第8章6話 無策

 剣狼騎による突撃がやみ、戦闘に伴う砂ぼこりがいったん無くなる。

 魔導銃の射程ギリギリまで前進している敵陣では、伝令の馬が慌ただしく行き交っている。


 両陣営の間には、無数の戦死者たちが折り重なって倒れている。中にはまだ息のある者もいるようで、時折苦しそうな呻き声が聞こえてくる。


「敵はどう来るでしょうか」

「そうじゃのう。側面に回り込むことを考えるだろうか」


 側面は馬防柵のみ用意してあるため、側面攻撃には長槍隊で対応することになっている。とはいえ、敵が側面に回り込むまでに、魔導銃部隊でかなりのダメージを与えられるはずだ。


 しばらく様子を見るも、敵陣は全く動こうとしない。こちらの援軍が到着する前に勝負を決めておいた方がいいのだろうに、ひたすら伝令だけが行き交っている。


「まさか、援軍を待っているのか?」

 僕は、最悪の事態を想像する。こちらの援軍より先に、敵の援軍が到着したら、勝ち目がない。


「提督、レーダーを見る限りは、敵の援軍らしい反応はありません。そして、氷狼騎からの援軍はあと二十四時間ほどで到着すると思われます」

「そうか、なら良かった」


 僕は望遠鏡で敵の本陣の様子を見ながら、どんな手を打ってくるのか想像し、小さなため息をついた。



◆◇◆◇◆



 ラーム家を中心とする剣狼騎の本陣では、やり場のない感情が怒号となって飛び交っていた。


 予想を遥かに超える大量の魔導銃、自軍が到着する前に壊滅していた黄妖鬼の群れ。こちらの魔導師による火魔法を完全に弾き返す強力な防御結界。


 どれもが、ウリエンが知っていたオートン領の実情と異なっていた。まして、要塞のないはずのオートン領に、忽然と現れた簡易的な要塞の存在が、諸将にとって驚くべきことだった。


 苛立ちを隠せない諸将を前に、総大将の位置に座る男が静かに話し始める。


「ウリエン殿、いろいろ貴殿が知っていた内容と異なるようでしたな。正統な領主であるあなたは、これからはもっと自領のことを知っておくべきですな」


 現在のラーム公爵家当主、サジェフォルス=カボレ=ラームは、にこやかにそう言うと、閉じた扇子でパンとひじ掛けを叩いた。

 その音に、ウリエンはビクッと身を震わせる。


 サジェフォルスは今をときめく宰相である。氷狼騎を率いるグラソン公爵家との権力争いに勝利して、女皇ですら表向きには逆らえないほどの権勢を手にしている。


 そのような男が、たかが子爵家の跡目争いに介入し、ウリエンを祭り上げたのだ。サジェフォルスの気が変わってルヴァを応援すると言い出せば、ウリエンの立場は非常に辛いものになる。


「オートン領には、私の子飼いの部下を残していますから、そこから何か策を練ろうと思います」

「そうですか。はじめからそうしても良かったかもしれませんな」


 ウリエンは冷や汗を拭いつつ、必死に策を考える。オートンの館に残した自分の直属の部下たちを利用して、なんとかメンツを保ちたい。


 しかし、何をすればいいのか。どうすれば、サジェフォルスを納得させられるだろうか。焦るばかりで思考は空回りするのだった。



◆◇◆◇◆



 戦闘が膠着状態に陥ってから何時間かが過ぎた。すでに日が傾いており、西の空が真っ赤に焼けている。


 味方の援軍である氷狼騎の軍勢は着々とこちらに向かっているらしい。一方で、敵の剣狼騎の軍勢はなんのために待機しているのか全く読めない。


「剣士隊隊長から伝令です」

 剣士隊を任せている桐野中将からの伝令だ。

「敵方から元・ウリエンの家臣に伝書鳩を使って命令が届きました。次の攻撃時に寝返るよう促すものです」


 ウリエンは、敵の真っ只中に伝書鳩を使ったというのか。そんなことをすれば目立ってしまい、寝返りたくても寝返られなくなることを想像しないのだろうか。


 僕は一瞬、その裏をかいて何か策があるのではないかと警戒する。敵の総大将は、剣狼騎を率いて数々の戦功を立てた宰相サジェフォルスだ。こちらを疑心暗鬼にさせる作戦か、それとも他に深い狙いがあるのか。


