第8章7話 夜襲と夜明け

 こちらからの夜襲に、敵陣が慌てている様子が見える。魔導銃による一斉射撃を終えると、剣士隊が敵陣に切り込んでいく。


 バタバタと単発での反撃しか出来ない相手は、次々に刀の餌食になっていく。


 僕は手に負えない怪我をした敵にとどめを刺していく。決して気分のいい役割ではないが、本来魔導師である僕が刀で出来るのはこれくらいのように思えた。


「大砲、大砲を見つけました!」

 その声がした方に移動する。

 確かにそこには、二十門近い大砲が荷車とセットで並べられている。


「これがあいつらの切り札だったみたいだな。鉄砲隊使って回収させよう」

「そうですね。鉄砲隊はすぐにこれを回収して自陣に戻るぞ!」


「剣士隊はもう少し押し込んで時間稼ぐぜ」

「そうですね。僕も頑張ります」

「それでこその大将だ。俺が必ず守ってやるから、離れんなよ」

「ありがとうございます」


「本陣まで迫って怖がらせてやろうぜ」

 桐野少将はそう言うと、特に活躍が目立つ剣士達に呼びかける。すぐに集まった十数人を軸にして、敵本陣を目指す。


 敵陣の混乱はますます悪化して、同士討ちが始まった様子も垣間見えた。桐野少将が帷幕いばくを蹴り倒すと、その中はすでにもぬけの殻だった。

「おーい、大将連中はとっくの昔に逃げてやがるぞ。お前等置き去りにされてるぜ」


 桐野少将が大声で敵に呼びかける。すると、本陣を守るために必死に戦っていた者達も、戦意をなくして撤退を始めた。


「さあ、今夜の仕事はここまでだ。勝どきを上げろ!」

「おぉーーーーー!」


 僕は逃げていく敵を見ながら、皇国最強と歌われた剣狼騎の情けない姿が嘆かわしく思われて、小さなため息をついた。


 ウリエンのことで揉めなければ、味方だったはずの者達だ。最近の剣狼騎には、贅沢に慣れて武人の心を無くした者が多いと嘆いた、父の愚痴も思い出される。


 ラーム家との深い関わりを利用して、権力の中枢に食い込んだ者達も多かったと聞く。日本の平家が、権力の座にいるうちに武士としての気概を無くしたように、剣狼騎たちも武人の心得を無くしつつあるのだろうか。


 深追い無用との桐野少将の助言に従い、素早く兵を撤収させる。戦利品は戦闘糧食と大砲二十門だ。こちらの数を考えたら、相手の被害も大きい方だろう。大戦果といっても良さそうだ。


