第36話 自慢するソラ君も好き

 ソラ君の10階フロアーから8階まで階段を使った。非常階段を軽快に降りるソラ君。

「エレベターのふわっとする感覚嫌いなんだ、俺。……ラキさんも苦手でしょ?」

 パーカーのフードを深めに被り、ソラ君が愛くるしく笑う。何か思い出したときの笑顔だ。

「……タイムカプセルの中のラキさんの顔、かわいそうな位怖がってるよ」

「えっ、どこから見てるの?」顔から火が出るとはこの事か?見られてたなんて恥ずかしい。

「うちの大切な従業員に何かあったら困るからね、カメラがあるよ。あくまで健康チェックのためだから安心してね」

 もし、彼氏ができたら行きたいデート場所は断トツ遊園地。けど、絶叫系アトラクションは、パス。きっと私の顔を見たら100年の恋も覚めちゃう。そう、絶対にパスしたい。

 

 ドアを開けると、8階フロアーに出た。

「右に行ってくれるかな。805号室が空室なんだ。……ここがふたりにお薦めの部屋です」

 ソラ君はマスターキーで部屋を開ける。説明通り確かにシューズクローゼットがある。

「今はラベンダーの香りなんだ。このスイッチで消臭したあと、ローズの香りにも変えられるよ。本物の花から抽出してるんだ。化学物質過敏症の人にも安心で安全なマンションなんだ」

「わぁすごい!……それで花音もここに決めたんだね。花音は香水もダメだから」

「このアイデア出したの俺なんだ。……じゃ、次はキッチンね。一応俺の部屋にもあるけど、美月とラキさんは料理好き?」

「あんまり好きじゃない」美月が即答する。

「好きだけど、上手じゃないな」ソラ君の前だから、あざとい答えをする私。

「じゃ、ちょっと待ってて、ソファに腰掛けていてくれるかな」

 玄関から廊下、リビングと移動する度に明かりが勝手につく。ソファに腰掛けるとスポットライトのように明るくなった。ソラ君は冷蔵庫から何か取り出している。何をするの?

「準備出来たよ。こっちに来て見ててごらん」

 壁に掛けられた絵画が突然、透明になる。いや、よくみるとガラスだ。ソラ君がそのガラスにふれると、タッチパネルが現れた。ソラ君が何かを打ち込む。というより、ただガラスに触れる。私の場所からはよく見えない。


 ウィーンと音がした。

「何これ?」美月が声をあげ指をさす。

「ロボットアームだよ。ここはAIキッチンだからロボットが料理してくれるの。材料だけ所定位置に置いておけば全部やってくれるんだ。レシピも、調理方法も一流シェフの真似してるから美味しいよ。片付けまでやるよ」


 全く人間と同じようにロボットアームは包丁を使い、玉ねぎをみじん切りにした。そのあと、卵を溶き、オムレツをふかふかに仕上げる。調味料までパーフェクトで、最後にケチャップで、ハートを描く。美味しそうだ。

「……この既存のAIキッチンに俺のアイデアを足したんだ。何だと思う?ロボットアームと一緒に話ながら料理を作るんだよ。俺ってすごくない?自慢していい?」

 AIキッチンに圧倒されてる美月と私に、ソラ君が聞く。もうこんなの充分自慢でしょ。

「せっかくだから、オムレツ食べる?」

「……お腹一杯だし、もう帰らないと」

「……自慢しないから帰らないで」

 

 私たちが帰るのは、自分が自慢することが原因だと思った?違うよソラ君。

「ほんとはソラ君の自慢話を聞きたいんだけど、親が心配するから、今日は帰るね」

 優しく諭すように美月が言う。お姉さんのようにソラ君の肩を撫でる。


「……私、ここに住みたくなっちゃった!お父さんとお母さんに相談するから……今日は帰るね。ソラ君、明日学校でね」


 親の許可がもらえる事は100パーセントない。1年間100万円の家賃なんて16才の私に払えるわけない!けどソラ君の悲しげな瞳を見てつい言ってしまった。


 



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