第6話 花音ちゃんに伝えなきゃ

「ラキ、昨日のラインの説明してね」

 自転車置き場で花音ちゃんが待っていた。


「体験したスゴいことってなぁに⁉ 気になって眠れなかったんだから。美月も明日学校で話すとしか返事くれなかったんだよ」


「……ごめんね。ラインじゃ伝えきれない事だったから、放課後空いてる?」

「もちろん」 花音ちゃんは2度頷く。

 美月も少し遅れて自転車置き場にやって来た。

「おはよう。ラキ、もう花音に話したの?」


「まだだよ。誰かに聞かれたら困るよね。教室だと落ち着かないから放課後、美術室に集まろう。美術部の人たちいないんだって」


「そうだね。……あっソラ君だっ」


  颯爽と自転車を降りて、ソラ君がこちらに向かってくる。


「お前ら何やってんの?遅刻するよ」


 どんな顔して会えばいいんだろう?なんて声かければいいんだろう?私はプチパニックを起こしかけた。


「先に行ってるからな!ラキさん」


 爽やかな笑顔で手を振るソラ君の片えくぼに初めて気がついた。昨日のソラ君?御釈迦様にけんか売っていたソラ君?


「ラキ、ボーとしてないで私達も走るよ」

 美月が私の背中を叩く。心臓がドキッとする。

 ソラ君ってやっぱりイケメン。顔だけじゃなくて声も好き。それに昨日の真剣な顔が忘れられない。片想いの最初の頃は胸がキュンとして苦しい。 私はソラ君の背中を追った。


     ▣   ▣   ▣

 放課後の美術室は誰もいなかった。桜並木の写生のためにみんな外出している。


「……なんだぁ、バイトが決まった話ね」


 花音ちゃんがクスクス笑う。私と美月は顔を見合わせて驚いた。


「今の説明聞いてたよね?すっごいと思わないの?ソラ君がタイムトラベルして御釈迦様と会話してるの見たんだよ」


  美月がもう一度同じことを花音ちゃんに話す。


「私はてっきり、ラキがソラ君と出来ちゃったのかと思ったよ。そしたらワンダフォーでしょ」


 帰国子女の花音ちゃんは時々、英語を交えてくる。幸い私たちでも分かる英単語だ。


「アメリカに住んでたときに、一度だけ観たことあるよ。日本では<こはいかに>だけど、アメリカでは<ask myself>だったの」


「……アスクマイセルフ?自分に尋ねる!そのままだね。面白い」

 その方が分かりやすいと美月が大笑いする。


「そのサイトはイタリア発祥なんだよ。イタリアでは<domanda>って言うの」

 花音ちゃんの発音が良すぎて私達は聞き取れないでいた。


「……でっ花音ちゃんはアメリカで何を見たの?」 美月が興奮して花音ちゃんに聞く。

 

「えっと……ジャンバルジャン」


「あのレ・ミゼラブルの?すごい」


「でも難しくてすぐ見るのやめちゃった」 花音ちゃんがかわいく舌を出して笑う。


「……じゃ世界中でタイムトラベル出来る場所は、イタリアとアメリカと日本だけってこと?それにしても、東京じゃなくてこんな田舎でタイムスリップ出来るなんて奇跡でしょ」


  美月は声がやたらと大きい。体育会系だ。


「だってその本部の会長、イタリア人でソラ君のおじいちゃんだもの。将来あの会社をソラ君が引き継ぐんじゃない?だからソラ君の住む私たちの田舎に<こはいかに>設立したんだよ」


 淡々と話す花音ちゃんに、私と美月は目を丸くする。何で花音ちゃんは知っているのだろう?


「パパがね、<アスクマイセルフ>をよく見てるの。これは日本でも流行るって直接イタリアの本部に交渉したんだよ。出資もしたかな」


 花音ちゃんのお父さんは社長さんで、いくつもの会社を経営している。花音ちゃんはいわゆる大金持のお嬢様だ。


「あとパパがね、日本の教育は大学受験の為の詰め込み式で人間力が不足しているって。答えは1つに限らないのに、正解は1つでしょ」


 花音ちゃんのお父さんは教育評論家としても本を出版している。


「花音ちゃんのお父さんの本て【今、日本人に足りないもの】というタイトルだったよね。うちの親が感動してたよ」


「現代の日本人に不足しているものって、睡眠とかカルシウム、鉄分の栄養でしょ?」


 さすが体育会系の美月の発想だ。私は小さく笑った。花音ちゃんもつられて笑う。花音ちゃんはお父さんが有名なのに、自慢しない。だからみんなに好かれている。私もそんな屈託ない花音ちゃんが好きだ。


「ラキはどう思う?何が足りないと思う?」


「……うんとね、理解力、想像力、良心とか自尊心かな。なんか自分に不足してるかも」


「ラキって正直ね。そこがラキの長所だね」


「ひとりひとり、不足しているものが違うと思うの。それに自分自身が気が付く事が大事だと思うんだ。<こはいかに>はその機会を提供する場所なんだってパパが言ってたの」


  花音ちゃんが目をキラキラさせて話す。


「……私たちとんでもない所に採用されたかも。ソラ君の名前出したからだ。どうしよう」


 美月も私も急に不安になった。


「花音ちゃんも一緒に来てくれない?」私は花音ちゃんにお願いする。


「ピアノコンクールが終わったら、時間があると思うから、それからね。それまでは<こはいかに>にチャンネル登録して美月とラキの応援するから頑張ってね」


 美月も私も明日からバイトだ。私はどの物語にタイムスリップして誰と何を話すか考えた。

 今度は私がなかなか眠れなかった。


 




 




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