第9話 ラキ 笠地蔵

 放課後、手帳をもう一度確認する。フリージアの花びらと、薔薇の花びらが舞っている表紙が気に入って買った。紫とピンクのコントラストに癒される。

「じゃあラキ、行こうか」美月が、肩を叩く。

 高校生活に期待していたけど、恋愛もアルバイトも、思っているより早く経験するな。

「ラキはどの物語にしたの?」美月が、聞く。

「笑わない?……かさっ。あっやっぱりやめとく。……美月は何にしたの?]」

「タイガーマスク。きゃは」 笑う美月。

「漫画でもいいの?そこは考えてなかったよ」

「ソラ君に確認したら、オッケーだって。お父さんの影響で小さな頃から見てたんだ」

「……まっまさかリングにあがらないよね?」

「まさか。でもノリでやっちゃうかもね。楽しみだな。早く伊達直人に会いたいっ」


  伊達直人って誰?施設にランドセル贈った人かな?美月が、会いたいのはもちろんタイガーマスクの主人公だろうけど。


「ラキは何なのよ?教えて教えて」

「笑わないでね。笠地蔵の話」

「……ぶっはっあ。ださーぁい。傘地蔵って」

 裏表のない美月。でも笑いすぎだ。太股を軽く上げて手のひらでパンパン叩く。目には涙までためて笑っている。

「……はっはっ。可笑しい。でもラキっぽくていいんじゃない?……けどリアルタイムで見られないね。残念。さあ頑張ろう」


 気がつくと<こはいかに>のお店の前だった。学校から自転車で10分くらいの場所にある。電車通学の子、何人かにすれ違う。アルバイトしていく先輩や、本屋に立ち寄る同じクラスの子。


「ねぇ、私たち特別だよね。タイムトラベル体験しちゃうんだもん。ソラに感謝だね」

「……うっうん。けどあれは特殊撮影だから」

「やだぁ、ラキ。まだそんなことを言ってんの。本当にタイムスリップするんだよ。……ハイッ、首回して。肩を楽にして」 美月は、私の頭を持ってくるくる回す。

「体に衝撃来るんだって。……まっ、ジェットコースターだと思えばいいってソラが教えてくれたけど。ラキは平気だね。ワクワクするっ」


▣ ▣ ▣


「コハイカニ ニュウリョクセヨ」No12の席に座ると早速声がした。

「パスワード ニュウリョクセヨ」 カタカタと美月が、打ち込む。その次は名前だ。そして美月は[タイガーマスク]と打ち込む。

「……きっ消えた、美月がいない」 隣に座っていたはずの美月の姿がない。ほんの数秒の出来事だ。


 パソコン画面を覗くと、美月がリングのそばに立っている。しかも声援を送っている。送る相手は、あの黄色いマスクの男だ。

「……もっもしかしてタイガーマスクだぁ」


[モノガタリ ニュウリョクセヨ] 今度は私の番だ。コハイカニ、名前、パスワード、そしておそるおそる[笠地蔵]と打ち込む。


 一瞬だった。風が吹いたかなと思ったら上下に体が動いて、次は左右に振られた。本当にジェットコースターに乗っている感覚だ。今まで味わった事のないGを感じた。目も開けられない速さだった。ほんとにタイムスリップしているのかな?そう思った瞬間に尻餅をついた。


「痛い。……ここはどこなの」 お尻をはたくとパラパラと雪が落ちる。冷たい。痛くて冷たい。辺りは一面雪景色だった。私、本当にタイムトラベルしてしまったのかも‼


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