第7章3話 厚木攻防戦

 僕達は、優に二十人はいる黒仮面に囲まれていく。仲間達の動揺も大きい。


 レナはみるみるうちに青ざめていく。つい先日亡くなったばかりの兄を思い出したからだろう。


「レナ、中身が誰かは分からない。しっかりするんだ!」


 言葉が届いたのか、レナは二刀流の小太刀同士を重ねて、戦闘態勢をとる。


「全員、建物の中へ!」


 僕は叫ぶような声で皆に指示を出す。もし黒仮面の実力が以前倒した相手と同程度なら、広い場所で戦って勝ち目はない。


 黒仮面は桐野少将を警戒しているらしく、軽々に手を出して来ない。桐野少将が扉口を抑え、近くの二つの窓をそれぞれレナとコルナ殿下が抑える。


 体制が整ったところで、僕はレヴィア様を龍の姿で召喚する。超常的な気配に黒仮面達が警戒する。青く晴れ渡っていた空が急に暗くなり、大粒の雨がアスファルトを叩く。

 空に現れた水龍は高みから地上を見下ろし、自らの契約者とその敵を見極めているかのようだ。


 水の龍が落ちるかのように、勢いをつけて地上に近づいてくる。黒仮面達は散開するが、龍はもっとも数が多い場所を狙い、軌道を修正している。


 海が落ちてきたような大音量と共に、よけ損なった黒仮面数人が叩き潰される。厚木基地そのものを覆ってしまいそうな巨大な水の塊が、再び竜の姿を取って天に舞い上がる。


 黒仮面の一部は建物に侵入しようとするが、僕達は協力してそれをさせない。特に扉口にいる桐野少将は黒仮面数人を既に斬り殺している。


 レナも顔を青ざめさせたままとはいえ、窓からの侵入をよく防いでいる。ソムニの魔導銃による援護も相性がいいらしく、黒仮面に隙を与えない。


 そのまま何回かレヴィア様による攻撃が繰り返され、こちらに侵入しようとする黒仮面は一対一で退ける。


 数人の黒仮面が避難に成功したのは見られたが、それでもかなりの数を倒すことが出来た。

 

