第7章2話 維新の英傑

「佐藤三佐! ノワは、救護室はどの辺りでしょうか」

「ちょうどこの上辺りだ。そうだな、まずは彼女を合流させよう」


「ありがとうございます」

 佐藤三佐に従って、僕達は待合室に使っていた会議室を出る。廊下にいるだけで爆音や銃声が大きく響いている。


 僕たちは佐藤三佐に言われるがまま階段を昇り、救護室に辿り着く。


 階段の吹き抜けを通して爆音が響き、耳に障る甲高い声が少しずつ上がってきているように感じられる。

 佐藤三佐が拳銃を構えるのに合わせ、僕は結界をはる心構えをし、コルナ殿下はロングソード、レナは小太刀、ソムニは小型魔導銃を構える。


 金属同士が擦れるような音が、確実に下から上がってくる。しばし待ち、踊り場に現れたその姿を見て、俺はゾッとする。

 茶色い身体、背面にびっしりはえた長い棘。顔立ちは一見人間のように見えるが、鼻と口の周りが猿のように膨らんでおり、鋭い牙が見える。

 ハリネズミと、人間の祖先と言われる猿人が混ざったような姿だ。


 佐藤三佐が拳銃を発射し、大きな音が響く。それはすぐにチンッと甲高い音を立てて、針猿人の針に弾かれる。


 僕は防御結界を張り、佐藤三佐の前に立つ。

「優斗、君は救護室に入って!」

 あわあわと何か口籠もっていた優斗を、コルナ殿下が救護室に押し込む。


 その間も少しずつ昇って来ていた針猿人は、階段を昇りきり、こちらに目を向ける。


 嫌な予感がして、刀を鞘から抜き、正眼に構える。


「来るぞ」


 僕が叫ぶのとほぼ同時に、針猿人が四つん這いになる動作で、放射状の針に覆われた球体になり猛スピードで突っ込んでくる。


 僕はとっさに廊下に水を呼び出す。結界にぶつかった針猿人は、水飛沫を上げながら空回りし始めるが、それでもジワジワと結界を削っていく。


「ルヴァさん、どいて下さい」

 ソムニの声に、頃合いを見て身体をどかす。

 凄まじい光に包まれたと思うと、針猿人の身体を高圧電流が流れているようで、球体が解除され、四つん這いになって苦しんでいる。


「なるほど、銃に雷の力を込めて撃ったのか」


 大量の湯気に囲まれた中から、針猿人は再び姿を現す。

 全身に火傷の痕が見えるものの、致命傷にはなっていないようだった。両眼に込められた戦意を見ればわかる。


「レナ、回り込んで!」

「了解!」


 レナが針猿人に突進する。小太刀二つを使った攻撃を、針猿人は難なく針で防ぐ。しかし、レナが後ろを取ることが出来た。


「ソムニ、結界に銃眼を作るから前に出て」

「はいっ」


 僕は潜空艦の中で何度も繰り返し練習して身につけた結界の銃眼を作る。小さな穴をわざと作るだけだが、非常に高度なコントロールが必要だった。


 こちらに向かって走り始めた針猿人に、ソムニの雷属性の魔導銃が火を噴く。

 同時に、レナは風刃の魔法で針の隙間を狙って攻撃を始めたようだ。


 前後から攻撃され、針猿人は全身を赤い血で染められていく。

 力尽きたか、身体を屈めて針で身を守る体勢になる。


 もう少しで終わる、そう思ったときに大量の針が投げ槍のように射出され、僕の結界を崩す。

「ソムニ!」

「大丈夫です。自分の結界を作りました」


「レナは?」

 見ると、天井に張り付いて難を逃れた様子だ。


 注意が仲間に向けられていた間に、すぐ目の前まで針猿人が迫って来ていた。

 僕が刀を振るうが、左腕の針で防がれてしまう。ほぼ同時に右手の針がこちらに向けられる。


 ――やられる。


「きえぇぇぇぇぇぇぇい!」


 突然の奇声が響く。

 針猿人が頭から真っ二つになり、力尽きる。


 僕は、ノワが敵を倒したことを、少し遅れて認識する。