 ――違う、これはウリエンの単独行動だ。


 自分の子飼いの家臣にまで嫌われていたことを自覚できない愚かさは、ウリエンのものだ。ウリエンがオートン領の全てを捨てて自分だけ逃げ出した後、屋敷などに取り残されたウリエンの家臣たちは、早々に僕に忠誠を誓っている。


「来るぞ」

 クラーラ先生が声を上げる。敵がまた突撃してくる。


 ――引き付けて……。

「打てぇぇぇぇぇぇぇい」

 魔導銃の一斉射撃が始まる。相手は先ほどと全く変わらず、単純な突撃だった。

 しかし、よく見ているとこちらの側面に回り込もうとしているようにも思える。


「長槍隊、側面配備」

「応!」

 長槍隊が素早く側面の馬防柵の内側に整列する。


 敵の第二波が突っ込んでくる。その中に、僕はオートンの家紋が描かれた旗を目にする。

「まさか、ウリエンが……」

目を凝らして見るが、オートンの旗のそばにいる騎士達の中にウリエンがいるのかどうかはわかりかねた。


「撃てぇぇぇぇぇ!」

 また敵を引きつけてからの一斉射撃を行う。


 今度の突撃では、明らかにこちらの側面を目指しているようだ。次々に魔導銃の餌食になって倒れていく中にも、運良く免れて側面に辿り着いた者達がいる。


 しかし、馬防柵と長槍隊の前に攻めあぐねて、次々に長槍の餌食になっていく。オートンの旗もまた、側面に辿り着いたところで倒れてしまった。


長槍隊から、伝令が走ってくる。

「オートンの旗のそば、ウリエンはおりません」

「そうか。ご苦労」


「やはり、臆病者か」

 恐らくこの旗は、内応を誘った元家臣達への合図のつもりだったらしい。しかし、本人が安全な場所にいたままでは、人の心が動くはずもない。


 銃声も叫声もやんだ後には、剣狼騎達の死体が転がっているだけだ。ウリエンの策も覚悟もない戦いに巻き込まれた、哀れな戦士達の亡骸だ。


 辺りはもう暗くなり始めている。夜襲に備えつつ、休める者は休ませないといけない。

 ミトレさんとクラーラ先生に助言をもらいつつ、各部隊を順番に休ませていく。


「向こうは夜襲を仕掛けるつもりはないようね」

「はい。まだ数の優位はあちらにありますから、夜戦の不確定要素を嫌っているのかもしれません」


「そーゆー意味では、総大将のサジェフォルスとやらも、扱いやすい相手なのかのう。天下の宰相閣下も、実戦ではただの人か」

 クラーラ先生があくびをしながら言う。


 クラーラ先生に休憩に入ってもらいつつ、宰相サジェフォルスがなんの策もなく我々に負けるとは思いづらいと考える。


「相手が手無しで動かねぇのが気に入らねえ」

「桐野少将! 休憩は?」

 先ほど桐野少将指揮下の剣士隊半分と少将本人の休憩を指示したばかりだった。


「あいつら、なんか仕掛けてくるぞ。先手を取ろうや」

「夜襲、ですか」

「おお、こういう嫌な勘は大抵当たるからよ。先手を打って相手の手を潰そうぜ」


「凪、敵陣の動きは」

「はい、提督。サーモグラフィを見ると、確かに陣内の動きは活発です」

「そうか。しかし、せっかくの野戦要塞を出てまで攻めた方がいいんでしょうか」


「それだよ。そういう損得勘定の仕方を見越して、仕掛けてくると思うんだよ」

「なるほど……確かに、あり得ますね」

「鉄砲隊の半分と剣士隊の半分を貸してくれ」


「わかりました。よろしくお願いします。ただし、万が一裏をかかれても対応出来るよう、僕も同行させてください」

「おいおい、それじゃ、留守組はどうなる?」


「クラーラ先生を起こします」

「おお、信長公か。信頼出来るな」


 僕は物音をさせないよう注意させつつ、夜襲部隊の編成を指示する。クラーラ先生にも起きてもらい、状況を説明する。

「なるほど、嫌な予感か。言われてみれば確かに匂うのお」


 夜襲部隊の編成が終わったところで、茂みになっている地形を使い、敵陣に近づいていく。


 魔導銃の一斉射撃の後に、剣士隊が切り込むことになる。僕も抜刀して、自分の身は自分で守るつもりだ。


 突撃隊の桐野少将が僕に頷いて見せる。


「撃てぇ!」

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