。オートン家が代々勤めていた剣狼騎随伴魔導師は、階級でいえば少尉から中尉程度なので、大出世だ。


「ようこそおいでくださいました。ルヴァお坊ちゃま」


 執事が笑顔で迎えてくれる。お坊ちゃま、という箇所が気になったが、魔導大学にいたとき以来の久々に会った家臣をそんなことで咎めたくないので、なかったことにする。


「レナ姫様は今夜お戻りの予定です」

「ん? 姫様?」

「はい。坊ちゃんのご愛妾あいしょうであると聞かされていましたが?」

「誰から……?」

「はい、ご本人からです」

「……」


 執事が笑顔で答える。愛妾、という箇所が気になり過ぎるが、久々に会った家臣をそんなことで咎めたくないので、今は黙っておくことにする。


「あー、一応、僕のベッドはレナとは別の部屋で用意してくれるかな」

「はい……? お久しぶりでしょうに、我慢されなくても。音や声のことでしたら、私たちには一切何も聞こえないのでご安心いただいていいのですが……」

「……うん、そういうこととはちょっと違うんだ。とにかく、僕のベッドは別の部屋で」

「かしこまりました……?」


 これは、レナが戻ったら叱ってやらないといけない。善良な執事をだましたことは、デコピン百回に値する。


 僕は荷物を軽く整理して、身軽になってから魔導大学に出発する。学生の頃のように市場を散歩がてら、ゆっくり向かう。


 少し小腹が空いたから、牛肉の串焼きを買い、食べながら歩く。魔導学士の証を見たご主人が、代金を少しオマケしてくれた上、肉を一切れ増やしてくれた。


 一応、伯爵の証も直轄軍大佐の証もつけてはいるが、やはりクロリヴは魔導大学の街なのだ。


 大学のある高台の麓に立つと、学内の喧騒が風に乗って聞こえてくる。門を通ると、そこではコルナ殿下がわざわざ僕を迎えるために待ってくれていた。


「で、殿下?」

「う、うむ。ゆっくり散歩出来たようだな」

「すみません、まさかお待ちいただいてるとは……」

「いや、上屋敷の者にルヴァ殿が到着したら先触れをするよう頼んでおいたのは私の勝手だ。加えて、ミトレ殿もクラーラ殿もどうせ散歩しながらゆっくり来るだろうからと一度戻ったのに、ここで待つと決めたのは私自身だ」


 コルナ殿下は、顔を赤くしてそう言う。そして、ミトレさんとクラーラ先生を迎えにいくため、僕の隣に回り込む。


「どうですか? 魔導大学での生活は?」

「うむ。毎日がとても充実しておる。とても楽しい」


 かつては忌み名の姫と蔑まれたコルナ殿下だが、一連の事件を通して実力で女皇陛下の信頼を勝ち取り、皇太女に任命されたのだ。

 その一環として、体系的な魔法を習得するために魔導大学に住み込むことになったそうだ。


「ルヴァ殿、ノワ殿は変わりないか?」

「はい。おかげ様で少しずつ反応が出るようになってきました」

「それは何よりだ」


 ちなみに、コルナ殿下と僕は、いわゆる男女の付き合いをしている。リュミベートの皇室では、女皇陛下と皇太女殿下だけは正室のいる男性と付き合っていいことになっている。


 いわゆる「優秀な遺伝子」を、皇室に取り込むための制度だ。


 僕は始め、ノワのために断ろうとしたのだが、陛下と殿下の強い望みを断り切れなかった。だからといって、殿下は僕に男女の行為を強要していない。ノワの回復を待って、ノワの許可を得るまでは一線を越えないとおっしゃっている。