「ノワ、大丈夫なのか」


「ノワだぁ!?」

「え?」

「俺は陸軍少将、桐野利秋だ」

「それは前世の話だろ? 君はノワだ」


「なるほど。この女子の身体がノワというのか。で、来世に俺が来たってか」


 外見はいつもと変わらないのに、目に宿る光の種類が、ノワとは異なっているように思う。


「ふんっ、参ったもんだな。女子の身体で復活するとは、西郷さんに笑われちまう」


「あなたが……桐野少将だとしたら、ノワはどうなったのでしょうか」

「あんたの連れなのか。申し訳ないが、何がどうなってんだか、俺にもわからねぇ」


「で、思わずぶった斬っちまったが、この化け物はあんたらの敵なんだな」

「は、はい」

「助太刀するぜ。ノワとかいう娘も、あんたらの仲間なんだろ」


 僕は戸惑いを隠せないまま、ただ頷く。


「ところで、この身体、相当いいぞ」

「え? ……いいって、何がですか?」

「この、いろんな具合がこう……」

「いろんな……」


「つまり、膂力といい、俊敏性といい、とても女子のものとは思えん。どう鍛えればこうなるものか。まぁ、この身体を借りてる間に、もっと強くなれるよう感覚を整えていくことにする」


「あ、あの……、よろしくお願いします」


 移動を始めるにあたり、病室に入ったままの佐藤優斗に声をかけ、なんとか全員無傷であることを確認する。

 その後、佐藤三佐の提案で、「朝凪」の状況を確認しつつ主戦場を探すことにしてガレージに向かう。


 階段を降りるとき、二度も針猿人と遭遇するも、桐野少将が一撃で切り裂いてみせた。


「やはり俺が生きてたときの身体より、こちらの伸び代が遥かに大きい。力や剣気の取り回しを身に着ければ、恐ろしい強さになるだろうな」


 前から薄々感じていたが、日本人よりもルクス大陸の人間の方が、身体能力や感覚などが優れている気がしていた。

 それは、長い時を経て人間が進化したのか、そうでなければ魔人や魔物がいる環境だから、戦闘に長けた遺伝子が残りやすかったのか。


 とにかく、桐野少将の言葉によっていくつか疑問に思っていたことが、僕だけの思い込みでないことを確認できた。


 1階に着き、外の様子を窺う。建物の上階から銃で攻撃する自衛隊・米軍側と、建物に侵入しようとするモンスター側に別れており、外には味方はいない。


「向こう側にも扉がある。それを使おう」

 佐藤三佐の提案に、僕たちは建物内を移動する。


 出入り口近くまで到達すると、針猿人が三体現れ、桐野少将が瞬殺する。


「すごい……」

「これだけの膂力、脚力、剣気だ。使い方を分かりさえすりゃ、こんだけのことはなんでもねぇさ」


 そう言いながら、扉を開けて周囲の確認をしている。

「待っててくれたようだな」


「待ち伏せですか?」


「ああ。かなりのやり手ばかりが二十人くらいはいるか」

「少し準備させて下さい」


 僕は詠唱を始め、レヴィア様の召喚をする。その間にソムニが中心となってフォーメーションを確認していく。


 前衛は桐野少将とレナ、レヴィア様。完全に外に出て戦う。後衛はソムニ、佐藤三佐の二人で、建物の中から攻撃する。

 中央がコルナ殿下と僕で、建物の中に敵を入れないことを第一目的に戦う。優斗は、邪魔にならないよう身体を伏せておく。


 レヴィア様の召喚に成功し、いよいよ前衛が外に出る。僕とコルナ殿下も支援と扉防衛のために前衛に続く。


 すると、異常な速さの人影がいくつもこちらに寄ってくる。


「黒仮面……!?」


 数十人の黒仮面に囲まれて、僕たちは身体を硬くしつつ、戦闘態勢を取るのだった。


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