「お兄ちゃん……」


 レナが呆然としている。

 仮面が外れた死体の中身が、どれも先日倒した男と変わらないのだ。


「クローンだろうか」

 佐藤三佐の意見に、僕も賛成する。


「レナ、そうなると、もしかしたらお兄さんは大元としてどこかにいるのかも知れない」


 レナのしょげていた狐耳が、ピンと真っ直ぐになる。

「ありがとう、ルヴァお兄ちゃん!」


 魔力の消費量を考え、レヴィア様の召喚を解除する。

 確認出来ているところでは、黒仮面の人数は残り五人に減っているはずだ。

 後は自分たちでなんとか出来る自信を持てた。


「外に出て、なぎのいるガレージに向かおう」

 僕が叫ぶと、仲間達から了解の声が聞こえる。

 前衛・中衛・後衛に分かれて、建物沿いを走る。


 途中で立ち塞がるモンスターを倒し、「朝凪あさなぎ」のガレージに到着する。


 しかし、そこには五人の黒仮面が細長い剣を構えて待っていた。


「ちぇぇぇぇぇぇえ!」

 桐野少将の声が響いたと思うと、黒仮面がひとり頭を割られて倒れる。

 他の四人が一斉に桐野少将に斬りかかるが、その隙を突いて僕の魔法とソムニの魔導銃で攻撃する。


 二人に直撃し、残り二人は桐野少将に倒されていた。


 桐野少将の助力はあれ、前よりも落ち着いて戦闘に臨めるようになり、自分達の力が確実に向上しているのを感じる。

 将門の圧倒的な力を、いつかはしのげるようになるのかもしれない。


 ガレージに飛び込むと、「朝凪」はエンジンをふかしていつでも出航できる状態になっている。


〈提督。現状、外壁の仮補修が終わったところです。内装の補修はまだですが、それでも浅い深度で活動するには問題ないそうです〉


「そうか。なら、浅深度せんしんど航行しつつ支援を頼む」

〈承知しました〉


 僕の声を聞いた佐藤三佐が「待て」と大きな声をあげる。

「君達も朝凪に乗って安全確保をしなさい。この基地のことは、自衛隊と米軍で何とかする」


「目の前で友軍が苦戦してるのに、見捨てる訳がないじゃありませんか!」

 僕は強い声で言った。


 その言葉に、佐藤三佐だけでなく、整備作業に取り組んでいた自衛官達の目つきが変わる。


「よし、朝凪が出撃可能なとこまで治ったんだから、俺らも戦うぞ!」

 ベテラン自衛官がそう言うと、自衛官全員がガレージの片隅に並べられていた小銃を取りに走り出す。


「皆さんにはまた朝凪の整備を行っていただかないといけないんです。無理はしないで下さい!」

「おうよ、提督さん!」


「さあ、僕達は敵の殲滅を目的にする。フォーメーションはさっきと同じだ。行くぞ!」


 ガレージの外に出ると、朝凪からの攻撃が始まる。敵が群がっていた場所にレーザーが撃ち込まれ、無数の黒焦げの死体が出来上がる。


「朝凪が攻撃し難い場所の支援に行くぞ」


 乱戦があると、フレンドリーファイアを防ぐ意味で、朝凪は攻撃できない。そこへ僕達が援護に行くことにする。


 朝凪の圧倒的火力と、自衛隊、米軍、僕達が連携することで、建物内と外とで膠着こうちゃくしていた戦いが大きく傾いていく。


 粗方の敵を倒したところで、僕達は将門の怨霊を捜す。かなり大規模な襲撃だったので、どこかにいるかも知れないと思い、残党狩りを兼ねて歩き回るも、見つからない。


「将門は、いないのか……」

「ここまで苦戦するとは思ってなかったですからね」


 どこから現れたかもわからないほど、その男は上手に気配を消していた。黒いシルクハット、漆黒の仮面。


「お兄ちゃん!」


 レナの声かけに対して、黒仮面は鼻で笑う。


「たかが妖鬼の巣ひとつ潰せない程度で、私の妹を名乗らないで欲しいな。みなもと九郎殿に申し訳ないと思わないのか。あのとき警告してやったというのに」


 レナの目に涙が浮かぶ。白妖鬼の巣で、レナは意識を失っていた。姿を消すマントで覆われていたのは、やはり黒仮面がやったことのようだ。


「私は風魔小太郎。佐藤優斗、貴方がたった一人、途切れず何度も生まれ変わることを認めたキャラクターだ」


「こいつが……本物の、レナの兄、そして、何度も蘇る風魔小太郎か」


 厚木に来てから何度も倒してきた相手とは違う。圧倒的なプレッシャー、隙の無いたたずまい。本物の黒仮面だ。


「しかし、何故、お前が将門に仕えている」

「仕える、か。私は私の目的のために行動し ているだけ。それだけに、貴方達雑魚を相手にする暇はなかったのですが」


「お兄ちゃん! 光狐族の強さを知らしめるために戦ってるんでしょ?」

「光狐族か。確かに潜在能力が高くて助かった。だが、それより遥か以前から私は風魔の者なんですよ、お嬢さん」


 風魔小太郎とは、小田原近辺に本拠地を持つ忍びの一族の棟梁の名である。そのため、風魔小太郎が死ねば、若返って再び風魔小太郎になるようにしていた。そのゲーム上での設定が、永遠に近い魂を持つ存在になったとは……。


「レナ。君の兄さんは、光狐族の誇りで戦っている訳ではないらしい。なら、君が光狐族の強さを証明すればいい」

 僕はレナの目を見る。そこにはこぼれかけた涙もあったが、強い意思も感じられた。


「黒仮面、今度は逃がさない」

「だから、貴方達の相手をする暇はないんですよ」


 黒仮面が話している間にも、僕達は彼を囲んでいく。そして、当面の戦闘を終えた自衛官や米兵もまた、この周囲に来て包囲網を作っていく。


「暇なら皆殺しにしてもいいんですがね。本当に時間が惜しい状況なんですよ。ひとつ、取引をしませんか」

「取引?」


「ええ。私は誰も殺さずにこの場を去る。貴方達は、私の邪魔をしない。貴方は味方の損害を極度に恐れる人だ。こっちの世界の人間のもろさはわかっているでしょう?」


 確かに黒仮面の言うように、戦闘になれば自衛官や米兵を中心に大きな被害が出るだろう。


「では、もうひとつ。大切な情報をあげましょう。……ふっ、いいですね、その目。落としどころを見つけた表情だ」

「情報の内容にもよる」


「平将門は、普段、リュミベート高官に取りいている。まずは、貴方達が元いた世界から押さえるつもりのようです。中国との同盟や、今回の襲撃も、貴方達の足止めが目的です。早く行かないと、上陸すら難しい状況になりかねない」


 足止めといっても、朝凪は時空のうねりの問題はあれ、好きなタイミングで上陸できる。将門が歴史を動かしたなら、その少し前に上陸すればいいだけではないか。


「潜空艦で好きなタイミングに上陸できると思っていますか。それ、甘いですよ。貴方達が知っているリュミベートの歴史自体が、既に将門にいじられたものだと言えば、わかりますか。貴方達が直接将門を捉えきれなければ、彼はどんどん自分の都合のいい世界を作っていくんですよ」


 まさか、リュミベートの歴史自体が既に改変されたあとだとは。


「さあ。頑張って将門を捜して下さい。あれを止めないことには、世界はどんどん彼の都合の良い形に変わっていくし、我々にそれを防ぐ手段がなくなってしまう。さぁ、互いに時間を有効活用しましょう」


 黒仮面がマントを広げる。

 あちこちから銃を構える音が聞こえてきて、僕はそれを手で制する。


「物わかりがいいところ、嫌いじゃないですよ」


 黒仮面の姿が消える。

 基地防衛の成功に、自衛官や米兵が喜んでいる。僕は考え事をしながらも、朝凪整備班に一日も早い工事を頼むことにした。


 一刻も早く、将門を見つけ出さないといけない。

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