 やがて研究棟の立ち並ぶ区間に差し掛かったところで、ミトレさんとクラーラ先生が立ち話をしていた。


「おお、サル。久しぶりじゃの」

「ルヴァ君、今日はおめでとう」

「ありがとうございます」


 今度は四人で麓まで降りて、馬車で教会まで移動する。そこで滞在中のスパーダさんを乗せて、オートン上屋敷へ、そしてレナを乗せてデコピンを何回かくらわせて説教する。


 にぎやかにしていると、あっという間に時間が過ぎて、潜空艦を降ろした森にたどり着く。


「皆様、お待ちしておりました」


 凪が動きやすそうでいて、上品さを感じさせる水色のドレスに着替えている。先についていたソムニも凪と一緒に迎えてくれた。

 着替えの必要な女性陣から先に艦に乗り込み、僕とスパーダさんはゆっくりと乗り込む。


 今日は、ノワの十六歳の誕生日だ。凪とソムニに真っ白なドレスを着せてもらったノワは、まるで花嫁のように清楚で気品のある姿だ。

 ノワの黒い長い髪が、純白のドレスによく映えている。


「ノワ、綺麗だよ。素敵なレディになったんだな」


 僕の眠り姫が、それとなくドヤ顔をしたような気がして、僕はほくそ笑んだ。


「おいおい、見せつけてくれるじゃないか」

「あ。スパーダさんがいるの忘れてた」

「言うねぇ。俺なんか眼中にないよな、そりゃあよ」


 パーティーが始まると、皆が代わる代わるノワに話しかけて、プレゼントを置いていってくれる。その度に、ノワのベッドがにぎやかになっていく。


「きっと、本人も喜んでるよ。皆、ありがとうございます」


 大きな拍手が生まれる。


「あら、ルヴァ君は新しい指輪だけだったの?」

「え? だけって?」

「あなたの眠り姫にキスくらいして上げていいんじゃない?」

「え? こんな大勢の前で?」


「ルヴァさん、きっとノワさんは待ってますよ」

「そうだよ、お兄ちゃん。ノワちゃんは白雪姫みたいな瞬間を待っているのかもよ」

「そんな、おとぎ話じゃないんだから」


 そう思いつつ、皆にはやし立てられ、僕はベッドの傍らに立つ。眠っているノワの端正な顔立ちを見て、さらに凪にリップを塗って貰ったのだろう艶やかな唇に目をやる。


 僕は自分の心音が次第に大きくなっていくことを自覚して、深呼吸をする。


「そこまで緊張するかの、普通?」

「僕はプレイボーイではありませんから」


 僕はノワに身体を向けて、もう一度深呼吸してから、ノワの顔に自分の顔を近づけていく。柔らかな唇同士が触れあうと、ノワの温もりが伝わってくる。


 僕は誰かに抱きしめられた感覚に囚われる。ノワの唇が少し開いて、僕の舌が勢いよく吸い込まれる。僕は夢中になってノワの舌と自分の舌を絡める。


 僕は唇同士を離すと、少し力を入れてノワの上半身を起こす。まさか、まさか本当に、おとぎ話みたいなことが……。


「ノワ、わかるか? ここは『朝凪』の中だよ。仲間たちも揃っているんだよ」

「うむ、承知している、ルヴァ殿」

「え? ……桐野少将?」


 場の空気が凍りつく。


 しかし、次の瞬間には女の子のクスリと笑いを堪えるような声が聞こえ、やがてそれは大きな笑い声になる。


「冗談ですよ、ルヴァ様」

「ノワ、ノワなんだな」

「はい。ノワ=スルス=エペー、あなたの従者かつ、……花嫁、なんですよ、ね?」

「ああ。僕の可愛い花嫁だ」


 僕はもう一度、ノワの唇を奪う。ノワの両手が僕の背中をつかみ、引き寄せる。


「ノワ、改めて。僕と結婚して欲しい」

「はい、一生お供させてください、ルヴァ様」


 仲間たちの拍手が「朝凪」の中でこだまする。僕はベッド脇に腰掛けて、ノワの肩を掴む。仲間たちの笑顔を見回してから、改めて傍らのノワと目を合わせて、微笑み合い、互いに強く抱き合う。


 僕とノワの旅は、今、始まったばかりだ。





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刀と魔法と潜空艦 青猫兄弟 @kon-seigi

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