第35話 窓を開けたからじゃない?

 ソラ君の顔を見るために、ゆっくり振り返ると目があった。泣いていたのは気のせいなのかいつもの片えくぼが見える優しい笑顔だ。

「ご馳走さま、また明日学校でね」

 美月と同じ事を言って鞄を持つ私。安堵したのか次の言葉が全く出てこなくて、気まずい。

 何事もなかったかのようにソラ君が美月の背中を追って玄関に向かう。リビングから玄関までの廊下も私の部屋と同じ位の長さだ。私もソラ君の後をついていく。

 オレンジ色の間接照明に照らされるソラ君はファッションモデルのようだ。こんなにパーカーをおしゃれに着こなす高校生っている?

「あれっ、私たちの靴は?」

「……そこのシューズクローゼットに入っているから。そう、そこの扉を開けて」

 言われた通りソラ君の言った扉を開けると、一つの部屋があった。家のトイレの2倍の広さだ。

「……何ここ?自転車まで置いてあるよ!わぁ靴だらけなんですけど」美月が声をあげる。

 革靴、スニーカー、ロングブーツが整然と棚に並べられている。一番上の棚に私たちの靴が2足置かれていた。

「このスニーカーって高いんじゃない?」美月が白地に金のラインのスニーカーを手に取る。

「……そうでもないよ。まだ履いてないから欲しかったらあげるよ」

「うっそ!いいよ、何万もするでしょ?サイズも違うし、気持ちだけありがとう」

 スニーカーに何万円もかけるの?そんな靴が10足以上ある。革靴も輝いている。さすがイタリア人のDNAだ。

「……住む世界が違う」心の声が漏れる。私の家の靴箱には家族四人の靴が入りきらなくて、箱にしまって自分の部屋にもある。きっとトイレも寝室もベランダも私の想像をこえる広さと贅沢な空間なんだろうな。ため息をつく。

「いちいち、お洒落なマンションだね。靴を履こうとしたら灯りがついたよ。驚いた」

「フットライトだよ。センサーがあるからね。それにしても二人とも反応が面白いね。まだ時間があるなら、部屋の見学してく?さっき勧めた8階の部屋にも備え付けのシューズクローゼットがあるよ。寝室も、キッチンも俺のアイデアが取り入れられてて……自慢したい」

「はっきり言うね。そうね30分位ならいいよ。ラキは大丈夫?」「……うん。少しなら」

「やったぁ!決まり。ちょっと待っててね」

 ソラ君が子供のように喜んで、何かを取りにリビングに戻る。私も美月も喜怒哀楽がはっきりしている男の子に戸惑って目配せをした。


「……さっき、ソラ君泣いてなかった?」

「何で?いつ?」

「……孤独だ、淋しいって言った時だよ」

「気がつかなかったけど……そんな事で?」

「……。」「窓を開けたからじゃない?」

「何で?」「……ソラ君って花粉症でしょ」

 花粉症だから、目が赤くなって、鼻がぐしゅんとしてたのかな?泣いてるように見えたのかな?花粉症じゃない私には分からなかった。

 美月はやっぱり体育会系だ。あんなに心配していた私を一瞬で安心させる天才だ。


「お待たせ。美月が窓を開けたから閉めてきた。あと、マスターキーも持ってきたんだ」

「……はっはっ、ほらね。ラキの思い過ごしだよ。」「……なんの話?」ソラ君の質問に答えるのを阻止しようとして私は首を振る。

 美月はそんな私に気がついた。

「ねえ、ソラ君って花粉症でしょ?」


「……違うよ。どうして?」


「べっ別に何でもない。聞いてみただけ」

 美月も私も焦る。――ソラ君は満面の笑みで私たちを見ている。もう忘れて楽しい時間を一緒に過ごそう。

 私は、フットライトの下、靴を履いた。

 


 

 

 


 

 



 

 

 

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