第7話 ラキ 初めてのアルバイト
「姉貴、顔がむくんでるし、目が腫れてるよ。新学期早々、失恋でもしたのか?」
弟の飛鳥が、からかって私の顔を覗きこむ。
「そんなんじゃないから。それよりお母さん、私アルバイトすることにしたの。この書類にサインして。……あと印鑑もよろしく」
お弁当を詰めている母に、1枚紙切れを渡す。
「朝は忙しいんだから、もう。……どこでバイトするの?何で相談しないの?」母はエプロンで手を拭きながら、リビングのサイドテーブルの引き出しから印鑑を持ってきてくれた。
「駅のそばにある<こはいかに>っていうお店だよ。美月も一緒にやるから安心して」
「……こはいかにって何か聞いた事があるようなないような。何時から何時までになの?」
母は印鑑を押しながら、少しイライラした声で聞いてくる。事後報告に怒ってるんだろう。
「全く分からない。……けど初日だから早く帰るよ。ちゃんと説明も聞いてくるから」
母から申請用紙を受けとり、透明ファイルにしまい、鞄に入れた。
タイムトラベルの話はまだ出来ない。親に話したら信じないだろうし、アルバイトを許さないだろう。
「じゃあ、行ってきます」 私は眠たい目を擦りながら玄関に向かった。
「ラキ、お弁当忘れてる。……あっ、<こはいかに>ってあの花音ちゃんのお父さんの本で紹介されていたお店でしょ。よく採用してもらえたね。……ラキはどの物語にタイムトラベルするつもり?ちゃんと質問考えた?」
「……ヒャッア、何でお母さん、知ってるの?」
「えっ、有名だから。お父さんとチャンネル登録もしているのよ。私は小早川ソラ君のファンなの。この前の〘蜘蛛の糸〗仕事で見逃しちゃった。今日見なくちゃ。じゃあ頑張ってね」
ゆっ、夢を見ているのだろうか?そうだ、夢を見ているのね。自分の頬をつねる。痛い。渡されたお弁当箱が温かい。夢じゃない。
私は全速力で自転車をこいだ。こぎながら色々考える。分かった!子供番組にありがちなパターンだ。先に何もないセットで台詞入りのシーンを撮って、後で背景を合体させるんだ。
[CGで何でもできる時代だもの。ソラ君の御釈迦様も極楽浄土の背景も後からCGで編集したんだ。なんだぁ。] 独り言と一人笑いを怪しいと思われたのか、すれ違う小学生や、中学生に振り返られた。
この事を早く美月と花音ちゃんに伝えよう。CGなのかソラ君に確認しよう。
私はもっと速く自転車をこいだ。春なのに額に汗をかく。ソラ君に自転車置き場で会うことを想定して、お気に入りのデオドラントが鞄に入ってるか確認もした。
あんなに初アルバイトで緊張していたのに、爽やかになる。ソラ君に会える事の方が今は緊張していた。
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