第8話 片えくぼ
学校の自転車置場にはもう美月が来ていた。「美月、おはよう。……あっソラ君おはよう」
美月の後ろにソラ君の姿が突然現れた。
「おはよう。ラキさん。今、美月から聞いたんだけど、うちの店でバイト決まったんだってね」
あっそうだ、言わなきゃ。あれはCGで作られた特殊撮影だって。それじゃなきゃお母さん、興奮して私にもっと早くタイムスリップの話してくるはずだもの。
「俺の蜘蛛の糸、リアルタイムで見てくれたんだってね。ラキさん、感想は?」
「……あっ、面白かった。……かな」
「それだけ?もっと教えてよ。御釈迦様にケンカ売ったの俺くらいでしょ」ソラ君が笑顔で聞いてくる。正面すぎる。近すぎる。壁があったら、ドンされている距離だ。
「そんなに怖がらないでよ。……ラキさん。ラキさんってよく見るとかわいいね。オリエンタルな目、……う~ん、アーモンドアイっていうの俺好きだな」 ソラ君がまた笑う。
からかわれてる?私。少しムッとした。
「ラキ、ソラ君のおかげで私たちバイト出来るんだよ。お礼言わなきゃ」
「そうだね。……あなたの名前出したらすぐに採用されたの。ソラ君ってすごい所の息子だったんだね。びっくり。ありがとうございます」
「いいよ。……花音もそのうち来る?日本に紹介してくれたのあいつのパパだからさ。……創立パーティの時、花音に会ってたんだよな俺。日本じゃ、地味な格好してるから分かんなかったけど、同じクラスでワンダフォー」
花音ちゃんと知り合いだったんだ。納得。きっとそのパーティはイタリアかアメリカでやったんでしょうけど。私には縁のない世界だ。
「今日から働いてくれるんでしょ。美月もラキさんも行くとこ決めてんの?」
「もちろん。楽しみにしていてね」 美月が自分の胸を軽く右手で叩く。自信がある時の美月の癖に私は戸惑った。
「……撮影場所は何処なの?先に一人芝居するんでしょ?そのあと編集してくれるのよね?」
美月もソラ君も少し間があってから大爆笑しだした。美月なんかお腹を抱えて笑っている。
「ラキさんって話すこともかわいいね。まぁそれは後からのお楽しみってことで」 ソラ君も笑っている。片えくぼが憎たらしいほどずっと笑っている。
「じゃ、放課後アルバイトよろしく頼みます」
まるで経営者のように、丁寧に頭を下げるソラ君に、私は少しばかりの母性を感じた。
「ラキ、ソラ君の事好きでしょ?ラキはすぐに顔に出るから分っかりやすい。でもソラ君はやめた方がいいよ。ああいうタイプはラキには合わない。幼なじみの私が言うんだからね」
美月はずっと私の恋愛アドバイザーだ。美月のアドバイスはいつも正しい。
「ソラ君のどこがいいの?」美月に聞かれる。
「……片えくぼかな?」 片想いの恋がいつ壊れてもいいように、私はとっさに答えた。
ほんとはソラ君の全部が好き。不釣り合いな私とソラ君。恋愛に臆病になっている私をデオドラントのレモンの香りが優しく包む。
どこに行く?どの物語にする?誰に何を聞く?どんな質問にしようかな?
私は授業中ずっと、花柄の手帳に思いつくままを書き留めた。
斜め後ろからソラ君の視線を感じる。私が何を書いているか感ずいているんだろうな。ふっと振り返ると、必ず目が合った。そしてソラ君はいつも軽く微笑んでくれる。その度に表れる片えくぼがとても好き。
授業が終わり、下校のチャイムがなる頃には、行く物語が決まった。
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