第26話 ソラ君 生い立ちって鬼畜みたい

「俺はこう考えます。子供は親を選べない。だから選べるようにすればいい。”dead or alive“の二つに一つ。死ぬか生きるか……子供からしたら殺すか生かすかになるけどね。」

 ソラ君の目にもう涙などない。目の奥に叫びのような強い思いを読み取れる。もちろん、片えくぼなど見せない。

「俺の父親は、遊びに来た日本で母親と知り合った。イタリアに妻子がいたのに……まだ若かったんだろうね。笑えるけど香港やアメリカ、フランスにも俺の兄弟がいた。それを知って祖父は父親を勘当した」

「えー、ソラ君みたいなイケメンが他にもいるのねぇ。見てみたいわ!」お母さんの感性は少しずれている。ソラ君の燃えるような目は父親に対する怒りなのか?

  

「かんどう?どういう意味?」 ――忘れていた!男の子が会話に加わってくる。ソラ君は一人の人間として男の子に向き合っている。


「……うーんとねぇ、もう親でも子でもないって縁を切ることかな?……縁って分かるか?」

「分かんない。」男の子のが首を横にふる。

「もう家族じゃないってことだよ」「それなら分かるよ」賢い子なのかな?やっぱり。

 ソラ君は急に少年のような笑みを浮かべて、天を仰ぐ。何かを思い出したように淡々と語り始めた。

「……俺は3つの時に母親に連れていかれた。どこだと思う?……イタリアさ。先に帰国していた父親に押し付けるために……。本当は母親は俺なんか生みたくなかった。理由?……父親の友達の方が好きだったからだ。確かに父親は俺を可愛がってくれた。……けど、父親の見てない所で継母は俺に躾だと言って、鞭をふるった。父親は見て見ぬふりをしてたんだ」

  

 どこかで聞いたことのある話だ。さっきまで見ていたダイジェスト版だ。ソラ君ってそんなに怖い体験してきたの?

「……俺は祖父の会社の跡継ぎ候補として育てられたんだ。本妻の子供は勉強が出来なかった。会社は一つ。継母はヒステリックになって勉強を教えてた。……アメリカ、フランス、香港の子達も一つ屋根の下さ」


「一夫多妻。……多妻という字は多彩だな」ソラ君の苦労話に水を差すようにお父さんが余計な事を言う。

「……誰が跡継ぎになるのか祖父が決める事になってたよ。あの屋敷ではみんなライバルだった。父親を同じにするライバルさ。本妻の実家は政治家だ。……なのに俺は日本の水商売の息子だ。どんなに勉強に打ち込んでも勝ち目なしだと12才の時に気付いたよ」

「ミズショウバイ?」「お前の母ちゃんと同じってこと」ソラ君が吐き捨てるように言う。


「どんなに頑張っても出生で人生決まるんだ。本人の努力なんて要らないんだよ。……あきらめたね。腐りかけたよ」

 ソラ君のぶっきらぼうな所はその時に築かれた人格なんだ。挫折感を味わった人の特徴だ。

「……血の繋がった兄弟なのに、みんな相手を貶めるのに必死だった。……継母は香港の兄弟の乗る車に細工をした。それぞれ運転手つきのマイカーがあったからね。……事故で死んだ。フランスの兄弟には睡眠薬入りのワインを飲ませた。……シャワーを浴びてる時に事故に見せかけて……殺したさ。あの女が二人を殺った」

 ソラ君は怒りなのか、哀しみなのか震え始めた。次の言葉を聞いて震えの理由が分かる。

「次は俺の番だと思ったよ。継母に命令されて父親は俺を何処かに捨てようと計画してる……疑心暗鬼の毎日は苦しかったね。で、ドライブに誘われた時に今日だと直感した。でどうしたと思う?……笑える。思い出すと笑えるんだ」

 ソラ君の震えは思い出し笑いだ。ソラ君はまるでピエロのように無表情で、それでいて泣き笑いをしているかのように見える。

「俺は企みを見抜いて車に本妻の子を乗せた。帽子とマスクをさせてね。父親は馬鹿だ。……俺とアイツの区別がつかなかったよ。父親のくせに。案の定殺られたよ。車ごと海にダイビングだ。……睡眠薬入りのコーヒーを飲まされてたさ。……継母は自分の命令で自分の息子を海に落としたんだ。……馬鹿な母親だ。間抜けな父親だ。あのふたり?……刑務所行きさ」


「もういいよ。ソラ君がかわいそすぎるっ」 私は画面に向かって半泣きしてしまう。ソラ君にこんな秘密があったなんて全く知らない。手に汗をかく。

「鬼畜の海外版ね。どこにでもいるのねぇ」

 お母さんはどんな時もマイペースな意見を述べる。大人になるとみんなこうなるの?


「……俺は実の母親に捨てられ、父親に殺されかけた。だからこの男の子の気持ちが分かります。あの否定の言葉は父ちゃんを庇ったのではない。防衛本能が働いた。自己防衛するために、父ちゃんの存在を心の中で殺した。そうすることでしか、自分を守る事が出来なかった。子供は親を選べないんだ。――虐待や躾という名の暴力をどう防ぐんだ?言葉を話せない赤ちゃんはどう訴えるんだ?自分の身をどう守る事が出来る?親を先に殺す事でしか守れないんだよ!保護するとか言ってまた戻すんだろう。鬼畜は鬼畜だ。まともな精神の大人達には理解出来ない脳なんだ」


 ソラ君の声が大きくなる。――そこへ男の子の父親が刑事に連れられて部屋に戻る。まさかソラ君はこの父親にも意見する気なのか?


「あなたに一言言います。……一生罪を償って下さい。この男の子にとったらあなたが死ぬまで、あなたとは父子だ。あの子はあなたを心の中で殺しました。今そうすることでしか、精神のバランスを保てないんだ。人間の欲が、弱さが鬼畜を作る。復讐は一つの正義です。俺は幸せになることが、自分が鬼畜にならないことが復讐だと思います」


「……ありがとう。一生かけて償います」

 男の子の父親は、刑事に男の子の目の前で手錠をかけるよう促した。首を横にふる刑事にもう一度懇願する。ガチャという音がした。


「コバヤカワソラ ゲンダイニオモドリクダサイ コバヤカワソラオモドリクダサイ」



 

 

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