第14話 タイガーマスク 善をもって悪を征服

「私はこう考えます。タイガーマスクさんは孤児としてちびっこハウスで育ちました。そこで身寄りのない子供達に対する世間の扱いを知りました。メディアは可哀想だと同情するけど、誰も実際的な援助はしない。ちびっこハウスが経営難で存続が無理になったとき、兄弟のように育った子供達は、別の施設にバラバラに引き取られました」


 そういういきさつがあったんだ。私が生まれる何十年も前の漫画だ。美月はお父さんの影響で、[巨人の星]とか[あしたのジョー]とか読んでるって聞いたことがある。


 タイガーマスクと観衆にアングルが変わる。さっきまで実写だったのに、漫画だ。一時停止のような画面で美月だけが、話している。


「あなたは、弱いものいじめをする冷たい世間を見返そうと、虎の穴に入り、黄色い悪魔になりました。お金さえあれば、強ければ、力さえあればそれでいいんだと心に決め、悪役レスラーになりました。ファイトマネーのほとんどを、施設に寄付するため、闘い続けたど……うっ」

 えっ、嘘でしょ?美月が泣きそうになっている。このあとタイガーマスクはどうなったのか知らない私は、画面の美月に声援を送るしかない。今、美月の声は視聴者だけにしか届かない。タイガーマスクさんは、アニメとなっているからだ。


「……寄付をしていた施設の子供、健太くんの一言で悪役をやめたんですよね?」

 美月は興奮しているからか、タイガーマスクのアニメ化に気付いていない。


「健太くんは、自分もお金の為ならなんでもやる、人殺しでも何でもやってやるって言いましたね。反則で人生を渡ってやるとまで言わせてしまった事に、あなたは自分の責任を感じました。間違った道を歩ませまいと、あなたは悪に立ち向かう勇気を分かってもらうため、悪役レスラーを辞めました。そのあと、裏切者だとののしられ、虎の穴からの刺客と闘い続けました。自分を慕う子供達の心の拠り所としての生きざまに感動しました」


美月の目から涙がこぼれている。体育会系の美月が熱く語るのはよく目にしたけど、ここまでエキサイトしているのは初めてだな。


「……あなたの正体も、ラストシーンももちろん、父親から聞いて知っています。けど言えません。けれど、あなたから苦しくても真面目に正しく生き抜くべきであることを教えられました。私が生活する時代は、自分さえよければいいという人が増えています。児童施設の建設に反対するブランド志向の人や、外国人労働者に対する差別があります。弱いものいじめをする世の中に疲弊する度に、……私は、あなたから勇気と元気をもらいます」


「アイソミツキゲンダイニオモドリグタサイ」


 風圧で目を閉じて、ゆっくり開けると、隣に美月が座っている。まだ目に涙を浮かべている。


「お疲れ様、美月。……良かったよ」

 私は、なんて言っていいか分からずに、ただ美月を抱きしめた。

 



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