 僕と桐野少将がこちらの防御陣地に戻ると、当直をしていた兵だけでなく、仮眠をとるはずだった兵達をもが立ち上がり、夜襲部隊を拍手で出迎えている。


 僕はしばらく兵達の祝福を受け取ったあと、改めて休憩組に少しでも寝るよう指示をして、自分も仮眠をとることにした。


 明け方、周囲の気配の変化を感じて目を覚ます。寝袋が狭いような気がして両隣を見ると、レナとソムニが僕を挟むように眠っているのを発見する。


「こら、狭いじゃないか。自分の宿営に戻りなさい」

「お兄ちゃん、ムニャムニャ」

「ルヴァさん、うぅん」


 レナの小さくも柔らかな胸元と、ソムニの大きく張り出した胸元が、両側から僕を圧迫する。

「ぬぬぅ……」


 考えてみれば、最近は忙しさと不規則な生活にかまけて、男子の嗜みが疎かになっている。そんなわけで、嗜まなければならない部分が実に健康的に、大きく反り返っている。


 とにかく、両側から柔らかなものを押し付けられるのはかなわない。僕は上半身だけ起こして、圧力から自由になる。


 上半身だけ起こしたことにより目に入ってきた、真っ白で華奢で細い脚たちを見なくて済むよう、ギュッと目を瞑る。


「全くもう、この子たちは……」


 無防備にも程がある。

 僕は宿営の専属簡易トイレにしばらく立てこもり、嗜んでから外に出る。冷たい空気を思い切り吸い込むと、朝から元気過ぎだった劣情が冷まされるような気がした。


「提督、スッキリと朝を迎えられましたね」

 僕は凪の嫌味っぽい言い方に冷や汗をかきつつ、潜空艦にいる凪には僕の行動がどこまで詳細に把握できるのか気になってしまう。


「提督、今度は私もおかずにしてくださいね!」

「こら、そういう言い方、……止めてくれよ」

「照れちゃって可愛いです、提督」

「だから止めてくれって」


「ふふふ。と、それはさておき、そこから五キロ程離れたところで再集結した敵が、こちらに向かい前進を始めました。十分警戒してください」

「わかった。みんなに伝えるよ」


 昨日の夜襲で総崩れに近い負け方をした割には、立ち直りがかなり早く感じられる。やはり、腐敗で弱体化しているとはいっても、剣狼騎はもともとリュミベート随一の精鋭なのだ。


 僕は本陣の帷幕に入り、寝ずの番をしてくれていた桐野少将に凪からの報告を伝える。


「なるほど、立ち直りが早いな。だが、頼みにしていた大砲を奪われたのに、焦って攻めてくるのはなんでだろうな……」

「確かに。何か切り札があるということでしょうか」


 それとも、こちらの援軍の様子を正確に掴んで、到着前に決着をつけようとしているのか。どちらにしても、こちらの野戦陣地を破る方法を思いついた可能性がある。


「油断は出来ねぇ。何か切り札があるのは、きっと間違いない。気を引き締めていくぞ」

「はい。桐野少将」


「提督、強大な魔力を持った何かがそちらへ急接近中です。これは……!」

 凪の声が聞こえたと同時に、唐突に雷が結界に触れて光を放った。それは朝の日差しより何倍も眩しかった。


 目が落ち着いてくると、男が一人、僕と桐野少将の前に立っているのがわかる。


「将門……!」


 そこにいるのは、過去に遡って対面した平将門に他ならなかった。

「大将、ここは、兵を引かせるべきだ。全力で逃げさせれば、なんとか」

「兵は撤退、とにかく急げ。巻き込まれたら死ぬぞ!」


 僕の絶叫が、陣中に響き渡る。そのただならぬ雰囲気を感じ取って、レナとソムニが宿営から出てくる。


「レナ! ソムニ! 兵を逃がしてくれ。将門が現れたんだ」

「了解!」


「随分と騒がしいじゃないか。兵を殺されたくない? わしがその気になれば、この陣地ごといつでも吹き飛ばすことができるんだがなぁ」


「そうか。無慈悲な虐殺なら、こちらも可能なんだ。そんな悪逆非道をやる気はさらさらないがな」


「ふっ、小僧が。前より少しは腹が据わったか。だが、わしの目的はわかるまい。なんだと思う」


「大悪党の考えることなんて、知りたくもない」

 そういいつつ、この世界で生き始めて十九年、化け物を前に冷静な思考を保てるようにになった自分が他人事のように思える。


 僕は拒絶の言葉を吐きながら、将門の謎かけを解こうと考える。なぜ、この化け物が今ここに現れたのか。


 思考の流れをスムーズに受け入れて考えるに、ラーム率いる剣狼騎と平将門の間に何らかの繋がりがあるということが簡単に想像できる。


 自力でこちらの陣地を攻め落とせなかったラームが、せめて野戦陣地からこちらを追い落とそうと将門に襲撃を依頼した。そんなところだろうか。


 そう考えると、ここから避難させた兵を、ラーム率いる剣狼騎に攻撃される可能性がある。僕は急いで周囲を見渡し、兵をせかしているクラーラ先生を見つける。


「クラーラ先生、撤退戦の指揮をお願いします! 敵はすでにこちらに向かっています」

「引き受けたぞ、サル。こちらは任せろ! 武運を祈る!」


 クラーラ先生の前世は名将・織田信長だ。兵をとりまとめて、剣狼騎に隙を見せず戦えるに違いない。こちらの兵数こそ少ないが、コルナ殿下と氷狼騎の援軍が到着するまではもたせてくれるだろう。


「私はルヴァ君の援護ね」


 ミトレさんが目を輝かせてこちらを見る。一瞬、クラーラ先生の補助について貰おうと思ったが、将門相手の戦力が足りていないのだから、そのままこちらに残ってもらうことにする。


「はい、援護お願いします!」


 僕と桐野少将、レナ、ソムニ、ミトレさんが将門を取り囲む。

「将門、覚悟しろよ」

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